とある女騎士の苦悩と受難
【リドラ別荘】
「ふぁ……」
デイジーは微かに瞼を開き、早朝の心地よさを迎え入れる。
朝の日差しというのは頭を冴えさせ、目を覚まさせるには充分な物だ。
そう、この衣服の中に潜り込んで自身の両胸を枕にしている少女の感覚さえも確かにーーー……。
「スズカゼ殿、何回目ですか」
「もう、こんなの知ったら元の枕にゃ戻れませんわ」
「戻ってくださいお願いですから」
思えば彼女が治療から帰って来てから、部屋に忍び込むのが上手くなっているような気がする。
何でも師匠の御陰だそうだが、その師匠とやらのせいでこっちはとんでもない迷惑だ。
前々まではサラが止めていてくれたのに、最近では完全に無視して寝ているか、早起きして逃げているかのどちらかである。助けて。
「何故、私に……。ファナ殿かサラでも……」
「魔術大砲ぶっ放されるか気付けば地面に沈んでるかのどっちかですね。そして大きさは貴女が一番です」
「あの水着の一件さえ無ければ……!!」
今更後悔しても遅いのは解りきった事ではあるのだが。
確かに最近、自練の項目に水泳を加えた事もある。だが、それはあくまでスズカゼが居ないから可能な話だった。
可能な話、だった。そう。だった、だ。
「また着ないんですか? 水着」
「着ません!!」
この人物が帰ってきている内は水着など間違っても着られない。
折角増やせた訓練の項目が減ってしまうのかと思うと、どうにもやるせない。
いや、正しくはスズカゼに追いつくために増やした訓練項目がスズカゼ自身によって減ってしまうのが、どうにもやるせないのだ。
「……着ません、から」
正直言って、自分は弱い。
スズカゼが今まで自分を遠征に連れて行かなかったのは実力不足だからだろう。
団長やジェイド、ファナのような力もなく、リドラやハドリーのような明晰力もなく、メタルのような人脈もなく。
あるのはただ、愚直に特攻するこの身一つだけ。
「す、スズカゼ殿」
「ん? 何ですか」
「私は弱いですか……?」
「え? 今更?」
「スズカゼ殿、随分バッサリ言うようになりましたね」
げっそりと痩せ細りながらデイジーは深く肩を落とす。
自覚していた、自覚はしていたが、こうもバッサリ言われるとキツい物がある。
心の内がこう、抉られると言うか何と言うか。
「ゼルさんやジェイドさんに比べたら私達は弱者も弱者。鍛錬どうこうで何とかなるかどうかすら怪しい程に弱者ですよ」
「え、あ、いや……」
「私も最近は腕が上がってきた気しますけど、ファナさんにだって勝てませんよ。夜のベッドの上ならともかく……」
「そ、そういう事ではなくて! いや後半とか本当どうでも良いのですが!! 私は今、嘗てと違いスズカゼ殿と実戦で戦っても……」
「まぁ、私が勝つでしょうね」
やはり、さらりと彼女は言った。
だが、事実だ。間違いない。自分は決して彼女には勝てないだろう。
実戦だろうが訓練だろうが、軽く一蹴されるに決まっている。
恐らく一刀目で、自分が認識する暇も無く、一蹴されるに決まっている。
「けど、デイジーさんだって雑魚な訳じゃないんですから。一兵卒の中でもズバ抜けてるって聞きましたよ?」
「そ、それはサラとの相性が良かったから……」
「相性が良かった……?」
「申し訳ない、スズカゼ殿。もう相談止めます」
「冗談です! 冗談ですからそんなマジ顔で蔑まないで!! あ、でもちょっと嬉し」
彼女の言葉は木扉が閉じられる音で遮られる。
彼女に相談したのが間違いだった、とデイジーは頭に手を突いて大きくため息をついた。
人としての在り方は信頼できるのだが、その性格というか性質は何と言うか、その、駄目だと思う。
「悩んでいても仕方ないとは解っているのだが……」
スズカゼの言っていた通り、鍛錬や努力だけではどうにもならない壁があるのは解る。
その生き例と言っても良い人物が自分の周りには多すぎるからだ。
サウズ王国最強の男、四国大戦にて恐れられた闇月、サウズ王国王城守護部隊副隊長。そして、獣人の姫。
彼等は余りに強大で余りに強力だ。自分などが決して及ばないであろう、境地だ。
「……はぁ」
「ん? 何か悩み事か、デイジー」
「あ、団長殿……」
その境地に立つ男が今の自分を案ずる声を掛けてくるとは、何とも皮肉な話だ。
彼はどうやってこの位置に辿り着いたのだろう? 彼はどうしてこれ程の位置に立てるのだろう?
気になる事は多々あるけれども、それを聞いても意味はない。
決まって返ってくる答えはこうだ。お前は俺みたいになるな、と。
「胃痛の方はもう大丈夫なのですか」
「リドラが帰って来てくれたからな。アイツの薬はよく効くんだよ」
「ご、ご苦労様です……」
「全くだ。メイア女王が来た時なんざ心臓が止まるかと思ったぞ」
「本当に止まりそうで怖いですね……」
いつもなら、会話はここで終わりである。
この後は鍛錬に向かうため、自分はそのまま挨拶混じりに去って行くのが毎朝の事だ。
だが、今日は違う。今日は、そんな気分じゃない。
「……どうした? デイジー」
ゼルもそんな彼女の雰囲気を感じ取ったのだろう。
彼は彼女を案ずるように、しかし何処か興味無さそうに問いかけた。
まさか見抜かれると思ってなかったのだろう。デイジーはあたふたと慌てて姿勢を正し、何でもありませんと何でもないように言う事に勤めた。
尤も、何でもないと言った彼女の姿は何でもないようには見えなかったのだが。
「ちょっと下に来い。出来ればサラも連れて……、来ない方が良いな。お前一人だ。準備が出来たら来いよ」
「じゅ、準備と申されましても……。と言うか何故に私一人?」
「お前だけの方が都合が良いからだ。それに準備ってのはだな、別にお前が女性らしからぬ恰好で歩くのも化粧をしないのも寝癖を直さないのも構わないが、せめて下着は着けろ。上の服から透けて見えてるぞ」
「えっ」
「装いに無精でも女にゃ無精になるな。スズカゼみたいになんぞ」
後ろ手を振りながら去り行くゼルを見送るデイジー。
顔を朝焼けより真っ赤にした彼女は踵を返して部屋の中を確認し、自らの下着を抱えて寝込む少女を目にする。
いつ抜き取られたのかは解らないが、間違いなく自分はほぼ素っ裸で団長と話していた事にーーー……。
「……へぁ」
彼女は膝から崩れ落ち、力無く両手を地面へと垂らす。
恥ずかしさとか羞恥心だとかが上限突破して突き抜けて爆ぜて。
数分経って漸く歩き出した彼女がまず始めに取った行動は、取り敢えず原因の少女の頭を引っ叩く事だったんだとか。
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