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獣人の姫  作者: MTL2
忌むべき残骸
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夕闇が来るまでに言葉を重ねて

「いやもう、ホントありがとうございます! あぁ、これで死なずに済む!!」


「そう、何よりね」


完全に修復された魔炎の太刀を抱えながら、スズカゼは必死にメイアへと頭を下げる。

これでイーグのお礼参りを受けなくても済むと安堵の息をつく少女を隣にして、漆黒の獣人は何があったのかと首を傾げていた。

事情も知らず、小川に飛び込んで反省しますと言い出した少女を止めた彼からすればそれを聞くのは当然の権利という物だろう。


「……む?」


だが、彼の疑問は眼前の男の様子によって消え去る事となる。

余りに陰鬱に影を落とすその男の様子によって、だ。

何かがあった事は解る。恐らく尋常ではない何かが。

あの男の表情が物語る、何かが。


「……」


だが、それを言う事は出来ない。

今言った所で何になる。今口にした所で何になる。

あの男の傷に塩を塗り込むだけだ。無駄でしかない。

無駄でしかないと解りきっているから、何も出来ないのだ。


「いつものように、か」


自己嫌悪に等しいと思う。

自分はいつも無駄な事に後手回りで手を出すしか無い。

太陽の後に出るしかない月のように。いつも隠れている月のように。


「……メイアウス女王、問いたいのだが。姫の傷も完治し、聞けば紋章の研究も終わったと言う。目的は達成した事だし惰性でここに居続けても仕方あるまい。我々は他より、貴様は女王だ。サウズ王国の事もあろう」


「そろそろ出るわよ、私は。国政については問題無いと思うけれど、貴方の言う通りいつまでも空ける訳にはいかないから」


「だろうな。姫、我々はどうする? 今暫く休養したい所ならば残っても構わないし、別荘に戻っても構わない。……それに、そろそろリドラの追放処分も終わっているのではないか?」


「疾うに終わってるわよ、そんなの。休暇も尽きるけれど、大丈夫かしら」


「…………」


「リドラ、聞いてるの?」


「む……、あ、あぁ。申し訳ありません、少し疲労が溜まっているようです」


眼鏡を外して目元を抑える素振りを見せる彼だが、ジェイドには先の様子がとても疲労の物とは見えない。

この様子からして本人も内情を喋るつもりはないらしい。

尤も、それが隣に居る人物のせいである可能性は否めないが。


「……それは良いんだけど。何か普通に私の家を避暑地にしてない? メイアたんが居るから許してるけど、基本、私は来て欲しくないのよ?」


と、クッキーを運んできた小娘は言う。

彼女の周りからは鼻先をくすぐる香ばしい薫りが漂ってきて、スズカゼの腹を甘い物用へと作り替えた。

リドラもその薫りに誘われたのだろう。先程の暗い表情を隠すように顔をあげ、イトーへと視線を向けた。


「イトー殿、世話になった。長い間、研究に付き合っていただき感謝する」


「良いわよ、別に。私だって興味あったしメイアたんと一緒に居れたし」


「後者は置いておくとして私も感謝してるわ、イトー。紋章は預けるから未だ暫く解析を続けて頂戴」


「……えぇ、そうね」


彼女の視線は一瞬だけリドラと交差し、やがて瞼の裏へと収められる。

紋章は既にない。魔炎の太刀に結合されたのだから当然だ。

いや、それ自体よりも驚くべき事は紋章の結合力にあるだろう。

メイアは自身の魔力を限り無く平凡に近付けて火の魔法を発動し、紋章を活性化させた。

自分とリドラはそれの細胞を太刀の切断面に溶接し、くっつけただけである。

本来ならば細胞の調整など数多の作業があったのだが、紋章は元よりその一部だったかのように溶着したのだ。

この現象を偶然で片付ける訳にはいかない。いかないが、だ。

メイアの思惑を知っていれば偶然で片付けるしかないだろう。


「えー、じゃぁ、直ぐにでも出た方が良いですか?」


「そこまで急かせるつもりはないわよ。お風呂にでも入って行きなさい」


「そうですね。久々に入りますか」


「おっぱいマッサージする?」


「あー、お願いします! 本当に大きくなるんですよね?」


「勿論! 私はもうコレでうっはうは……、おっと鼻血が」


順調に進んでいる洗脳行為を見ながら、ジェイドはクッキーを摘み取る。

未だ熱を持つそれは彼の指先に軽い痛みを与えたが、別段、気にする程でもないと彼はそのまま口に放り込んだ。

香ばしい薫りはそのまま味となり口腔内に優しい味を広げていく。

成る程、美味である事に間違いはないだろう。だが、この美味すらも今は余りに苦い。

この数週間、何が起こり何があったのかを自分は知らない。

研究者気質ではないのだから当然だし、自分は所詮のところメイアウス女王に試される為に連れてこられたような物だ。

だから自分の役割は初期の時点で終了していた。その後は惰性と序でによる存在意義だけだったわけだが……。

その結果がこれだ。陰鬱な連中を前にして健気に笑う姫の姿を見ることになった。

やはり関わるべきでは無かったのかも知れない。このメイアウスという人物には。


「何はともあれ、明日に出るわ。また獣人の行商人に送って貰うけれど、貴方達はどうする?」


「そうですね、レンさんに二度手間掛けるのもアレですし私達も明日に出ます。イトーさん、本当にありがとうござました」


「ま、スズカゼたんなら偶には来ても良いわよ。余り頻繁に来られると私もアレだけど」


「そうですね。偶には来させて貰います」


雑談混じりの挨拶を交わし合う中、外の太陽は段々と瞼を閉じ始めていた。

やがて太陽の眼差しが完全に消え失せた頃、彼等の雑談も終わりを迎える。

その夕暮れの後はとても平穏に包まれた時間だった。騒ぎ回る変態と少女、星空を見上げ小川の元で言葉を交わす獣人と研究者、月光を浴びて美しく髪を靡かせる女性。

平穏だった。余りに、平穏だった。

いつまでもこの平穏が続けば良いのにね、と。

四天災者がそう願うほどに、平穏だった。


読んでいただきありがとうございました


作者「編集君、僕はやっぱり普通の女の子が好きだよ!」

編集「エイプリルフールか、今日は……」

作者「いや、ちょっとは悩めよ」


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