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獣人の姫  作者: MTL2
忌むべき残骸
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自信と自惚れ


《森の魔女の家》


「…………」


「……どうする。ジェイド」


「いや、俺に聞かないでくれ。夕飯は釣れなかったが触手が釣れたとか、どう報告すれば良いんだ」


「この森だから不思議ではあるまい」


「不思議ではないが、そろそろ恐怖的な何かを感じ始めた」


「案ずるな。私は大分前から感じていた」


ベルを鳴らし、木籠に入った蠢く触手を運びながら。

彼等は凄まじい疲労感を背負って魔女の家へと入っていった。


「それでね、メイアたんのパンツ被ってくんかくんかしてたら殺されかけたの」


「次はブラでやってみましょう。私はやらないけど」


その後、彼等が重力の数倍を超える疲労感を感じたのは言うまでもない。



「それで、晩飯は釣れなかったのね」


「ま、まぁ、うむ……」


黒焦げになった小娘を前に、ジェイドは両膝を折って地に伏していた。

小娘は細かい所に突っ込む小姑が如く、くどくどと彼に説教するが、当の獣人はそんな事を耳にも入れていない。

当然だろう。彼の意識は頭部の上を滑空する触手に向けられているのだから。


「山菜だけは採ってきたようだから構わないけど、川の肉もない食卓なんてねぇ」


「お、おう……」


「貴方も男なら肉を食べるでしょうに。自給自足も出来ないような男なんて、ねぇ?」


「いや、あの触手がだな……」


「人の話聞いてる!?」


「あ、はい……」


小娘の脳天に撥ねた髪先を触手が擦り、室内を豪風と共に疾駆していく。

にも関わらず彼女は平然と説教を続け、漆黒の獣人は眼前に迫った一撃を躱す事に集中しているため、それを聞いていない。

明らかな混沌の中、真っ白な小娘と漆黒の獣人という対極の存在を眺める少女と女性は緑茶で唇を潤していた。


「触手ハンパねぇな」


「本来は防衛機能だからね」


「いや、何で室内に……。治療が終わってからイトーさんと雑談してたらコレですよ」


「へぇ、雑談」


「冗談なんで掌に魔力収束するの止めてくださいお願いします」


メイアはクッキーを摘み、口へ運ぶ。

香ばしい薫りと薬草が練り込まれたが故の微かな苦み。

一口ごとに広がる苦みはクッキーの上に乗った木の実の甘みで覆い尽くされ、美味しさを広げる。


「美味しいわね」


「ごく平然に食べてらっしゃいますけど、触手がブンブン言ってる」


「放って置いて良いわよ。アレ、女性は襲わないし私には近付かないから」


「あぁ、生存本能的な……」


メイアは香ばしい薫りを飲み込み、緑茶で再び口内を潤した。

そんな妖艶なる姿を横目に、スズカゼは緊張で体を強張らせながら彼女に質問を投げかけた。


「あの、もう一週間超えてますけど……」


「急いてるのかしら」


「は、はい」


実際、心に焦りの色があるのは事実だ。

別に何かやらなければならない事がある訳ではない。

だが、その焦りの色が自身の心を急き立てる。イトーの言葉を借りるなら、真っ赤な下地が疼くのだ。


「ここ数ヶ月、貴方は激動の中に居たわ。トレア王国、シルカード王国、ギルド。話に聞いただけでもこれだけ、ね。居た、と言うよりは行ったと言うべきかもしれないけれど」


「後悔はしてないです」


「言い切るわね。自分の置かれてた立場、自覚してる?」


振り回される触手の豪風を頬に受けながら、スズカゼは少し思考を巡らせる。

そう言えば今までの騒動は国一つ動かすような騒動ばかりだった。

と言うか全て動かしてきたではないか。そして、自分はそれに関わってきた。

ごく当然のようにやってきたから違和感を感じなかったが、実際、とんでもない事をやっていたのではなかろうか。

そして、その結果が今の心だとしたら? こんな喧騒を望む精神状態だとしたら……?


「……何か私、物凄い戦闘狂化してません?」


「四国大戦時の無所属連中みたいね」


「い、いやいや……」


「自分から騒ぎに飛び込んでいって、そこで力奮って傷付いてもまた飛び込もうとする。何か間違ってるかしら?」


「……ひ、否定出来ないです」


「でしょうね」


そう言えば体を癒やすのだから休むのは仕方ないとか思ってた事もあったような気がする。

なのに今、自分は何を言っていた? 急いでください、と。

自分の言った戦闘狂化というのも、正しくその通りではないのか?


「スズカゼ、貴方は力を持ってるわ。ゼルから聞いたけれど[蛇鎖の貴公子]と戦えたなら一般兵を優に超すでしょうね。けれどその力はイーグの[魔炎の太刀]によって支えられた物でしょう? 貴方の力ではない」


「そ、そりゃそうですけど」


「もし貴方が何の力も持ち得ていないのなら、それはそれで刀を取り上げれば良いだけだし話は簡単よ。けれど、不全に力があるせいで自惚れがあるのよ。自信と言い換えれる自惚れがね」


「自惚れ……」


「力を支えるのは自信よ。技の一つも自分の腕を信じるかどうかで違うわ。でしょう?」


「え、えぇ、はい。一刀振るうのも真っ直ぐ振れるって信じて振るか、振れるかなって思いながら振るかじゃ大分違います」


「自信と自惚れは紙一重よ。人付き合いならただ頼られるか嫌われるかだけれど、戦闘では生か死になるわ。そして今の貴方は」


「死に近い、と」


「そうね」


数多の死を稼ぎ、地の底に紅色の水を染み込ませてきた人の言葉だ。

その意味と重さが解らぬほど自分は馬鹿ではない。

この人の指一本が動けば国一つが滅んだとしてもおかしくはない。

そんな人物の言葉の意味を解らぬほど、馬鹿ではないはずだ。

馬鹿では、ない。愚かでもーーー……。


「馬鹿にはなっても愚かにはなっちゃ駄目よ」


思考を言い当てられ、少女は指先をびくりと振るわせる。

偶然ではない事はメイアの落ち着いた様子を見れば解るだろう。

自分の稚拙な誤魔化しなどこの人からすれば水面に浮かぶ落ち葉を見るよりも明らか、と言った所か。


「……腕には自信あっても、心の強さには自信ないです」


「なら自信を持ちなさい。けれど自惚れては駄目よ。それら表裏一体であっても紙一重ではないのだから」


スズカゼは小さく頷き、緑茶の入ったカップに指を掛けた。

自分は未熟だ。それを忘れてはいけない。

けれど自信も持たなければならない。力も付けなければならない。

幾つもやる事が山積みで果てしないけれど、それが自分に必要な事ならやらなければならないのだろう。


「やってみます。かなり時間が掛かるだろうけど、それでも頑張ってみます」


「そうね。良いことだわ。幸い、貴方には支えてくれる仲間も居るのだから」


メイアの言葉に沿って、スズカゼは隣へと視線を流す。

仁王立ちするイトーとその前で正座するジェイド。そう、彼等のように支えてくれる仲間がーーー……。


「あれ? リドラさんは?」


「あそこ」


彼女の指示した方向にあったのは触手の先で高速回転する白衣と猫背の塊。

最早、悲鳴すら聞こえない事からかなり長い間振り回されていたのだろう。

そう言えばメイアと語り合う前から触手が暴れていたような……。


「……生きてますかね?」


「さぁ?」


頼れる仲間が一人減っていない事を願う、スズカゼだった。



読んでいただきありがとうございました

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今こそメイアの胸に甘える時!!! なお命の保証は無い [気になる点] はやく、早く百合を……! 面白いし軽く読めるからサクサク進むけど百合が、百合が不足しているぅ……! [一言] 主人公の…
2023/11/07 06:25 退会済み
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