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獣人の姫  作者: MTL2
忌むべき残骸
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巻き込まれた漆黒

【リドラ別荘】


「……うへっ、うへへ」


大凡、女性らしからぬ声で笑い声をあげる少女。

彼女はもう昼頃だと言うのに、毛布にくるまりながら球体を抱えていた。

真っ白な中に紅色が散らばっているという奇っ怪な柄の球体、かなりの重量感のあるその卵を。


「ギルド騒ぎで触れんかったけど、やっぱ卵は良ぇわぁ。うへへっ、この温もりと躍動は生命の神秘やなぁ……」


嘗て、あの人物から貰ったときとは大分違う。

微かな温もりと躍動だけではない。確かな生命の存在と生まれてこようとする意思を感じる。

卵、と一概に言ってもそもそも何の卵か解っていないのだ。

こうやって温めていればその内、何かが生まれてくるはず。

未婚で一児の母になるのは悩み物だが、まぁ、悪くないだろう。


「いつまで寝てんだ、この馬鹿」


「あ、ゼルさん」


木扉を開けて覗いたのは鉄の義手だった。

その持ち主はうんざりした表情で布団にくるまる少女へと声を掛ける。

少女は布団から顔をひょっこりと出して応答するが、その反応に男の表情はさらに落ち込んだ。


「訓練も出来ないし外も走れないし……、かといって勉強は嫌なんで大人しく卵を温めてます」


「そうか。知ってるか? お前のせいである人物が下に留まってるんだよ」


「へぇ-、誰か来たんですか?」


「メイア女王」


「帰ったんちゃうんかい、あの人……」


「国事はバルドとナーゾル大臣に任せる、とか言ってな。前に持ってきたアレを鑑定するまで帰らないとか何とか……」


「鑑定する為にイトーさんのトコに持ってくとか言ってましたよ」


「アイツの所に行くまで帰らない気かよ……」


ゼルの胃がさらにキリキリと痛み、遂には穴が開くのではないかとすら思う。

ギルド騒動の後から既に数日。スズカゼが帰宅時にメイアと共に入ってきたときには思わず卒倒しそうになった物だ。

いや、正確にはその後の私も残るからと平然と言い放った女王様のせいで卒倒しそうになった訳だが。

そして現在。今し方の階下には紅茶を嗜む女王様が居る。

彼女のせいで部下三名と仲間の獣人は毎日カチコチだし、漆黒の獣人はよく釣りに行くようになった。

精々、いつもと変わらないか生き生きするようになったのはぐーたらしてる暇人と凄まじい研究物を貰った研究者ぐらい。

これなら前までの全員がのんびりしていた頃の方が余程マシだ。


「さっさと行ってきてくれ。多分、リドラも連れて行くだろ? お前等三人で行ってこい」


「え? ハドリーさんは?」


「話を切り出そうとしたら泣き出して俺がジェイドに殺され掛けたけど、何か?」


「うわぁ……」


「誰のせいだと思ってんだよ。良いか? 知っての通りメイアはサウズ王国の女王だ。そして四天災者[魔創]でもある。俺達とは同じ種族でも、次元が違う。その存在だけで周囲に及ぼす影響ってのもあるんだ」


「具体的には?」


「デイジーとサラとファナ」


「あぁ、あの人達も国に従事するから当然と言えば当然ですか……」


「頼むから早くメイアと一緒に行ってきてくれ。そして一番の被害は俺の胃痛だ」


「薬飲んどきゃ治りますって!」


「薬は頭痛に使ったよ」


「……行ってきます」


「さっさと行け」



【トレア海岸】


「そして誰も見送りに来ない。酷くないですか?」


「普段の行動が覗えるわね」


とある獣人の行商人を待つ面々を見送る影はない。

あるのはいじける少女と、その隣に立つ蒼快の空すら霞むほど美しい女性。

そして二つの木箱を足下に置きながら古くさい本を読む酷い猫背の男性と、額に冷や汗を伝わせる漆黒の獣人だった。


「……リドラよ、何故に俺が」


「一名、本来行くべきだった男が逃げたそうだ。何でもこれから行く場所を言い出す前に察知したのか、別荘から飛び出て海に入ってそのまま泳いでいったそうだ。沖に」


「あの男、そろそろ死ぬのではないか」


「だと思うが、死なないのだろうな」


猫背の男、リドラはその言葉に沿うように本のページを一枚捲る。

どうやら意識は漆黒の獣人との会話よりもそちらに向けられているらしく、獣人はその本を興味本位で覗き込んだ。

だが結局、彼がその本の題名を理解する事はない。

いや、文字は読めてもその意味が解らないのである。


「これは、何だ? 研究資料か……?」


「私がかなり昔に著した物だ。あの時は価値などない研究と見て打ち切ったが、今回渡された物を考えると……、な」


「そう言えば今から行く、森の魔女の家だったか。あんな眉唾話の場所に行かなければならない程の物とは何なのだ? 貴様はいったい、メイアウス女王に何を渡された?」


「それについては現地でな。ここで説明するのは色々とマズいのだ」


「……俺の必要性は?」


「……それについては現地でな」


「それは既に逃げられない気がするのだが」


乾いた笑みを浮かべながらジェイドは遠き蒼の海に思いを馳せる。

どうやらこの面子に放り込まれた時点で自分に逃げ道はないらしい。

今日の釣りは中々良い成果だったはずだ。何処だ? 何処から運命は不幸の方向へと歯車をねじ回し始めた?

と言うか何故、この面子の中に自分が放り込まれたのだ? もっと他に適任が居ただろうに。


「と言うか何でジェイドさんなんですか? メタルさんは逃げましたけど、ゼルさんでも良かったんじゃ」


「実力があってイトーの存在を知っても問題がなく、さらに言えばイトーという存在を前にしても問題のない人材。……限られるでしょう?」


「まず女性はアウトですね」


「ゼルは死ぬわ。胃痛で」


「となると必然的にジェイドさんなんですね」


ジェイドはそもそも三人で行く選択肢はないのかという言葉を呑み込み、大きく肩を落とす。

これから向かう森に居る魔女とは、はたしてどんな人物なのか。

ハドリーが名前を聞いただけで泣き出し、メタルがその物に会いに行くと聞いただけで海に飛び込む。

そんな人物がろくな人物であるはずがない、が。


「……ふむ」


メイアウス女王が一目置き、嘗て姫を救った恩人でもある。

ろくでもない人物なのに違いはないが、相応に尊敬するだけの価値はあるはずだ。


「まぁ、大丈夫だろう」


大丈夫なはずがない。

全員が口を揃えてそう吐き出しそうになり、全員が一様に言葉を呑み込む。

百聞は一見にしかず。その言葉が実現化される時は、そう遠くないだろう。



読んでいただきありがとうございました

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