自重を知らぬ少女
【トレア海岸】
「で、この面子ですか」
海岸から蒼快の宝石を眺める四人の人影。
一人は軽甲防具にハルバードを持ち、一人は絹の衣服を纏ってにこやかに笑み、一人は紅蓮の太刀を携えて笑みを引き攣らせ、一人は気まずそうに羽毛を整えている。
端から見れば非常に華やかな面々なのだが、その雰囲気は明らかに[華やか]な物ではない。
具体的に言えば、疲労感に溢れた空気である。
「スズカゼ殿、サラ、ハドリー殿……、そして私ですか。何とも不安な面子ですな」
「そうですか? 別に帰るだけだし……」
「いえ、スズカゼ殿が居るという面で」
「どういう意味ですか」
「そのままの意味だと思いますわぁ」
子兎の群れの中に猛獣を放り込んだような物である。
現にデイジーとサラは彼女から大きく距離を取っており、ハドリーですら遠慮気味に離れている始末。
いつ手出しされるか解った物ではないのだから当然だろう。
普段の行動が評価に繋がるという良い例だ。
「何故だ……、そんなに変態ですか私は!!」
「「「何を今更……」」」
夜な夜な、同姓の寝床に入り込んで胸を枕にするような人物が変態でないはずがない。
むしろ自覚がない事が恐ろしいと思うのだが、他の面々はそこまで思い至らない。思い至りたくない。
「まぁ、いつも通りの話題はどうでも良いのですけれど、ハドリーさんまでお帰りになりますの? 何かありましたでしょうか?」
「え、えぇ。私は第三街の様子を見たくて……。あ、ジェイドから騎士団には関わるな、と言われてますからご安心を」
「流石はジェイドさん。厄介事には近付けさせませんね」
「スズカゼ殿、一応は厄介事になるかどうか解らないのですから厄介事とは言わないでいただきたい。厄介事になると思いますけれども」
「もうスズカゼ殿が居る時点で厄介事になるのは確定ですわよねぇ」
「人を何だと思ってんですか……。いや、なると思いますけど」
そうこう話して居る内にレンの引く獣車が土煙を立てながらやってくる。
凄まじい速度で迫り来るそれに同じくして視線を合わせ、皆は大きくため息をついた。
【トレア平原】
《獣車内》
「何でレンさんに叩かれたんだろう……」
「会うなり尾尻を撫で回したからではないですか」
騒ぎが起こりそう所か騒ぎが起きた後の獣車内部。
頬を真っ赤に張らした少女と何度も頭を下げた後の獣人とげっそりとした騎士が二人。
この人物は騒動発生器か何かか、とデイジーは大きくため息をついた。
「サラ、もうスズカゼ殿は置いて行こう。この人は駄目だ」
「解ってますけれど、一応は伯爵ですわぁ。敬意ぐらいは払うべきですわよ」
「何かデイジーさんとサラさんの私に対する扱い酷くなってません? 前はあんなに親しんでくれたのに!」
「スズカゼ殿の為人は今でも尊敬していますが、性癖は別です。もっと自重していただきたい!」
「同意ですわ。性癖は自由ですけれどそれに他人を巻き込んで欲しくないですわねぇ」
「そ、そんな……! ハドリーさんは解ってくれますよね!?」
「は、ははっ」
「引き攣った笑い!!」
最早、失った信用は取り戻せない。と言うか取り戻そうとしていない。
何度か石を踏んだ故に跳ね上がった獣車の中、一名を覗き女性達は大きく肩を落としていた。
肩を落としてため息をついて、それから外に視線を向けて。
流れゆく緑の海に思いを馳せて、彼女達は先とは別の疲労感を感じていた。
「あ」
と、そんな鬱蒼とした空気を拭い去るかのように。
先程まで怒って口も聞かなかった獣車の操縦者があ、と。何かに気付いたような声を上げたのだ。
それを合図に獣車は段々と動きを止め、やがて完全に静止した。
無論のこと、この平原で止まる予定などないし徐々に停止した事から獣車に不具合があったようにも思えない。
スズカゼ達は何があったのかと窓から顔を覗かせ、その信じられない光景を見た。
「……何か、海あるんですけど」
「いえ、あれは湖では?」
「河ではないのか?」
「と言うかそういう問題ではないのでは……」
新緑の海の中に、比喩ではない本当の海があったのだ。
例えるならば緑紙の中に大きく円を描いてその中を塗り潰したような、そんな違和感らしからぬ違和感があった。
元からあるわけではないのに、その雄大すぎる存在感からあるのが当然と思ってしまうような、存在。
「……ジェイドさんでも呼びますか」
「釣りは出来ないと思います」
「メタル殿でも良いのではないか? 泳ぐだろう」
「いえ、別にあの人は泳ぎ好きという訳ではないでしょう……」
大きすぎる存在を前に、彼女等はただ呆然と立ち尽くして、いや、獣車の中だから座り尽くしていた。
やがて何分経っただろう。呆然と座り尽くす彼女達の前にぴょこりと二つの耳が飛び出てきた。
やがてその耳は可愛らしい額になり、くりっとした大きな目となる。
「あの、どうしましょうカ」
彼女は獣人の操縦者であるレンだった。
当然のこと進む道が無くなってしまったのだから、前に行けるはずもない。
この視界に広がる海を回るにしてもかなりの時間が掛かるし、食料や水なども消費する。
ここで雇い主のスズカゼ達に確認を取るのは当然とも言えるだろう。
「う、迂回するにしてもこの海らしき物の規模が解りませんね。そもそも、どうして出現したのかも解らないし……」
「あ、あの、私なら空を飛んで偵察できますが……」
「止めて置いた方が良いですわ、ハドリーさん。下手に飛び込むのも空中に侵入するのも危険ですもの」
同様に首を捻り、同様に考え込んでも答えは出ない。
そもそもこの様な海が出現するのが異常なのだ。何か解決策を思いつけと言われても無理がある。
思考の時間が数十分に居たる頃、少女は人差し指を立てて妥協案ですが、と声を張り上げた。
「野宿の準備でも、しますか」
見れば太陽の位置はまだ高い。もう数時間は走り続けても大丈夫だろう。
しかし無駄に走り続けてこの規模の解らない海の果てを目指すのは無理がある。思いついたようで、スズカゼの言っている事は正しい。
皆はその事に深く考えずとも辿り着き、やがて渋々ながらに野宿の準備を始めたのだった。
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