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獣人の姫  作者: MTL2
忌むべき残骸
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紋章は黒き球となりて


「……で、結果はどうだったのかしら」


黒焦げの変態に擦り寄られながら、メイアは酷く不機嫌そうに尋ねた。

彼女の問いに対して変態は要領を得る答えを出さず、ただ悶えながら露っぽい声を零している。

そんな変態を見かねて、代わりに結果を述べだしたのはリドラだった。


「成功二割、失敗八割と言った所ですな」


「……二割、には期待して良いのかしら」


「二割だけに微妙と言った所でしょう。正直、かなり捨て身ですが」


「捨て身?」


「トゥルーアの宝石を使ったのですが……」


リドラが述べた結果はこうだった。

まず紋章を解析するために数多の薬品を欠片に散布してみたが反応は無かったらしい。

次に様々な衝撃を試したが、一部を除き反応は無かった。

最後に文字通り[捨て身]の手段として、トゥルーアの宝石を使ったのだが……。


「え? 何か問題があるんですか?」


「トゥルーアの宝石は非常に便利な代物だ。相手に真実を話させるという、尋問には打って付けのな」


「あぁ、私もかなり前に使われましたよ……」


「ならば効果の程に証明は要るまい。だが、そのトゥルーアの宝石にも面倒な縛りがあってな。まず抗魔力の強い人物や物質には効きにくい。さらに見抜くべき対象の精神内状態を垣間見る事になるのだから、精神汚染が酷い」


「あ、だから捨て身なんですね」


「そういう事だ。あんな悍ましい物質の中身を覗き見たのだから無事で済むはずがない。……見たのはイトー殿だがな」


「だから、こんな変態に……!」


「それは前からよ」


「ですよね、知ってました」


「それでイトー。何が見えたの? 貴女はあの紋章に何を見たの?」


「闇」


黒焦げの変態は相変わらずメイアに擦り寄りながら、そう述べた。

端的に、率直に、素直に。たった一言で全てを表したのである。

メイアは彼女の言葉を受けて小さく複雑そうに頷き、微かに舌打ちをしたように聞こえた。


「それも元から闇じゃないわね。真っ白な紙の上にインクをブチ撒けてから伸ばしたような闇よ。歪で、けれど余りに濃い闇。それも修復不可能な、ね」


「どういう意味?」


「いや、普通にそのままよ。敢えて言うなら下地の真っ白な紙を破り裂いたような状態だったけど」


「それで、正体は?」


「解らないわよ。だって何かに塗り潰されてる上に元々のが喰い散らかされてるんだもの。何処から持ってきたのよ、こんなの」


「……解らないなら良いわ。けど、リドラ。先刻言ったわね? 衝撃に対して一部以外反応が無かった、と。つまり一部はあったのでしょう?」


「ありましたが、何と言って良い物か……」


「構わないわ。言いなさい」


「……欠片に炎を与えたのです。ファイムの宝石による火炎でした」


リドラは複雑そうに眉根を寄せ、目元に皺を集める。

酷く曲がった猫背をどうにか直しながら、彼は大きく息を吸い込んだ。

何の変化があったんですか、というスズカゼの言葉と共に、彼は意を決して言葉を述べる。


「燃え尽きました、紋章の欠片は」


「いや……、そりゃ燃やせば燃え尽きるでしょう」


「違うのだ、スズカゼ。形は残った、形は残ったが……、イトー殿の言う真っ白な下地が燃え尽きたのだ」


「下地が、って」


「そして結果は……、見れば解る」


リドラは視線で奥の部屋を指し、スズカゼ、メイア、ジェイドはそこへ向かう。

数多の機材が散らかり、資料が纏められた研究室らしき場所。

華奥を突き刺す異臭が感じられるのは恐らく、先程彼等が言った通り様々な実験を密室で行ったせいだろう。

尤も、彼等の意識が鼻に集中したのは、ほんの一瞬で、直ぐに机上へと視線を向ける事となった。


「……何あれ」


「真っ黒な小球……、か」


紋章の隣に転がる、一つの小さな球体。

小指の腹ほどしかない小さな球はただそこに転がっているだけだというのに、酷く禍々しい。

ジェイドはその球体を黄金の隻眼に映しながら奥歯を噛み締めていた。

指先に走る悪寒と、震えを出さないために。


「リドラ……」


「言いたい事は解る。私も、余り近付きたくはない」


「何故、こんな物が……」


獣人は獣らしく全身の毛を逆立たせ、一歩後退った。

今すぐこの部屋から出てしまいたい。そんな衝動に駆られながら。

だが、ここで退く訳にはいかない。姫ですら耐えているのに、自分が退いてどうする。


「え? あの黒い球ですよね?」


「……そ、そうだが」


「そんなに変ですか? あれ」


その言葉は全員の視線を集め、少女を慌てさせる。

何かマズいこと言いましたか、とスズカゼは続けたが、他の面々はそんな言葉の意味を受け取らない。

少女は本気でこの悍ましさを感じていないのか? 平然としている、この少女は。

ジェイドとリドラだけでなく、メイアとイトーですらも。

少女のその反応に少なくない驚きを覚えているようだ。


「何も感じないのか、これに。こんな悍ましい物に」


「いや、別に……。と言うかむしろ、何か懐かしいって言うか」


「懐かしい……?」


「何でなのか解らないんですけど、見たことあるような……。いつだったかな……?」


首を捻り、うなじを伸ばし、髪先を揺らし。

思考に耽る彼女は、記憶の片隅までを探り尽くす。

しかし、幾ら探っても幾ら考えても答えが出ることはなく、やがて諦めの息をついたとき、メイアが微かに口端を動かした。


「イトー、もう少し解析を続けて頂戴。あとスズカゼの回復もね」


「了解したわ。リドラ、その黒球を木箱に戻しといてくれる? 触っても害はないから」


「にわかには信じがたいが……。解った、戻しておこう」


「そっちの獣人、ジェイドだったかしら? 貴方は今日の食材を集めに行って。簡単なメモなら渡すから」


「了解した」


「スズカゼたんは治療するから服脱いでね。パンツは籠に。後でくんかくんかするから」


「メイア女王のでお願いしま」


「スズカゼ、授業の続きだけれど上級呪文の威力を学んでみる?」


「冗談です。と言うかパンツは渡しません。ブラも」


「えっ、してたの?」


「姫、見栄を張らずとも皆が知っている」


「……まぁ、生物的な成長問題だ。気にするな」


「胸が女性の価値じゃないわよ」


「泣くぞテメェ等」



読んでいただきありがとうございました

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