閑話[黄金の女性と白銀の小娘]
《森の魔女の家》
「調整は、上手くいった?」
美しき鳥の謳歌を耳にしながら、月光降り注ぐ緑に包まれて。
妖艶なる黄金の長髪を揺らしながら彼女はそう呟いた。
友人に語りかけるように気軽に、しかし何処か重圧感を含んで。
美麗な笑みを浮かべて、呟いた。
「……何のことかしら」
「別に、構わないけれどね」
ざぁ、と落ち葉を攫うように風が吹いた。
黄金が揺れ、相対するように小娘の白銀が揺れる。
閑散の中で流れるように、彼女等の言葉一つ一つが静寂に刺さっていく。
「イトー、貴女には感謝してるわ。四国大戦の時に私とメタルを助けてくれた事や、こうしてスズカゼ・クレハを救ってくれた事にもね」
「報酬は一緒に入浴で良いわ」
「嫌だけれどね。また入浴の時は結界を張らせて貰うわ」
「近付いただけで爆発する結界なんて張らなくても。アレのせいでリドラが死にかけてたわよ」
「直前でジェイドが助けたから良いじゃない」
「そんな問題かしら……」
「いや、まずは貴女が覗きに来るのが問題という事に気付きなさい」
先程までの重い静寂が嘘のように、彼女達は下らない言葉を交わし合う。
その姿は正しく友人同士のそれで、知己の仲と言えるだろう。
妖艶なる女性と可憐な小娘の馴れ合いは端から見れば凄まじく妙に見えるかも知れない。
だが、実際は小娘の方が遙かに年上だと言うのだから、さらに妙な話である。
「……それで、最近の状勢はどう? 四大国条約の後の状勢は」
「別に変わりなく。けれど、貴女なら外も見えるでしょうに」
「百聞は一見にしかず、ってね。……あれ? 逆ね、これ」
「何を言ってるのか知らないけど別に変わりなくって言うのがそのままの答えよ。西のベルルーク国は軍事強化を引き続き行ってるし、南のシャガル王国は相変わらず貿易が盛んだし、北のスノウフ国は大した動きは見せないし。強いて言うなら条約前から少し穏便になった程度かしら」
「それは嵐の後の静けさ? それとも嵐の前の静けさ?」
「どちらも、よ」
今は台風の目とでも言うべきかしら、と彼女は付け足した。
四国大戦は嵐ではなく、その一角だった、と。
イトーは彼女の言葉を聞き、心の中に渦巻く不穏を感じて問う。
「貴女は何を見ているの、メイアたん。いいえ、何をしようとしているの?」
「そう遠くない内に解ることよ。いえ、言い切れはしないけれどね」
彼女は踵を返し、吹き荒ぶ風を背に受けて室内へと入っていく。
その後ろ姿は孤高に染められていて、酷く虚しそうだった。
いや、それはあくまでイトーの主観である。背中の姿が如何なる物であれ、彼女の心の内は解らない。
そして、その心の内が如何なる物であれ自分に出来る事は何もない。
彼女が如何なる道を進もうとも、自分が出来る事は何もない。
「……違うわね」
時代遅れの自分が、否、時代違いの自分が手を出す事を望んでいないのだろう。
もし嵐が吹々くというのなら、話は別だろう。
いや、この場合は話が別と考えるべきだ。確実に嵐は吹々く。
ならば、きっと、自分がスズカゼ・クレハに施した調整は間違っていないのだろう。
それがきっと、実を結んでくれるのだろう。
「……今は」
そう、信じるしかない。
読んでいただきありがとうございました




