閑話[銀の棘は紅色の海に根を張る]
【ギルド地区】
《北部・廃墟地区》
「武器は用意し終えたか?」
「あぁ、弾薬や刀剣は充分にある」
北部の最端、度重なる発展の中で取り残された残骸。
一つは元々武器屋、一つは元々防具屋、一つは元々食品店。
ギルド地区の急成長という波に着いていけずに取り残されたそれらの中に、彼等は居た。
数百を超えるギルド登録パーティーの面々。彼等は銃や刀剣、槍、盾、爆弾などの様々な武器を持ち、明らかな殺気を充満させている。
「我々の力と数を持ってすればギルド本部の制圧など容易い。まず東西南北を制圧し、最後に残存員で央館を制圧だ」
「まず頭を抑えた方が良いのではないか? ギルド統括長など、所詮はただの人間だろう」
「いや、ヌエが居る。同士の話ではラーヴァナ様が殺されたとき、黄金の雷撃が走ったそうだ。上級魔術並の一撃だったらしいが……、ヴォルグにそんな魔力があるはずがない。恐らくヌエ以外の、新たな戦力があるのだろう」
「ふむ、それに注意しなければならないんだね」
「そういう事だ。何よりラーヴァナ様の意志を継ぐ…………、誰だお前」
当然のように話に混じっていた男に、その場に居る全員の視線が向けられた。
優しい笑みを浮かべた男は申し訳なさそうに頭を抑えて軽く一礼する。
彼の戯けた態度に帰って来た反応はただ一つ。
全員の銃口と、白刃だった。
「貴様は誰だ。貴様のような人間、補佐派でも見た事がないぞ」
「あぁ、新入りです。先週ギルドに入りまして」
「嘘をつけ。だったらこの中の誰かが顔を見たはずだ」
男は補佐派の人物による指摘でウンともスンとも言えなくなり、口を噤む。
それを合図にしたかのように徐々にその男を取り囲む包囲網が完成し、やがて彼は数百の補佐派の者共で作られた円の中心に立たされた。
「……実は迷子、とか」
「ふざけてんのか、お前」
「ですよねぇ。いやはや、やはりお巫山戯はメタルさんにでも任せておくに限る……」
残骸の中に発砲音が鳴り響く。
容赦ない銃撃は男の頭を狙って放たれ、誰もが血の華が咲くことを予感した。
だが、その華は咲く所か蕾すら成さない。成したのは、棘。
「では、立場を変えましょう」
男の顔面に迫る弾丸を弾いたのは一本の槍だった。
誰かが投擲した訳でも男が持っていた訳でもない。
地から草木のように生えた、槍だったのだ。
「私は皆さんにお聞きしたいだけなんですよ。まぁ、正直言うと貴方達が今から何をするだとか微塵も興味がありません。ですので、せめて逝く前に教えていただきたいな、と」
「貴様が何者であろうと、我々の計画を事前に知った時点で生かして返す事は出来ない。何かを知りたいのなら、我々がギルドを制圧した後に聞けば良かったな。己の急き性を恨むことだ」
「急き性? いえいえ、これでも割とのんびりした性格でして。何せ皆さんが決起集会を行う前に来ようとしたんですが、道中でとても美味しそうな菓子屋を見つけたんですよ。ここの饅頭がこれまた美味しい物で……。彼等は酒場で宴会騒ぎなのですから私だってこれぐらい許されるでしょうと思いましてね」
「東の菓子屋[和の靡き風]のペクの実を磨り潰して練り込んだ特性饅頭の話なんざ誰も聞いてねぇ!! 俺だって早くギルド制圧して饅頭喰いたいんだよ!!」
「おや、詳しいようで。……話を戻しますとね、私としては皆さんが全滅する前に件を聞いておきたいんですよ。何せこれは重要な」
男の言葉を遮り、補佐派の者達が怒号を轟かせる。
今から殺す人物が自らが成すべき目的を侮辱したのだ。一秒たりとも生き存えさせる必要などありはしない。
全員が剣を、銃を、槍を持って。
余りに凶悪な殺気を剥き出しにし、男へと襲い掛かった。
「やはり饅頭は肉や脂を混ぜてはいけない。野菜や草だけが良いと思うのですが、どうでしょう?」
男は海の上に座っていた。正確には海に浮く塊の上に座っていた。
彼が言葉を投げかける者は先程、男と話をしていた饅頭好きの補佐派の人物だ。
その人物は海から首の上だけを出してどうにか呼吸している状態である。
そのせいで男は然も苦しそうに手足をばたつかせるが、それらが地面から剥がれる事はない。
当たり前だ。四肢は全て槍や刀剣によって縫い付けられているのだから。
「貴様、何者だっ……!? 我々が、こんな一瞬で……!! [武器召喚士]にしても規模が違いすぎる……!」
「いや何、知らぬ街にくればハメぐらい外したくなる陽気な男ですよ。ただの、ね」
男は海に浮かぶ塊から。
いや、血の海に浮かぶ人肉だった塊から腰を浮かし、補佐派の人物の前へと歩み出る。
幾千と輝く棘を染める紅色の中、男の歩みは水面に波紋を生み出す。
波紋の揺らぎが首筋に当たる度、その人物は恐怖で口元を引き攣らせ、悲鳴にならない悲鳴をあげていた。
「私が聞きたい事は別に貴方達の権力争いだとか決起集会の内容だとか計画だとか、ギルドの勢力だとか裏の情報だとか弱みだとか、そんな話じゃないんですよ。ただ一つ、教えてくれれば良い」
「何を、何を求める……! 貴様のような化け物が!!」
「記憶操作を行える魔法使いは、居ますか」
男の問いに、補佐派の人物は目を見開いた。
それは図星だったからだとか、驚愕したからだとか、そんな話ではない。
居ないのだ、そんな人物は。自分が思い当たる限り一辺等たりとも。
そもそも記憶操作は禁術だと聞いた事がある。外道邪道の話ではなく、術者に掛かる危険性からだ、と。
もしそんな技を使いこなせる人間が居るとするならば、必ず噂程度にはなっているはず。
その[噂]すらも聞いた事がない。この男が言った事は自分にとって全くの無関係なのだ。
「そんな事のために、我々を……!」
「ご存じなので?」
「知るわけが、知るわけがないだろう!!」
「残念ですね」
補佐派の人物の首筋に刀剣が突き立てられ、紅色の海は少しながら体積を増す。
痙攣と共に恐怖の深淵に沈み逝く彼の耳が最後に捉えたのは男の軽快な言葉だった。
「あぁ、そうそう。一つ訂正しておきますが、私は化け物ではありません。ただの人間です。私などが化け物では我が女王はいったい何になると言うのやら」
彼の言葉は最後まで補佐派の人物に届きはしない。
岩の割れ目から吹き荒ぶ風のような音が数秒続いた後、それは途切れて消えていったのだから。
「……さて、まだ宴会には間に合いますかね」
男が踵を返すと同時に、紅の掛かった銀の棘は現実に居る事を否定したかのように震えて、姿を消す。
彼はそれを見るまでもなく、胸の中に戻ってきた重圧感を元に全てを感じ取っていた。
「いや……」
やはり間に合わないかもしれないね、と。
そんな言葉が吐き残された紅色の海に残った魂は、無い。
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