少女と女王と傲慢
【ギルド本部】
《ギルド統括長私室》
「よく来たな、メイアウス女王」
東の大国の女王にして四天災者を前にしても変わらぬヴォルグの傲慢。
豪華な椅子に深く腰掛け、足を組むその様子など正しく傲慢不遜。
少なくとも正式な謁見の間で取る態度ではないのだけは確かだと言うのに、その男のその態度こそが、正しく正装なのである。
メイアもそれを理解してか、スズカゼはそれを理解するが故に。
何も言う事は無く、彼の眼前にて椅子に座していた。
「ギルド統括長、ヴォルグ。今回の一件に関しては認知しているのね?」
「無論だ。我が庭で起こった事ならば我が認知するのは当然という物だろう」
「そう。だったら、スズカゼ・クレハを利用したという事も認知するのね?」
「……はて、何の事やら」
言葉ではそう述べていようとも、表情は違う。
その通りだ、と言わんばかりに顎を上げ、口端を崩しているからだ。
彼の表情による肯定はメイアの続言を認め、スズカゼに困惑の色を示す。
「膿を絞り出す為にスズカゼ・クレハという餌を泳がせた。聞けば何やら妙な取引を行ったようじゃない。明らかな越権行為の取引を」
「確かにその通りだ。我とその小娘は取引を行った。……だが、それが小娘を餌として歩かせていたという証拠に、どう繋がる?」
「貴方はスズカゼ・クレハという存在を見抜いていた。いえ、予測していたというべきかしら? そうでもなければこんな無茶な行為は出来なかったでしょう」
「何処が無茶と言うのだ? ギルドという組織を、その付近を良くしようという小娘が何を起こすという?」
「欲に走れば、或いは我がサウズ王国に有利なよう条件を変えれば貴方はどう対応したのかしらね」
「……ふむ」
「一度取引をした以上、強く押されては断り切れるはずもない。そしてこの娘の性格を知っていればそう成り得る可能性も捨てきれないはず。この娘が自身の欲でははなく自身の信念に沿う事を知らなければ、の話だけれどね」
「我とそこの小娘は会って精々数時間だがな。その間で、どうやって」
「二言三言交わせば充分よ。その娘は、そういう子なんだから」
嘗て自身が第三街を与えた時の事を思い出しながら、メイアは微かに頬端を崩す。
ヴォルグも彼女の言葉に納得したのか、瞼を閉じながら手を翳し、無駄な論争は止めだ、と吐き捨てる。
一方、スズカゼは相変わらず困惑しているようで、ここに自分が居る意味はあるのだろうかと思い始めていた。
「さて、ではメイアウス女王。貴様は何を望む? 我への賠償として何を望むと言うのだ?」
「別に、何も。今回必要だったのはあくまで事実の確認よ。もし貴方がここでシラを切るようなら……、まぁ、然るべき処置を執ったでしょうね」
「然るべき処置か。恐ろしい事だ」
不遜に笑うヴォルグだが、眼前の女が凄まじい魔力を収束している事には気付いていた。
事実、先程まで困惑するばかりだった少女は冷や汗を垂れ流し、包帯の色を微かに滲ませている。
四天災者の[然るべき]処置だ。間違いなくこのギルド本部だけでなく地区までも吹っ飛びかねないだろう。
「まぁ、強いて言うならばこの娘の願いを叶えて上げて欲しい、って所かしらね。無論、何の腹底もなく」
「構わん。その程度の願い事ならば認可してやろう」
「という訳よ、スズカゼ・クレハ。言いなさい」
「ひゃ、はい!? あ、あぁ! そうですね!」
少女はあたふたと慌てながら姿勢を正し、一度の咳払いで気を取り直して前のめりに体を乗り出した。
その様子にヴォルグは笑み、メイアは瞼を閉じて足を組み直す。
部屋の雰囲気が自身の行動で変わった事に緊張しながらも、スズカゼは今一度息を吸い込んだ。
正しい事を真実とするために、真実を正しい事とするために。
「ハローワーク作りましょう」
「……はろー」
「わーく、だと?」
【ギルド地区】
《酒場・月光白兎》
「おーい、シン。生きてるかぁ?」
「大丈夫でしょう。流石にドルグノムさんも手加減を間違えたりしませんよ、多分」
「最後の一言でシンの命が危機に晒されてる確率跳ね上がった気がする」
月光白兎に入店して数秒でシンがユーシアを口説き、数十秒で彼がドルグノムに投げ飛ばされた後の店内。
メタルとデューは共に座して酒を持ち、ファナは少し離れた席で酷く不機嫌そうに獣人の少女を膝上に乗せており、フレースとニルヴァーは窓際の席で何やら言葉を交わし合っている。
今の所、店内には彼等しか居ない。貸し切りという訳ではないのだが、南部での大騒動もあってギルドが引っかき回されているために訪れる者が居ないという状況なのだ。
「しかし、何であの少女はファナに懐いたんだ? そう言えば前もこんあ事があったような……」
「メタルなんて速効で避けられてましたよね。男の人が怖いんじゃ?」
「あー……、成る程。まぁ、俺からすりゃアイツが普通に乗せてる方が余程意外だけどな」
「普通って何でしたっけ」
殺気を充満させるファナと、その膝上でちびちびとミルクを飲む少女。
明らかに普通ではない彼等を眺めながら普通と言う辺り、このメタルと言う男も普通ではないのでは……、とデューはため息をつく。
と言うかこの空間自体が普通ではない。普通とは何だったのか。
「それにしてもスズカゼさんは大丈夫ねなぁ。統括長は一筋縄で行くような方じゃないけど」
「メイアも居るし大丈夫じゃねーの? まぁ、そもそもスズカゼの相手する方が大変だと思うけど」
「あの三人が混じったらどうなる事やら……」
ボレー酒特有の苦々しい味と泡を口に含みながら、彼等は大きくため息をつく。
それは今回の一件の事もあるし今頃ギルド本部で行われているであろう話し合いの行く末のこともある。
ボレー酒が胃に染みるわぁ、としみじみながらに彼等は息を付き合う。
「要するにアレだ。スズカゼはアレだな」
「アレ、ですか?」
「面倒事の根源的なアレ」
「ザックリし過ぎじゃないですかね」
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