美しき南の大通りを行くは
【ギルド地区・南部】
《医療所・灯火》
「ん、これで良しやけど……、結構傷が深いねんなぁ。暫くは絶対安静にせなアカンぐらいなんやけど……」
「そこまで気にしなくて良いわ。この娘はこちらで面倒見るから」
「あ、ほうですの? いやぁ、スズカゼさんもこんな美人さんの知り合いが居って羨ましいわぁ!」
「そそそそそそうううううでででですすすすすねねねねねねね。いやははははははは全くくくく」
「は、ハンパないぐらい動揺しとるけどいける……?」
全ての一件が一段落付いた後、漸く落ち着きを取り戻した南部の医療所。
室内全てが焼け焦げてしまったが故に、ほぼ倉庫に近い場所に彼女達の姿はあった。
全身から冷や汗を滝水が如く垂れ流すスズカゼと、彼女を手当てするケヒト。
そして、その隣で足を組み笑顔で手当の様子を眺めるメイアの姿が。
「しかし、メイアウスさんでしたっけ? どうやったらほんなに美人になりますのん? 私も同じ女性として気になりますわぁ」
「日々の食事と適度な運動かしら。あと少しのストレス発散」
「国家レベルのストレス発散……」
「何か言ったかしら? スズカゼ・クレハ」
「あ、ひゃい。何でもないれす……」
一層冷や汗を増すスズカゼとにこやかに殺気を零すメイア。
彼女達の間に何が起こっているのか全く解っていないケヒトは小首を傾げているだけだが、実際は四天災者を前にしているというのに殺気にも圧力にも気付かない辺り、彼女も相当図太い性格なのかも知れない。
「そう言えば他の人達と獣人の女の子は? 姿が見えないみたいですけど」
「何処だったかしら……、あぁ、そうそう。ギルド登録パーティー[冥霊]のデュー・ラハンが勧める酒店に居るはずよ。貴女と私が用件を終わらせるまでそこで待ってるはずだわ」
「用件?」
「ギルド統括長への謁見よ」
「ですよねー……」
今回の一件、スズカゼは巻き込まれに行った部分もあるが、大半はギルド内部の権力抗争に巻き込まれた形だ。
統括長派と補佐派の権力抗争はサウズ王国より訪れていた第三街領主伯爵を、ギルド地区の南部を丸々巻き込んだ大事件となった。
結果的に述べればサウズ王国側に損害はなく、統括長派側にも損害は無かった。
しかし補佐派は[血骨の牙]ザッハー・クォータン及び[爆弾魔]ハボリム・アイニーが死亡。[魔老爵]ヴォーサゴ・ソームン及び[邪木の種]スー・トラス、そして幾人かのギルド員は捕縛という結果である。
実害的に言えば最善の結果とも言えるが、それでもスズカゼ、延いてはサウズ王国が被害を受けたのには違いない。
ならば一国の伯爵と女王として、一組織の長に話を付けるのは当然という物だ。
「と言うか、あの、何でメイアさ……、メイア女王が? てっきりゼルさんやジェイドさんが来ると思ったんですけど。近いし」
「まぁ、実際はそうだったのだけれどね。あの二人はまだ傷が完全に癒えてた訳じゃなかったし、尋ねてた私が来たのよ」
「尋ねてた? どうしてですか?」
「暇潰しよ」
「わぁお、ダイナミック」
「冗談だけれどね。実はリドラに解析して欲しい物があったのよ」
「解析して欲しい物、ですか」
「それについては後でね。取り敢えず今はギルド統括長の所へ挨拶に行くことよ」
メイアは組んでいた足を戻して立ち上がり、眼科の少女を見下ろす。
自分が立つ事を待っているのだと気付いたスズカゼは急いで立ち上がり、ケヒトへと一生懸命頭を下げた。
治療費はきちんと払うてなぁ、という送り言葉と共に、彼女達は医療所灯火を後にした。
《南部・大通り》
「うわメッチャ綺麗」
「大掃除でもしたのかしら。水洗いの」
妙にピカピカの大通りを歩くスズカゼとメイア。
彼女達以外に人通りはなく、嘗ての店々とそれに出入りしていた人々が嘘のように閑散としているのだ。
尤も、その理由としては殆どの人々が自宅で寝込んでいるからである。
ヴォーサゴ・ソームンによる催眠は人体の精神に少なからず被害を与えた。
その結果が精神衰弱による体調不良だ。具体的に言ってしまえば風邪に近い。
ギルドはこの事態を受けて幾人かの治癒者を派遣。各自の自宅を回って治癒を行っているのである。
そういう訳でピカピカの大通りを歩く人影は二つしかない。
まぁ、その二つは例えどんな人影があったとしても、それよりも異端だろう。
「…………」
思えば、自分は今、とんでもない状況にあるのではないか。
何気なく歩いているが隣の人物は四天災者にしてサウズ王国女王だ。
嘗て自分がとんでもない啖呵を切った相手であり、同時に恩人でもある。
ここは何か言うべきではなかろうか? お礼か、それとも問いか。
リドラに女王自ら届けるような物は何なのか、という問いか。
その力の根源は何なのか、という問いか。
それとも今から行う話の意図に対する、問いか。
「スズカゼ・クレハ」
「ひゃ、ひゃい!」
「こうして二人で歩くのは初めてね。いえ、二人きりになる事すら」
「そ、そうですね! はい!」
「今回の一件、災難だったわね。ギルド統括長ヴォルグとの謁見後は獣車を傭って別荘に帰ると良いわ。その後の予定についてはリドラに伝えてあるから安心なさい。まずはその傷を癒やすことが最優先、とね」
「あ、はい。ありがとうございま……」
違う。そうじゃない。
このまま終わっては駄目だ。今回の一件はまだ終わってはいない。
いや、今回の一件どうこう以前の話だろう。まだ、自分には成すべき事がある。
未だ自分は真実を正しい事としていないのだから。
「メイア女王」
「何かしら」
「少し、お願いがあるんですが」
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