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獣人の姫  作者: MTL2
魔法石の暴走
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黒の外套

【サウズ王国】

《第三街東部・ゼル男爵邸宅》


「……下がってろ」


機械部の鉄を月光に照らし、ゼルは周囲を凍り付かせるほどの殺気を放っていた。

いや、彼だけではない。

ジェイドも同様に武器を構えており、ハドリーもナイフを構えている。

そんな中でリドラとメイドは彼等から一歩下がって、その光景に注意を払っていた。


「遂に尻尾を表しやがったか、野郎」


ゼルの前には、一人の男が居た。

正しくは漆黒の衣に身を包み鉄塊の槌を持った男が、だ。

男は槌を持ったまま、その場から動く事無く静止し続けている。

そんな彼の背後に居た二人の少女は何も言えず、ただ呆然としていた。

ゼルの威嚇だけが鳴り響くその闇夜の中、月光が雲に隠れた頃に、漸く男は口を開き、こう呟いた。


「よし、一回落ち着こう」



《第三街北東部・裏路地》


三十分前。

博物館の休憩室から出たスズカゼ達は、もう一人の旅仲間を見つけるためにゼル邸宅へと向かっていた。

時間としてはもう日も疾うに沈んで居る事なのだが、流石に博物館で夜を過ごす訳にもいかないので夜遅いことは承知で邸宅へ向かっているのである。


「……なぁ」


ふと、閑静な路地裏に滴る言葉。

闇夜の街を行くそんな彼等の様子を見る者は居ない。

いや、正しくは見る者が居ない道を走っている故に、だ。


「何でこんな道を歩くんだ?」


素樸な、そして真っ当な疑問を口にしたのはメタルだった。

普段のスズカゼならば屈託のない笑顔で答える事だろう。

テメェのせいだよコノヤロウ、と。


「自分の恰好を鏡で見ろ、この能なし」


しかし、スズカゼがその言葉を述べないのには理由がある。

と言うのも彼女の隣で、阿修羅が如く表情を歪めている人物が居るからだ。

その男の恰好に対し、最も怒りを覚えるのが当然であろう人物。

そう、それこそがファナだった。


「恰好って俺の一張羅の外套がどうかしたか?」


男は彼女の言葉を理解出来ないように、その場で何度か回転してみせる。

少女が親しいボーイフレンドにお気に入りの私服を見せるかのような、その行為。

いつものスズカゼならば冷静にツッコミを入れただろう。

キモい、と。


「その黒尽くめの意味を考えろと言っている」


そう、スズカゼが普段通りの調子でない理由。

それこそメタルの一張羅だ。

真っ黒な、闇夜によく融け込む衣服。

例えるならば、そう。

先日の黒尽くめの暗殺者達のような、そんな恰好。


「騎士団は未だ警戒してるのに……、何故、それ!?」


「しかも情報は黒尽くめだった、という事だけだ。こんな恰好をしていれば当然、疑われる。そのせいで騎士団に見つからないよう路地裏を行くしかない。まだここも巡回地域だと言う事を解っていないのか?」


「いや、だってコレしか持ってないし」


「脱げば良いじゃないですか!? 博物館じゃ脱いでたでしょ!?」


「馬っ鹿お前、何の為の外套だと思ってんだ!? 俺のこの服は本当に一張羅なんだぞ! 汚れたらどうする!?」


「それでこんなにジメジメした路地裏走る事になったら本末転倒でしょうが!!」


「いや、俺は外套来てるから湿気とか関係ないし」


「良いから脱げやオラァアアアアアアアアアアア!!」


「いやぁああああああああ! やめてぇええええええ! 変態ぃいいいいいいいいいいいい!!」



「おい! 何か叫び声したぞ!!」


「何処だ!? 路地裏か!!」



「……貴様等、本気で殺すぞ」


「「…………すいません」」



《第三街東部・ゼル男爵邸宅》


「ここが、王国騎士団長、ゼル・デビットの家か」


追ってくる騎士団から必死に逃げてどうにか振り切ったスズカゼ達。

その彼女達は必死に走って走って走って、本来の数倍の速さでゼル邸宅へと到着していた。

固定砲台よろしく魔術大砲を撃ち放つファナは、その名の通り普段から移動することは少ない。

それでも王城守護部隊という組織の、しかも副隊長なのだから少なからず体力には自信がある。

だが、流石にここに来るまで全力で走ったのが堪えたのだろう。

彼女はうなじに汗を滴らせ、桃色の髪を揺らしてかなり息切れしていた。

スズカゼもある程度の息切れはしているが、それでも大きく深呼吸すれば収まる程度の物だ。

剣道で鍛えている彼女からすれば全力疾走など造作もない事なのである。

そして諸悪の根源ことメタル。

彼はゼル邸宅に着くなり、満面の笑みで地面に倒れ込んで、そのまま先程の言葉を述べた。

スズカゼはそんな彼を見て情けない、と小声で愚痴りながら、ゆっくりとゼル邸宅の玄関へと向かった。


「もう夜遅いですしねー。寝てなきゃ良いけど」


「……さ、流石に、貴様を、帰宅させず、閉めるという事は、ない、はずだが」


「つ、辛いなら喋らなくても大丈夫ですよ……」


そう言いながらドアノブを引いたスズカゼの手には、違和感があった。

固い。扉が開かない。音もしない。

既に戸締まりをしてしまったのだろうか?

いや、それはない。自分が帰ってくることは皆が承知しているはずだ。


「何が……」


「おい、どうした?」


「……何をしている」


扉の前で立ち尽くすスズカゼに、メタルとファナが近寄ってくる。

扉が開かないと彼等に説明しようとしたスズカゼだが、その言葉が語られることはなかった。

彼女の瞳に映る、月。

金に近い黄色のそれを背負い立つ鉄の腕を持つ男。


「……な」


スズカゼが言葉を発するよりも前に、メタルは彼女とファナの前に歩み出ていた。

彼は何を言うでもなく、魔具である腕輪を輝かせて武器を召喚する。

スズカゼの腕の二倍ほどもある持ち手と、その先にある長方形の鉄塊。

そう、それは紛う事なきハンマー、つまり槌だった。

恐らくは彼の持つ腕輪型の魔具により召喚された物だろう。

だが、その行為はさらに敵対者を増やすこととなる。


「……!」


闇夜に揺れるようにして蠢く黄金の隻眼。

その新たに現れた人物にスズカゼは気付く事が出来なかった。

そして、よく目を凝らせばその人物の後方にも白銀のナイフを構えた獣人一人。

さらに最奥の後方には酷く曲がった背筋の男と給仕係の衣服を纏った女性が居た。

片腕に鉄を煌めかせる男は彼等の位置を見ずとも理解しているのか、自ずと一歩を踏み出した。

そして固く閉ざされていたかのように思えた口を開き、ただ一言。


「……下がってろ」


そして時は現在へと巻き戻る。

ゼルの一言に対し、メタルが言葉を返した時へと。

いや、正しくはその小さな誤解を解いた後へと、だ。



「……あぁ、お前だったのか」


「おう、ゼル・デビット。噂は聞いてるぜ」


所変わってゼル邸宅内。

嬉々とした笑顔でゼルと言葉を交わすメタルの前には、メイドの出した紅茶が置かれている。

彼の他にもゼルやスズカゼ、ファナ。ジェイドやハドリーにリドラまで。

計七人分もの紅茶を用意しなければいけないので、メイドは非常に忙しそうだ。

彼女は気忙しく台所と彼等の居る客間との間を行き来しては紅茶を運ぶ。

スズカゼはそんな彼女を少し申し訳なく思いながらも、取り敢えずはその場を動けないで居た。

それというのも、今から始まる話し合いが原因だ。


「さてと、だ。今回の依頼についてはさっき言った通りクグルフ山岳で暴走中の魔法石を止める事にある。……だが、どうにも人手が足りなくてな。そこで、ちょいと一人借りていきたいんだが」


「……別に構わないが、誰をだ?」


ゼルが質問すると同時に、メイドは紅茶を最後であるスズカゼの前へと置いた。

漸く七つという大量の紅茶を準備し終わった彼女は、達成感が露わとなった表情で額を拭う。

彼女は間もなく台所へ帰ろうとしたが、その足はすぐに止まる事となる。


「そのメイドさんだ」


ゼルも、ジェイドもハドリーも、リドラまでもが。

その一言に呆然とし、唖然とし、愕然としている。

一方、メイド本人は聞き間違いかと気を取り直して台所へ向かおうとしていたのをファナに止められていた。


「……り、理由は?」


ゼルの戸惑いながらの質問に手を上げたのはスズカゼだった。

彼女は何処か自信に満ちた瞳でメイドを見上げ、そして説明を始める。


「本来なら戦闘面での補助として一人欲しかったんですけど、そこはメタルさんが補助するとの事だそうで。それで、代わりにクグルフ国の貧困を少しでも救える人が欲しいなー……、って」


「それでメイドか……?」


「少しの間しか見ていないが、彼女は家事や料理などが得意だろう。クグルフ国で炊き出しも行えるなら、それに超した人材はない」


「……お前はどうなんだ?」


急にゼルから問いを投げかけられたメイドはあたふたと慌てながらも、どうにかスズカゼ達の提案を承諾する意を示した。

自分が役立てるのなら是非とも、と。


「よし、決まりだ!」


メタルはスズカゼ達の提案を聞いたときのように嬉々とした表情を見せて白い歯を見せた。

彼等の交渉は成功し、これでクグルフ国へと向かうメンバーは決定したのだ。

先程まで強張っていた皆の表情は和らぎ、仄かに和やかな雰囲気が辺りを包み込む。

メイドの淹れた紅茶の優しい薫りも相まって、皆は何処か嬉しそうに微笑んでいた。


「しかし、何だ。どうせクグルフ国で炊き出しするなら、スズカゼの言ってた[しゃぶしゃぶ]とか言うのも作ってみて貰いたいな!」


そう、メタルがその一言を言うまでは。


「……あ、そうだ。私の分のしゃぶしゃぶは?」


スズカゼの問いに、目を合わせる者は誰も居ない。

ゼルを始めジェイドもハドリーもリドラも、メイドまでも。

皆が一気に彼女から視線を逸らしたのだ。


「……ジェイドさんとハドリーさん、リドラさんが居るって事は呼んだんですよね? それだけ大量に用意したんですよね? だったら勿論、私やファナさんの分ぐらい余ってますよね?」


彼女の問い責めに堪える物は居らず。

その痛々しいまでの静寂はゼルが美味すぎて……、と呟くまで続いた。

それから一週間ほど、第三街にある噂が立つ事となる。

夜遅く、月が街を照らす頃。

第三街領主の住むゼル男爵の邸宅から憤怒の絶叫が響き渡る、と。



読んでいただきありがとうございました

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