四の国と天災を起こす者
【サウズ荒野】
「約10年前、大きな戦争があった」
黄土色の獣が引く馬車ならぬ獣車の中にはスズカゼとメタル、そしてメイドの姿があった。
その獣車を引くのはファナで、彼女は外套を纏って獣の操作に集中している。
彼女のお陰で安定している獣車の中では、メタルによる歴史授業が行われていた。
「四国大戦ですね」
とは言え、その授業の殆どはメイドによるフォローで成り立っているのだが。
四国大戦という言葉を聞いて、スズカゼはふと故郷のことを思い出す。
尤も、四国で戦争など起こって欲しくないのだけれど。
「四国って言うと……?」
「東のサウズ王国、西のベルルーク国、南のシャガル共和国、北のスノウフ国。東西南北の四大国家だ」
「東のサウズ王国は言うまでもありませんね。メイア女王を筆頭に形成される王族国家です」
メイドの丁寧な解説により、スズカゼは非常に解りやすく授業を受けることが出来る。
そもそも、どうしてこんな事をしているのか。
それは彼女がサウズ国を出る、と言うよりはジェイドという教師の手を離れる事にあった。
黒尽くめの連中のせいで溜まりに溜まっていた宿題を消費するために、彼はそれをメタルに依頼したのだ。
それもサウズ王国から出る門で大量の資料と共に、だ。
外の世界の興味で瞳を輝かせていたスズカゼの表情が、それによって一瞬で腐り落ちた事については、メイドは敢えて目を逸らしていた。
「西の、ベルルーク軍事国って言うのは?」
「バボック大総統により統括される軍事国家ですね。恐らく、今の国家間総合戦力では最上級でしょう」
「南のシャガル共和国は?」
「シャーク国王をトップに置く共和国です。土地の大きさとしては四国内で最大。シャガル海に面しているので漁業などが盛んですね」
「北のスノウフ国は?」
「フェベッツェ・ハーノルド教皇を頂点とした宗教国家。えーっと、天霊や精霊、妖精を崇めるフェアリ教を国教とした国家ですね」
一通りの説明を終えたメイドは大きく息をついて、達成感をあらわにするように微かな微笑みを表した。
ご苦労様ですとスズカゼは彼女に一礼し、説明の感謝を述べた。
これで国についての説明は終わりかとメタルへ向き直した彼女の目に映ったのは、いいやまだ続くぜと口端を上げる彼の表情だった。
「四国大戦が終わったのは丁度10年前なんだがな。それにしちゃ平和だと思わねぇか?」
「……そうですか?」
「そうだよ、そこは同意しろよ! 話が進まねぇじゃんか!」
「ソウデスネー」
「うんうん、それで良い。……そもそも暴動だの何だのと起きた時にゃ、その隙を狙って他国から色々と差し向けられてもおかしくねぇだろ? それなのに、手は出してこない」
「確かに……」
「戦争が終結間近の頃は冷戦近い事もあったんだがな?」
「あぁ、だから[約]10年前なんですね」
「そういう事だ。それで、各国が手を出さないのには理由がある」
「……その理由というのは?」
「四国大戦にてその猛威を振るった、四天災者の事ですね」
「シテンサイシャ?」
「そう、四国大戦に因んで名付けられた名前です」
メイドに説明を取られたメタルは唖然とした表情を彼女に向けていた。
だが、そんな物は見えていないかのようにメイドは説明を続ける。
スズカゼも得に気にせずにそれを聞いていた為、メタルは熱くなってきた目頭を押さえて頭を抱えて椅子へと蹲った。
「凄いんですか、そのシテンサイシャってのは」
「四天災者。四大戦争で他軍を圧倒した戦力を見せつけた四人の事ですよ」
「……あぁ、名軍師とかそういう?」
「いえ、個人で」
さらりとその言葉を述べるメイド。
だが、スズカゼの脳内は絶賛混乱中だった。
たった今、メタルとメイドの説明を聞く限りでは四大国が何年にも及ぶ大戦を行っていた、と聞く。
それが終わったのがたった10年前という、歴史的に見れば最近どころか直後に等しい時期だ。
だと言うのに問題の起きた敵対国だった場所に手を出さない理由。
それこそが四天災者という存在の為……、のはずなのだが。
「……それ、暗に戦争を冷戦状態に持ち込むような化け物って事ですよね?」
「暗に、ではなく単に、ですけれどね。名前の意味も[天災すら起こす四人]という意味ですし」
「四天災者ってそういう……。……え? 四人?」
「はい、四人です。シャガル国を除く各国にそれぞれ一人ずつですね」
「……え、ちょ、え?」
何を言っているのだろうか。
頭が混乱してくる、ぐるぐると。
よし、これは一端落ち着いて整理しよう、とスズカゼは両膝に手を着いて大きく息を吐いた。
現在は簡単に言えば四国の睨めっこ状態だ。
その睨めっこという名の拮抗が続いているのは四天災者たる存在が故。
だが、メイドの言う通りならば四天災者は人間で個人で生物だ。
たった一人の人間が他を抑制するなど到底有り得ない。
もし本当にそうならば、それは人間の領分を超えた存在ではないのだろうか。
「……その、四天災者ってのは人間なんですか?」
「えぇ、はい。[魔創]、[灼炎]、[断罪]、[斬滅]の四人ですね」
どうやら、本当にそれは存在するらしい。
たった一人の人という身で国家戦力と渡り合う人間が。
「その四人ってのがな!」
呆然とするスズカゼを前に、メタルはこれ好機とばかりに説明に割り込んできた。
漸く説明出来るようになったのが嬉しいのか、彼の表情は非常に嬉しそうな物だ。
「サウズ王国の[魔創]ことメイア女王! ベルルーク国の[灼炎]ことイーグ・フェンリー将軍! スノウフ国の[断罪]こと聖堂騎士のダーテン・クロイツだ!!」
「[斬滅]は、解らないんですか?」
「情報が全くないんですよ、その人物については。だから何とも言えませんね」
「正しく神出鬼没だろ!」
「へぇー、そうなんですか……」
「この四人が、正しくは三人が国家間の歪な平和を維持していると言っても良いかもしれませんね。唯一、四天災者を持たないシャガル国も他国への輸出入による友好的な関係性を持っていますから狙われることはまず有りませんし」
「ギリギリの上が最も安定してるってのもおかしな話だけどな」
「それでも平和は平和ですよ」
メタルとメイドの会話に、スズカゼは微かな違和感を覚えた。
いや、正しくはその会話ではない。
もう少し前に、メイドとメタルが発言した言葉ーーー……。
「……え? 私ってそんな化け物級の人にナイフを突き付けてたんですか?」
「あっ」
「……あれ? 俺、何かマズい事言った?」
やってしまったとばかりに口を押さえるメイドと、何かやってしまったかとメイドを見るメタル。
メイドはメタルに睨み殺すような視線を向け、彼はそれを受けてびくりと肩を震わせている。
そう、四天災者の一人にしてサウズ国女王。[魔創]の称号を持つメイア。
スズカゼは暴動の時に彼女にナイフを突き付けて脅し、要求を聞かせるための場を作り出した。
だが、思い出せばあの時、誰一人として本気でメイアを心配する者は居なかった。
部屋に入る時ですらも、バルドは温厚な人ではないと言葉を付け加えていたではないか。
そうだ、思い返せばそうだったという事がよく解る。
皆が口を揃えてサウズ国最強の男はゼルだと言うが、最強なら男と限定する必要はない。
つまり、サウズ国最強の女はメイアという事なのだろう。
しかし、解らないのはどうして今まで自分がそれに気付かなかったのか。
どうして周りが言わなかったのか、という事だ。
「……説明してくれへん?」
「えっ、あっ、いやっ、その、ですね、えっと」
あたふたと慌てるメイドと、何も言わずに視線を逸らすメタル。
あぁ、この二人は間違いなく何か知っているなと睨んだスズカゼはさらに彼等を問い詰めた。
そして、それによって明らかになった事実。
「そ、そんな人物にナイフを突き付けたのを貴女が知れば少なからず動揺し領主としての業務に支障を来すだろう、とゼル様が……」
その言葉を聞くなり、スズカゼは如何にも呆れ返った風な表情となった。
酷く怒鳴り散らすであろうと予想していたメイドは思わず拍子抜けし、逆に驚かされて目を丸くする。
彼女は自らの額を抑えて、押し殺すような笑い声をあげて、深くため息をついた。
「確かに吃驚しましたけど、その程度で動揺するほどじゃ……。第三街領主としての仕事を放り出す程じゃないですよ」
「……前向きだな」
「私は、第三街領主ですから」
健気な笑顔を見せる彼女に、メタルは思わず微笑みを漏らす。
メイドもまた、そんな彼女の姿に感動するように目元をハンカチで拭った。
たった一人の、身元も解らなかった少女。
その少女が今、こうして第三街領主としての自覚を持っている。
それがどんなに有り難く、嬉しい事か。
「あ、でも黙ってたのはムカつくんでゼルさんは殴ります」
「台無しだよ……」
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