爆弾と樹木による劣勢
「……余計な事を」
「集団戦で仲間を補助するのは当然だろう」
ハボリムは地を後方に蹴りながら、腰元の筒を抜いて火を灯す。
彼はその爆弾を迫り来る少女の眉間に投げつけながら、後退方向を一気に斜めへと逸らせた。
「邪魔だ」
小鉄球を仕込んだ爆弾を片手で握り潰しながら、彼女はハボリムと同方向に跳躍する。
握り潰した、とは言っても導火線が消えた訳ではない。
火薬も残っているし小鉄球も然りだ。
もし掌の中で爆発などすれば片手が吹っ飛ぶだけでは済まない。最悪、顔面にすら害が及ぶだろう。
尤も、それは一般人の場合であるが。
「……全く」
ファナは爆弾を掌握した手の内で魔術大砲を表面的に展開。
爆発どころか小鉄球すらも溶かし尽くして爆弾を完全に無力化したのである。
微かな硝煙を頬に受けながら、彼女は鋭い眼光をハボリムに向けていた。
「恨むぞ、ザッハー……」
先程の少女は刀で炎を喰うし、こちらの少女は爆弾を握り潰す。
東の連中は爆弾を無効化する特殊訓練を日夜繰り返しているのだろうか。
そうでなくとも相性面の問題であの少女をザッハーに回したというのに、まさかこちらの小娘も爆弾が効かないとは。
しかも爆弾の[無差別]という弱点を考慮してより積極的に距離を詰めてくる。
全くどうして、厄介な相手だ。
「時間の問題だな。諦めろ」
「そう言われて諦める訳にもいかぬのだ。こちらはこちらで役目がある」
爆弾の残りには、まだ余裕がある。
ファイムの宝石を発動させるだけの魔力もあるし、足にガタも来ていない。
体力的に余裕があるならば打つ手はある。
ただ、その手を持ってして戦闘を行うのは自殺に等しい行為だ。
何せ相手の攻撃に突っ込むような物なのだから。
「来ないのならば、こちらから行くが」
五芒星を描くように五方向から放たれる魔術大砲。
その攻撃には殺気こそないが、避けなければ死ぬ事に違いはない。
ハボリムは小さく後退して腰元の筒を引き抜き、ファナへと投擲する。
まるで塵紙を投げるように軽く投げられたそれは宙で弧を描いてファナの足下に落ちた。
「ふん」
革靴がその爆弾を踏みつけ、石造りの地に硝煙の焦げ跡を刻む。
破裂音のような物こそ響けども業火が上がる事も小鉄球が飛び散る事もない。
足でも潰せるのか、とため息を着きながらハボリムは何やら黒い手袋を填めていた。
「打てぬ手なれば打てる手に変えるまで。……尤も」
ハボリムは腰を大きく屈め、突貫の構えを取る。
ファナと彼の距離は約五メートル。歩幅にして八歩ほど。
五発動時に魔術大砲を放つには余りに充分過ぎる時間だ。
「それが決め手とならぬ理由など、何処にもないがな」
ファナの視界に刹那の閃光が走る。
彼女は反射的に魔術大砲を構えるが、視線の先には既にハボリムの姿は無かった。
眼下、自らの瞼下に映る黒い影。ファナが微かに死線を下げる数秒の内にハボリムは拳を構えて終えていた。
彼が先程まで居た場所に刻まれた焦げ跡は自身の足下にある物と同じだ。
爆弾による急加速。恐らく靴底に小型のそれを仕込んでいたのだろう。
充分な踏み込みと加速による拳撃。これをくらえば嘗てシルカード国での傷が完全に癒えていないファナにとって致命傷になりかねない。
「ッ!」
ファナは咄嗟に魔術大砲による膜を展開。
刹那の収束も間に合わない為に非常に薄く小さな、余りに頼りない膜を。
展開した場所はハボリムが拳を放つであろう腹部だった。
だが、彼は姿勢と視線の先から予測されたその場所に張られた膜を視認したにも関わらず、一気に拳を振り抜いたのである。
薄いとは言え、鉄すら溶かし尽くすファナの魔術大砲の膜だ。
素手で触れれば少なくとも皮膚は溶けるし肉も焼け焦げるだろう。
だが、彼はそれを理解した上で拳を振り抜いたのである。
「触れる必要など、無いのだからな」
ハボリムの拳が膜に触れる瞬間。
ファナの視界は光に埋め尽くされ、全身から感覚が奪われた。
それが爆発を真正面に受けた為による物だと気付く頃には、もう彼女は全身に焔を纏った後だった。
《南部・住宅街裏路地》
「……ぐ、む」
「起きたか、小僧」
メタルが目を覚まして真っ先に見たのは自らを見上げる老人の姿だった。
尤も、彼の注目を引いたのはその老人では無い。
彼の隣で忠義深い臣下が如く膝を突く一人の女の姿だった。
「……誰だ、その女」
「スー・トラス。[邪木の種]の一員じゃ」
女は老人の言葉に合わせて一礼するも、言葉を零す事はない。
女性にしてもかなり細目の体躯と何も物語らぬ静寂の美貌。
そして綺麗に纏められた新緑の頭髪が掛かる上等な絹の衣服からしても、清楚美人という言葉が似合いそうだ。
メイアやスズカゼもあれぐらい物静かだと良いんだが、と思うメタルだが、ふとある違和感に気付いた。
「体が動かねぇんだけど」
「己の手足を見てみぃ」
どうにか首だけを動かして手足を見た彼の視界に映った物。
それは木の根っこのように表面から生えた、と言うか表面に喰われた自らの手足だった。
感触はあるので繋がっているとは思うが、動く様子が一切ない。
気を失う前の光景や現状の位置と体勢から考えるに、自分はどうやら巨大な木の一部とされてしまったようだ。
「……何これ」
「スーの技じゃ。樹木に取り込んだ物の体力を吸い尽くし、やがて干物にするという……」
「嫌だぁあああああああああああああ! 何でそんな妙にグロい死に方させるんだよぉおおおおおおおおおおおお!!」
「まぁ、冗談じゃが」
「テメェこのクソジジイ」
「貴様は暫しそこで見ているが良い。全てが終わる、その様をのぅ」
「……どういうつもりだ?」
「何、単純な話じゃ……。後々、貴様には色々な事を聞かねばならぬ。サウズ王国の件や他の国々の事を色々と、な」
「話すと思うか?」
「話さずとも良い。……見るだけじゃからのぅ」
ヴォーサゴの笑みに、メタルは頬端より汗を流す。
状況は思った以上に深刻だ。この老人がここに居ると言う事は少なくともスズカゼ達も襲撃を受けているということ。
普段の彼女達ならいざ知らず、今のスズカゼ達はシルカード国での一件で負った傷が癒えていない状態だ。
長期戦は不可能。だが、ヴォーサゴの言葉から察するに自分が気絶していた間、いや、その前から彼女達は襲撃を受けていたという事になる。
気絶していた正確な時間は解らない。それでもたった数分という事はないはずだ。
「……こりゃ、かなりマズいな」
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