少女の知らない過去の戦史
「そう言えば、なんですけど」
一度終わった会話を掘り起こすように、少女は呟いた。
緑茶を口に含む漆黒の獣は黄金の隻眼を微かに開き、クッキーを囓る女性は瞳を閉じたまま耳を澄ます。
スズカゼは一呼吸置いてから先程の会話で感じた疑問を口にした。
「メイア女王、全属性掌握者のことを何処まで知ってるんですか? 彼って言ってたから男性なんでしょうけども」
「別に何処まで、という訳ではないわ。彼とは四国大戦の時に付き合いがあっただけ」
「付き合い、ですか」
「彼は無所属だったからね。東にも西にも南にも北にも属さなかった、無所属」
「無所属? 国に所属してない人なんて居たんですか?」
「そこの[闇月]だってそうよ。でしょう?」
「……あぁ。無所属の連中は大きく分けて二つ居た。俺のように戦争を絶好の仕事として見る者、そして戦闘を楽しむ狂楽者だ」
「全属性掌握者はどちらかと言えば後者だったわね。それでサウズ王国にちょっかい出してきたものだから、お仕置きしたわ」
「死ぬレベルのお仕置きってお仕置きじゃないですよね」
「死んでないわよ? 逃げられたし」
「えっ……。四天災者から逃げれたんですか?」
「流石、と思ったわね、あの時は。大戦時も結構な噂になってたし私も耳にしてたんだけど、まさか逃げられるとは思ってなかったわ」
メイアは緑茶で唇を潤し、遠き懐古の思いに思いを馳せる。
端から見れば昔の愛を語っているようにも見えるだろうが、要するに殺し損ねたという意味だ。
流石にこの人は違うなというスズカゼの呆れと共に、ジェイドはメイアの説明に言葉を付け足した。
「大戦時には幾つかの不文律……、基、生き残るための決まりがあった。それを破ったのだから全属性掌握者も中々に頭の螺旋が外れた奴だったのだろう」
「四天災者に戦いを挑むな、とかですか?」
「四天災者を見たら遺書を書け、の方が意味合いとしては正しいな。実際は遺書を書く時間どころか神に祈る時間すら無かったそうだが」
「あら、失礼ね。機嫌が良いときはそれぐらいの時間はあげたわ。良いときは」
「予想の数倍酷かった……」
まぁ、かなり今更な気もするが、それは置いておこう。
しかし話を聞けば聞くほど、全属性掌握者の異常性が垣間見えてくる。
四天災者に戦いを挑んで敗北するまでは解るが、それで逃げ切るとは。
メイアの表情からして卑劣な手を使った訳ではなさそうだし、まさか本当に真正面から挑んで真正面から撤退したのだろうか?
だとしたらそれは、本当に眉唾物の話では…………。
「……もしかして全属性掌握者って四天災者より強かったり」
「ないわね」
「寝言は寝て言え、姫」
「扱いが酷い!!」
確認で聞いただけなのに。確認で聞いてみただけなのに。
何もここまでハッキリ言わなくて良いではないか。何もここまでハッキリ言い切らなくても良いではないか。
しかし、まぁ、予想通りという訳だ。流石に四天災者より上という事はないらしい。
……だったら四天災者はどんだけだという話になるのだが、これは切りがないので敢えて話さないようにしよう。
「そう言えば斬滅なんですけど、何処の国に属するとか聞きませんね。大戦時はどうしてたんですか?」
「斬滅は明らかな後者、つまり戦闘狂だったわ。何処の国にも属さず、かといって正義のために動くとも限らない。自分本位に力を振るう、そんな奴だったわ」
「会えば終わり、でしたっけ。確かにそんなのとは会いたくないなぁ……」
「俺も大戦時に四天災者と出会わなかったのは僥倖だったな。小まめな情報収集が功を奏したという事もあるのだろうがな」
「……どんな感じの情報だったんです?」
「嵐や豪雨よりも、激戦地区よりも、無論のこと稼ぎ場所よりも優先して入る情報だった。酒場や休憩所で四天災者の名が出ると皆が身構えたものだな」
「そんな懐かしき日々みたいに言わないでくださいよ。にしても、本当に四[天災]者だったんですね」
「まぁ、何でも良いけれど。所詮は昔のことよ」
「……昔。昔かぁ」
思えば自分は四国大戦について何も知らない。
いや、ある程度の正史としての四国大戦は授業で習った。まぁ、殆ど忘れてしまったけれど。
それでも朧気に、かなり朧気に覚えているのだけれど、それが何だと言うのか。
現に自分は全属性掌握者も四天災者[斬滅]の事も何も知らなかった。
こうして長々と話したからある程度の事は理解出来たが、所詮は[ある程度]でしかない。
自分はもっと四国大戦について知るべきではないのか?
メイアの言う通り昔の事ではあっても、それは確かにあった事なのだ。
自分がこの世界に来る前に、確かに実在したことなのだ。
他の勉強とは違う、自分も片足を突っ込んでいる戦闘の世界に、人々に大きく関わってくる現実。
だからこそ、これを知っておくべきなのだろう。これを知らなければいつか、この戦争を知らなければいつか、痛い目に遭いそうだから。
「メイア女王、あの」
「メイアたぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!」
少女の覚悟は変態の乱入によって容易く無に帰し、やがてその変態も業火の中に飛び込んでいく事となる。
まぁ、そんな気はしてましたよという呟きを聞いたのは長い作業を終えて猫背をL字近い形で曲げた一人の男だけだった。
漆黒の獣人はそんな様子を見ながらも、少女の呟きに重ねるように、しかし塗り潰されるように小さく零す。
「……帰りたいな」
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