紅蓮を修復する為に
「あ、これ無理ね。直せないわ」
「うげぁあああああああああああああっっす!?」
スズカゼは地面に四肢を落とし、床に絶叫を刺突する。
目の前には真っ二つに折れた紅蓮の刃があり、腕を組んだ美麗なる女性の姿があった。
同じ四天災者ならば、とイトーの助言を持ってメイアに渡してみたのだが、結局の答えは先の通りである。
「イーグは[灼炎の猟犬《フレイド・ハンティクズ》]を操るように、生命なき存在に生命の息吹を与える事が可能なの。まぁ、解りやすく言えば自律型の魔術を操れるのよ」
「よ、要するに?」
「大体的に分けるけど[魔炎の太刀]も同じ自律型魔術と言えるわ。いや、独立自律型と言うべきかしら?」
「そ、それで……」
「私も自律型のを創れない事は無いけど、ここまで高度なのを創るのは難しいわ。だから魔力組織を結合させるのは不可能だし組み替えるのも無理というわけ」
「よ、よく解らないんですけど、これを直すのはイーグさんじゃないと無理なんですか?」
「イーグでも無理じゃないかしら」
スズカゼは白目を剥いて地面に昏倒する。
ごつんと鈍々しい音の響きを聞きながら、女性は深い深いため息をついた。
先程、自分は魔力組織と言ったが、それは要するに人間でいう所の細胞だ。
イーグでも直せないというのは、[魔炎の太刀]が持つその細胞は既に彼の物ではないからである。
スズカゼの使用した魔力の塊を撃ち放つ一撃。あれが細胞に変異を及ぼし、結果、イーグよりもスズカゼの成分が勝ってしまったのだろう。
そして生まれたのが四天災者の魔力と[霊魂化]の魔力が混同した細胞だ。
「イーグですら魔力細胞を操るのは難しいでしょうね。操る、と言うよりは変質だけど」
「……要するに直すにはどうすれば良いんですか」
「白目剥きながら喋るの止めてくれない? 気持ち悪いわ」
「だって愛用の太刀が。愛用の太刀がぁあああ」
「そうねぇ……」
魔力細胞の変異だ。通常の人間により変異した物ならば四天災者の魔力で強制的に矯正する事が出来る。
だが、スズカゼのそれは精霊と人間の混同した[霊魂化]による物だ。
完全に混同した二つの魔力と紅蓮の魔力。この三つにより変質した物は表す事すら出来ない[何か]。別異的存在と言っても良い。
それを弄れるのは如何に四天災者と言えど不可能だろう。そもそもイーグの自律型創造の魔術もあくまで副産物にしか過ぎないのだから。
だがしかし、だ。この魔力細胞は何処かで見た事がある。
つい最近、何処かでーーー……。
「あ、直せるわ」
「ふぁっ!?」
「ちょっとリドラとイトーの協力が必要だけどね。変質した魔力細胞という共通点だけだから少し不安ではあるけど」
呟く彼女の表情を横目に見るスズカゼは口にするまでもなく彼女の言葉を嘘であると確信していた。
その表情を見れば解る。自身の頬端が少し赤くなっている事が解るほど妖艶なその姿を見れば。
自信と確信と、達成感に溢れたその姿を見れば。
「え、と。私も何かするべきですかね」
「別に問題はないわ。貴方は[闇月]と一緒に居れば良い」
メイアは魔炎の太刀を少女の手から離させ、真っ白で美しい指に紅蓮の光を灯す。
その刃を持つ女性の姿は最早、神史に映える女神のようにも思えた。
流石に言い過ぎだと思うが、自分がそう感じたのに違いはない。
あの美しさは本当に芸術的というか、何と言うか。
「……ん?」
いや、違う。その美しさは本当に間違いないのだけれど。
何かが違うのだ。彼女の言葉でも自身の視界でもなく。
あの美しさが違う。神々しさの意味合いが違うのだ。
「まぁ、いっか」
別段、気にすることもない。
少女はいつも通りの気楽さを持って立ち上がり、恐らく釣り糸が垂れているであろう小川へと向かう。
今日はきっと、少しぐらい小魚を釣っているだろうと思いながら。
彼女は気付かない。気付くはずもない。
自身の魔力が[それ]と似通っていることに。
何の異変も感じなかったことが偶然などではないことに。
魔炎の太刀を持つ女性から感じたのが違和感などではなく、残り香であることに。
気付くはずも、ないのだ。
「巫山戯ないで頂きたいッッッッッ!!」
或いは、こちらの喧騒にも気付かないのだろう。
猫背の男が机を突き飛ばさんがばかりの勢いで張った事に。
その男を蔑むように見下す冷淡な女性と酷く困ったように眉根を顰めた小娘の姿がある事に。
「五月蠅いわよ、リドラ」
「貴女は……! 何を言っているか解っていらっしゃるのか!? そんな事をすれば何が起こるか解った物ではない!! 魔炎の太刀に紋章を結合させるなど!!」
「メイアたん。流石に私も賛同しかねるわ。余りに未知数で余りに危険すぎる」
メイアは一度だけ息をつき、窓より垣間見える青き空に視線を向ける。
自由に飛び回る鳥と流れゆく雲の姿を愛おしそうに見詰めながら、美しい指を少しだけ曲げた。
それは、宛ら心の中で鳥を捕まえるかのように。
その自由を恨めしく妬むように。
「……それは実験対象を失う研究者としての意見? それとも、スズカゼ・クレハを案ずる仲間としての意見?」
口調に比類こそあれども、彼等の述べる言葉は一つ。
両方だ、と。
「そう」
問いに意味など、いや、問う事に意味があった。
答えは変わらない。スズカゼ・クレハの魔炎の太刀を修復する為に紋章を使う。
変質した魔力細胞の同質的特徴からして、これがスズカゼに適正を示すのは間違いない。
ならばそれで良い。なればそうでなければならない。
この刃がいつか天すら裂くかも知れないのだから。
「始めるわよ。リドラ、イトー」
その言葉の中に拒否権などない。
重圧は二人の研究者を押し潰し、否定の言葉を容易く奪い去る。
殺気は二人の[例外]と[異端]を押し殺し、抵抗の文字を容易に引っ攫う。
「もう、時間が無いわ」
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