白銀の義手は紅蓮と弾丸に対峙する
《南部・裏通り》
「ッはッハァ!!」
スズカゼの頬を擦る銀の鋭爪。
彼女は紅蓮の刃でそれを弾きながら、義手に沿わせて胸元へと一閃を滑り込ませる。
決して深く切り込める一撃ではないが、胸骨を掠める事程度は出来るはずだ。
取り得る行動は回避、反撃、続撃。
回避ならば連撃によって追える。反撃ならばいなす事が出来る。続撃ならば構わず切り裂ける。
好手だ。一手、上回った。
「良い斬撃だぁ!!」
だが、ザッハーはスズカゼの想定し得ない一手を取る。
文字通り想定し得ない[一手]を。
いや、具体的には[五手]なのだが。
「っっがぁあ!?」
スズカゼへと向けられた白銀の義手。
そこから放たれた五つの弾撃は彼女の頬端を、肩先を、腕先を切り裂いた。
残る二発は偶然にも魔炎の太刀に弾かれるも、その衝撃は確実にスズカゼの体勢を崩させる。
無論、ザッハーがそれを逃がすはずもなく、対の義手が彼女の顔面を狙う。
五爪の弾丸に弾かれ、白銀の義手を向けられた少女。
魔炎の太刀は振るえず姿勢を崩したが故に退避も出来ない。
好手は奇手によって翻され、状況は逆転する。
尤も、好手が奇手によって翻されるのであれば別も然りだ。
「……チッ」
ザッハーは振り切っていた腕を無理やり止めて一気に引き戻す。
数秒後に彼の腕があったであろう場所に弾痕が生まれると同時に彼は後方へ素早く撤退した。
そんな隙さえあればスズカゼが姿勢を立て直すには充分だし、何処と無い場所に潜む狙撃者が次弾を装填するに充分な時間を有す事が出来る。
「邪魔をしやがってよぉ……」
五爪の弾を収束させながら、ザッハーはぎょろりと眼球を動かす。
姿は見えない。狙撃方向と弾痕からして、大凡の居場所は解るが、それを排除するためには眼前の小娘に背を向けるしかない。
だが、この小娘相手に背を向けて首を撥ねられない補償が何処にある。
奴の持つ太刀は間違いなく魔具。ただの小娘がその様な物を持つだろうか?
「……妨害ありの戦闘ってのも悪くねぇ、が」
ギルドでも指折りの暗殺者、[八咫烏]フレース・ベルグーン。
名も知らぬ魔具を持ち得る大国の第三街領主伯爵、[獣人の姫]スズカゼ・クレハ。
一度に相手取るには、余りに惜しい。同時など豪華すぎて目眩を起こしそうだ。
豪華な料理を一気食いするのは、嘸かし悦楽に浸れる事だろう。
だが、それは一瞬でしかない。一口でしかない。
ならば少しばかり貧相でも、いや未だ充分豪華な物ではあるが、それを長く喰らう方が良いだろう。
「涎が出てくるぜ……」
悦に浸るザッハー。
彼の惚悦とした表情を不快と見るように、スズカゼの一閃は義手に火花を散らす。
いつの間に距離を詰めたのか、等とザッハーが思考することはない。
よく距離を詰めてくれた。そんなに望むのならまず喰らうのは貴様からだ、と。
口端まで裂け牙を剥くその姿は明らかに狂気のそれだった。
「随分と、余裕じゃないですか」
「余裕? 馬鹿言え、いきり立っていきり立って……、仕方ねぇよぉ」
白銀の義手と紅蓮の太刀が擦れ合い、火花の雨を流す。
刃と腕の競り合いはどちらにも傾かず、完全に対と化した天秤が如く不動に縛る。
この状況はマズい。ザッハーはそう感じると同時に太刀を制す義手の仕掛けを発動する。
「……!?」
スズカゼの耳に届いたのは金属の上に鋸を高速で往復させるような金属音だった。
その音は確かに自身が刃を向ける義手から聞こえており、何らかの仕掛けが発動したことは明らかである。
現世で居た時の経験からして理解出来るだろう、これは間違いなく機械が急速に出力を上げる時の音だ。
「させるかぁあああああああ!!」
カンッーーー……。
何も見ていない者が聞けば、金属に刀の切っ先を当てただけの音に聞こえるだろう。
だが、ザッハーからすれば肉無き腕に刃が突き刺さったも同然の音だった。
義手の指、微かな隙間。
数ミリと無いその隙間に、スズカゼの切っ先が食い込んだのだ。
「……マジかよぉ」
「まず指一本」
切っ先が翻され、金属端に亀裂が走る。
ザッハーはその亀裂を目視する以前に刃の差し込まれた指を射出。
その行為によりスズカゼの斬撃を回避する事は出来たが、文字通り一時凌ぎでしかない。
「逃げられると?」
スズカゼは微かに腕を引いて刺突の構えを取る。
無論、その一撃が向かう先はザッハーの眉間だ。
彼が今から片腕を持って防御することは可能だろう。
だが、それはその腕を失うに等しい事となる。
体勢を崩した相手に少女が浴びせ掛ける刺突はそこまで甘くはない。
「指の代償が命とは、随分高く付き……ぃぃいい!?」
気付けば、ザッハーは後方へ跳躍するために体重を背に預けていた。
その時点ならばスズカゼの斬撃から逃れることは出来なかっただろうし、彼女も慌てる様子すら見せなかっただろう。
それでもスズカゼは刺突の構えを取りやめて全力での後退を開始していた。
足下に転がった、導火線も殆ど残って居ない筒を見たからである。
「くはははっっ! 流れ弾が、流れ爆弾が良い味出したじゃねぇかぁ!!」
撤退しきったザッハーは側頭部に義手を当て、金属音を打ち鳴らす。
視認した訳でも予測した訳でもなく、単純に勘による防御だ。
同時に、ザッハーはその一発からフレースの潜入場所を割り出した。
「あの廃墟の上だなぁ……?」
にぃ、と笑んだ男の舌は既に別の料理を喰らう準備を整えていた。
眼前で慌てふためく小娘を喰らうのも良いが、その前に別の料理を喰らうのも悪くない。
どちらが先かなど大差ない。問題はより美味く喰うことなのだから。
「仕切り直しといこうかぁ……!」
読んでいただきありがとうございました




