魔創による授業
「まぁ、取り敢えず調べてみるわ。魔力で構成されてる以外に何か解る事もあるかも知れないし」
「私も手伝おう、イトー殿。微力ながら心得と思いつく物はあるつもりだ」
イトーは禍々しき紋章の残骸を木箱に戻し、胸元に抱えてふらつきながらも奥の部屋へと入っていく。
リドラはそんな彼女が転ばないかと心配気に見詰めながらも、その小さな歩幅に合わせて緩やかに着いていく。
彼等の背中を見送ったメイアは机の上にある緑茶を口に運び、ふぅ、と一息ついた。
「スズカゼ・クレハ」
「……私、メッチャ空気やったわぁ」
「聞いてる?」
「あ、はい」
「傷の具合はどうかしら」
「いや、痛まないですよ。前のは傷が開いたって感じでしたし」
「そう、じゃあ問題ないわね。イトーの事だから片手間で治療をしてくれそうだけど、そこまで耐えれなかったら色々と面倒だから」
「まぁ、問題は無いでしょう。しっかり治しますよ」
訓練も何もないとは果てしなく暇だが、今回ばかりはそうも言えないだろう。
流石に傷を治さなければ素振りも腕立ても出来ないのだから、大人しくしている他ない。
それに、イトーの変態度はともかく腕は確かな物なのだから、安心して任せられる。
因みに、変態度に関しては人のことは言えないのだが、彼女の頭にそんな物はない。
「しかし暇なのに変わりはないんですよねぇ。どうしましょう、何か暇潰しないかな……」
彼女の言葉に、ジェイドは紙と用筆を手に取る。
即座に断ったスズカゼのせいで落ち込んだ彼を他所に、メイアは窓の外を見上げていた。
身体的に疲労している今だ。運動は勿論、魔術魔法を下手に使って暴発などさせたら洒落にならない。
と言うわけで鍛錬の類いは不可能。こうなったら本当に彼女を休ませるしかないわけだが。
「勿体ないわね」
休むのは良い、大切な事だ。
だがその間、何もせずに居るのは勿体ないだろう。
折角、スズカゼ・クレハという歩く全自動着火式火薬庫が静かにしているのだ。
これを機に何かを学ばせるか術を得させない手はない。
とは言え、何を学ばせ何を得させたものか。
鍛錬の類いは出来ないのだから必然、知識系になるのだが……。
「と言うか姫にしては大人しいな。あの変態とならば相性が良さそうな物だが」
「受け身だから良いんですよ。あんなに責められちゃ、ねぇ?」
「そうか、至極どうでも良い事を聞いてしまったな」
これに知識を与えるのもどうかと思う。
魔術魔法の知識を教えると言い出せば間違いなく透過魔法を教えろと言い出すだろう。
嘗て、涎を垂らしながらうへうへと笑っていた魔女のように。
無論、あの時は[丁重に]断ったのだが。
「……あ、そうね」
「どうしたんです? メイア女王」
「この際だからちょっと魔術と魔法について復習しておきましょう」
「結局勉強じゃないですかぁ!!」
「いや……、謹んで受けておけ、姫。現世で最高の[魔]を司る四天災者[魔創]の授業だ。国が国なら国家予算の半分を裂いても宮廷魔術師に受けさせるような物だぞ」
「そ、そりゃそうでしょうけども。……受けましょうか?」
「そうすると良い。メイア女王、是非この[獣人風情]にもご教授いただけると嬉野だが」
「卑下しなくて良いわよ、[闇月]。獣人の中でも最高峰に至る数少ない存在の貴方になら聞かせても面白いから構わないわ」
「……それは、有り難い」
面白いから、か。
ジェイドは黄金の隻眼を伏せながら余りの憐れさに口端を崩す。
憐れさと言えど、それはメイア女王に対してではない。自身の憐れさについて、だ。
面白いから。その言葉が指し示すのは、今から自分で吐露する内容が自身の領域を危ぶませる物でない事を示す。
[闇月]という名に胸を張るわけではないが、それでもこの名はある程度広がり、驚異を持っていたはずだ。
だと言うのにこの女性は、この四天災者は情報という、時に勝負の命運を握る物を吐露する前に軽々と言う。
面白いから、と。
「まず魔術と魔法の違いは覚えてるかしら?」
「五大元素の火、水、風、岩、雷を操るのが魔術。それ以外のが魔法、でしたっけ」
「その通りよ。じゃあ、下級と上級魔術、及び魔法の違いは?」
「詠唱があるかどうか、ですね!」
「正解。こっちは自信満々ね」
「えぇ、まぁ、浪漫ですし」
「……浪漫?」
「何でもないです」
そりゃ、大技に詠唱は付き物である。
ゲームだろうが漫画だろうがアニメだろうがラノベだろうが小説だろうが絵だろうが。
創作物で大技には詠唱が無ければ決まらない。詠唱あってこその大技と言っても良いだろう。
腕を組んで背に魔方陣描いて大技ブッ放す。これぞ戦闘の浪漫だ。
……なのでこれだけ直ぐに覚えれたのは秘密である。と言うか、信じて貰えないだろう。
「上級魔術、及び魔法は詠唱により魔力消費を軽減している訳だから、やろうと思えば詠唱を省く事も可能よ。ただし、そんな事をしたら上級魔術、及び魔法で消費する魔力を直接的に受けるから、魔力が枯渇してもおかしくないわね」
「そもそも、どういう原理で詠唱が必要なんですか?」
「詠唱って言うのは、謂わば鍵なのよ」
「鍵……」
「特定の言葉に特定の魔力回路を決めて自身に刻むの。そうすれば特定の言葉を言うだけで自身の魔力が反応して予め刻むときに消費した魔力と合わせて軽減される、って訳ね」
「……だったら何も、長いのにしなくても良いんじゃ? [あ]とか[むのげっちょ]とか」
「むのげっちょが何なのかは置いておくとして、それは余り好ましくないわね。不可能ではないのだけれど、無意識にその言葉を使ったり心に思い浮かべたりしたらどうなるかしら? それに言葉を魔力回路の鍵として自身に刻むのだから、余り短いとろくな鍵が出来ないわよ」
「長ければ長いほど良い、って訳でもないんですね」
「あくまで鍵。長すぎても短すぎても駄目って事よ」
「為になる話を感謝する、メイアウス女王。しかし、表現方法こそ違えどもそれは所詮、一般的な知識だ。姫が知っているかどうかはともかくとしてな」
「魔術魔法の区別と詠唱は知ってましたよ!!」
「因みに詠唱の意味も授業でやったが」
「話の続きをお願いします!!」
「……で、だ。この先、[魔]を司る最高峰の人物から聞ける黄金石の話はあるのか? 無論、これが本筋などとは露程も思ってはいないがな」
「急かさなくても良いわよ、闇月。そうね、貴方のお望み通り聞かせてあげるわ。少し面白い話をね」
「面白い話、か」
「そう。森の魔女と同じ眉唾の話に因んで……」
にこり、と。
如何なる男でも落としてしまいそうな、妖艶で美しく優しい、母性溢れる笑み。
だが、その恋心を抱くには充分過ぎる魅了の微笑みを向けられても漆黒の獣は毛先一つ動かさない。
その笑みの裏に隠された、悍ましい何かを知っているからだ。
「全属性掌握者の話でも、しましょうか?」
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