閑話[白煙に揺らぐ覗き計画]
《森の魔女の家》
「どうすれば良いと思います?」
「ちょっと難しいんじゃないかしら」
「諦めて良いんですか? それでも貴女は眉唾物とまで言われた人ですか!?」
「けど……」
彼女達は白煙舞い上がる浴場の中、浴槽の内で真正面に向かい合っていた。
端から見れば姉妹の入浴姿であるが、喋っている内容は異常その物である。
何せ、どうやってメイアと一緒に入浴するか、という事なのだから。
「スズカゼたん、メイアたんに手を出さないから好みじゃないのかな、と思って」
「いや、普通にOKですよ。むしろバッチコイ」
「流石、私の同類だけあるわ」
「イトーさん程じゃないですけどもね」
イトーはスズカゼの壁へともたれ掛け、頬を擦る。
そんな彼女を抱き込むようにスズカゼは手を回し、温かい湯を脇元まで満たす。
あぁ、何と平和な事だろう。こうしていると従姉妹か姪っ子を抱えている姉のようではないか。
まぁ、その従姉妹か姪っ子がうへうへ笑いながら自身の身体を撫で回しているのはどうかと思うが。
「まず結界ですよね、アレどうにかしないと」
「本気出せば無効化出来るわ。少し時間掛かるけど大丈夫」
「後はどう忍び込むか……。下手すれば浴室が全部吹っ飛びますよね」
「と言うかこの森が吹っ飛ぶわ。結界を無効化した後に……」
「催眠魔法とか!」
「通じると思う?」
「ですよね、うん。偶然ドッキリお風呂で遭遇イベント、とか」
「無理だわ。無茶だわ。無謀だわ」
「出会い頭に一発上級魔術か上級魔法ですよね。そりゃ森も吹っ飛ぶわ」
天井から滴る雫が湯面に落ち、波紋を生む。
それを合図に静寂が始まり、彼女達は湯煙の中で微かに頬を暖め始めていた。
このまま考え続けていては上せてしまう。一度、風呂から上がって考えを纏めねば。
「あ、そうだ」
腰を浮かそうとした少女を止めるように、イトーは小ぶりな尻を落とす。
スズカゼはその動きに連られて再び湯船に肩を沈める。
何を思いついたんだろうと小首を傾げる彼女を後ろ目に、イトーは得意げな笑みを浮かべて見せた。
「超遠方からの観察なんてどうかしら? 森の中に紛れてね」
「いや、バレるでしょう、間違いなく。相手は四天災者ですよ?」
「バレないのよね、コレが!」
イトーが言うにはメイアは自身への殺気には敏感でも、他の殺気には余り頓着しないらしい。
四天災者とは言え、ただの人間だ。それを超越している部分こそあるが超高性能探知機でもあるまいし、何から何まで感じ取るのは不可能と言う事だろう。
そう言えば嘗て自分がフレース・ベルグーンに狙撃された時も感知している様子は無かった。
つまり自身への殺気を感じ取る事と他人への殺気を感じ取る事への関係性はまた別、という話なのだろう。
まぁ、探知結界でも張られたら無理だけれどね、と付け足しながらイトーは話を進める。
「それに今回は殺気じゃなくて興味を向ける訳だから、視線に気付かれない限り可能と思うのだけれど……。どうかしら?」
「大丈夫だと思いますけど、うーん……」
一つだけ気掛かりな事がある。
いや、憶測に過ぎない事ではあるのだが、かなり気掛かりな事が。
所詮は予測でしかないのだが、はて、この予測で計画を止めても良い物か。
たったこれだけの予測で計画を中止させるのは色々と気まずいような……。
「ん? どうしたの、スズカゼたん」
「……一つ聞きたいんですけど」
「ん? 何かしら」
「メイア女王の入浴を覗いたとして、その場若しくはその後、平然を装うことって出来ます?」
白煙が天井に昇って雫となり、雫は天井を伝って水面に落ち、水面から昇った白煙はやがて天井で雫となる。
その循環が行われるほどの時間が経った後、イトーは不安そうに眉根を顰める少女へと、優しげな笑みを向けた。
「無理」
「ですよねー……」
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