木々は燃え爆弾は貫かれて
「馬鹿な……、こんな、馬鹿な話があるか」
四天災者。たった一人で容易く国すら潰す、天災に例えられるほどの化け物。
その化け物の一人、四天災者にして東の大国、サウズ王国の女王、[魔創]メイアウス・サウズ・ベルフィゼア。
世界最強の四人の内、一人が何故、こんな場所に居る。
何故、こんな時に、こんな場所に居ると言うのだ。
「[韋駄天]の奴、間に合ったみたいだな」
「まさか、貴様……!」
[韋駄天]。
その名を聞き、ヴォーサゴは何があったのか全てを理解した。
メタルは[韋駄天]と呼ばれるギルド最速を名乗る男に救援の言伝を依頼したのだ。
事実、大国間を数時間で走り抜けるあの男ならば不可能な話ではない。
しかし、不可解な話が二つある。
「依頼したのならば必ず記録が残るはず……! それが何故、無い!?」
「ギルドを通さずに個人的に依頼したからだよ。そりゃ、依頼記録も残るはずねぇわな」
「だが……、だが、だ! 何故、貴様程度の言葉で四天災者が動く!? 貴様は何者だ! 貴様は、いったいーーー……!」
「ただの暇人よ」
肩を落とすメイアに影が覆い被さり、彼女の視界に黒緑の大樹が映る。
先刻焼き尽くしたはずの大樹が既に復活し、幾多の鋭利なる木枝を牙として襲い掛かって来たのだ。
自身の数十倍はあろうかという大樹が襲い来るにも関わらず、メイアは動揺は一切無い。
当然だ。眼前に羽虫が飛んでいるからと言って狼狽える人間は居ない。
「止めるのだ、スー!!」
ヴォーサゴの叫びは時既に遅く。
大樹の牙はメイアを食い尽くし、石造の建造物すらも激流水が如く覆い尽くした。
メタルはその大樹の波から逃れるべく隣接する建造物に逃れており、必死に落下しないようぶら下がっている始末だ。
「さて、説明して欲しいのだけれど? メタル」
爆音と共に大樹が爆ぜ、黒煙を切り裂き傷一つ負わず表情一つ変えていないメイアが姿を現す。
スーは顔から血の気を一気に引かせ、その異変に漸く気付いた。
眼前に居る人間が、自らとは次元すら違う存在であるという事に。
「いやよぉ、何かギルドの権力争いに巻き込まれてさ。ギルド統括長派と補佐派に別れてて、俺達は何でか補佐派に狙われてんだよ」
「……成る程ね、大抵は納得がいったわ。じゃあ、この老人と女は補佐派?」
「だと思うぜ。老人は間違いなくそうだな」
「そう」
メイアは踵を返し、身体をヴォーサゴとスーへと向ける。
直後、彼等の前身は泡立ち指先から感覚を失っていった。
何かをされた訳ではない。ただ単に、殺気を向けられただけだ。
数多の戦場を抜けてきたヴォーサゴですら、その殺気を味わった事はない。
死を覚悟するのではなく、死に至る殺気など、味わったはずがない。
「主犯は誰かしら? ヴォルグと少し話をしなければならないようね」
「ーーー……っ」
声は出ない。
恐怖で酸素が奪い尽くされ、眼球の潤いすらも急激に失われていく。
足下は覚束ず、視線はその化け物に釘付けとなる。
ただの殺気と圧力だけで、こうも恐怖を覚える物か。
「話にならないわ。取り敢えずギルド本部にーーー……」
再び向きを変えようとしたメイアに迫る数多の人影。
一や二ではない。数十を超える人間や獣人が虚ろな目のまま彼女へと飛びか掛かったのである。
対するメイアはため息一つで人塊を弾き、視線を元の位置に戻す。
「……逃げたわね」
地に這いつくばる人混みを踏みつけ、彼女はメタルの元へと歩いて行く。
未だ登り切れていないメタルを蹴り飛ばし、隣の建造物へと移っていった。
眼下に映えるのはこちらへ向かい来る無数の人影と、幾つか微妙に動きの違う影。
「メタル」
「落ちる! 落ちる!! マジで落ちるってコレぇええええ!!」
「うるさいわよ。全く、スズカゼはどうしてこうも面倒事ばかり引き起こすのかしら」
「あ、そうだ! お前、スズカゼ達のトコに急げ!! 俺が襲撃受けてるって事は間違いなくアイツ等もーーー……」
「心配要らないわよ。多分、今頃……」
背を翻す彼女からは確信という言葉が感じ取れた。
微かな焔と落ち始めた陽の光を浴びるその姿は、正しく妖艶。
ただ立つその姿だけで生物全てを魅了する魅惑の権化。
「決着が着いてるだろうから」
しかし、その頬を歪めるは笑み。
慈愛も享楽もない、ただ確信だけが宿った笑みだった。
《南部・裏通り》
「……き、さま」
口腔から明らかに致死量の血液を吐き出し、ハボリムは男の首襟を掴んでいた。
彼を貫く幾千の刃は全て紅色に染まっており、血肉で銀色を彩っている。
ハボリムとバルドの戦闘は余りに圧倒的と言う他無かった。実力が、ではない。ただただ、戦闘が、だ。
ハボリムの一手はバルドの百手に封じられ、ハボリムの十手はバルドの千手に防がれる。
余りに圧倒的すぎたのだ。仮面を被ったように冷悪で冷淡な笑みを浮かべる男の戦術が。
「こんな、事がっ……!」
「あるんだよ。殺し合いだからね」
男の身体から幾千の刃が引き抜かれ、ハボリムは力無く自らの血の海へと沈み込んだ。
最早、永久に光を映す事のなくなった彼の瞳を眺め、バルドは苦笑混じりに踵を返す。
筋は悪くなかったんだけどね、という言葉を聞く少女は男の冷淡な笑みに微かな怯えを見せながらも、表面的には顔色一つ変える事はない。
それは強がりであると同時に、彼女の微かな抵抗でもあった。
「誰が傷も癒えない状態で戦闘を行えと教えたのかな」
「……申し訳、ありません」
「追撃を防いだから良いような物を。魔術大砲による防御は諸刃だと教えただろう?」
「……はい」
「まぁ、君も幼子じゃないんだ。そう諄くは言わないよ。取り敢えずこちらの決着は着いた」
屍の血がバルドの革靴まで浸食し、黒に微かな紅色を含ませていく。
彼はその紅色を嫌うように足で引き払いながらファナの肩を持って立ち上がらせた。
全身の傷は言う程酷くはない。少なくとも致命傷ではないはずだ。
それでも先程のハボリムによる一撃を咄嗟に全面展開した魔術大砲の膜で防がなければ、或いは自分が追撃を阻止しなければファナは間違いなくその命を絶たれていただろう。
自分が間に合ったのもファナが魔術大砲の膜を咄嗟に全面展開出来たのも、最早、奇跡としか言い様がない。
「……さて」
先の言葉通り、こちらの決着は着いた。
残すはあの屋上での戦闘だけだ。
黒き兜と白銀の義手による戦闘の、決着のみ。
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