燃え尽きた建造物前での会合
「何だ、貴様のそれは……」
「いや、何か太刀振ったら出来ました。何だろう、スキルポイント全部振りでもしたかな」
「すきるぽいんと……?」
何の事か全く解っていないファナを横目に、スズカゼはまじまじと魔炎の太刀を見詰めていた。
先の爆撃、黒色の爆弾が部屋に転がり込んできた時。
あの時、全てがスローモーションに見えた。
所謂、走馬燈だろうか。と言っても過去の景色などは全く見えず、見えたのは黒色の中から紅色が吐き出される光景だけ。
黒色がひび割れ、その隙間から紅蓮の水が溢れる光景は彼女にとって何と見えたのだろうか。
だが、彼女はその光景が何なのか、どうすべきかを考えるよりも前に。
無意識で魔炎の太刀を振り抜いていた。
「……で」
結果、自身の剣程距離全ては無傷だった。
魔炎の太刀をぐるりと振り回した直径が無傷の範囲。
尤も、それで守れたのはファナとケヒト、そして獣人の子供とフレースだけ。
ザッハーに化けていた男は義手の付け根を残して、灰燼と化していた。
異臭すら残らず、いや、肉体すら残らない。灰燼の塊は壁の隙間から吹き込んでくるそよ風によって瓦解し、消え去ったのだから。
「次こそ、あのザッハーは本物ですよね」
「どうだかな。確証はないが……、殺せば同じだろう」
「好きですよ、ファナさんのそういう思い切りの良いところ。そしておっぱい」
「これだけの乱戦状態だ。小娘の死体一つ紛れても……」
「冗談なんで魔力収束するの止めて貰って良いですか」
建造物の三階から飛び降りたにも関わらず、ザッハーと見知らぬ男は平然と着地していた。
白銀の義手と黄土色の筒を持ち、悠然と迫り来る二人の男。
傍目に見ても解るほどの狂気と殺気を持って彼等は歩を進める。
「あの男は?」
「彼は[爆弾魔]ハボリム・アイニーね。ギルドでも結構な古株で真面目な人物なんだけど補佐派としてこの戦いに参加してるみたいね」
「こっちに引き込めませんかね? 真面目な人だとこういうやり方嫌いそうだけど」
「無理なのよね。あの人は補佐派筆頭……、要するにギルド統括長補佐ラーヴァナ・イブリースに妄信的なまでに従ってるのよね。嘗て恩があったとか何とか聞いてるけど、まぁ、厄介な相手に代わりはないわね」
「爆弾投げてきたのも?」
「間違いなく彼。[爆弾魔]って登録パーティーからして間違いないわよね」
「そんな手の内晒すようなマネしなくても……。何はともあれ、その[爆弾魔]の相手は私がします。何か炎斬れるみたいだし打って付けでしょう」
「それは良いんだけどね」
彼女等の眼前に舞い落ちる、黄土色の筒。
スズカゼは躊躇無くそれに魔炎の太刀を刺し、爆炎を喰らう。
微かに残った風は火薬すら発破できずに鉄球を転がすばかりだった。
「無駄ですよ。フフ、私の新技で……」
得意げにドヤ顔で笑むスズカゼの眼前に転がる、数多の筒。
既に導火線はミリとなく、本体へ微かな火花が灯っていた。
「うぉおおおおおおああああああああああああ!?」
スズカゼは全力で筒に魔炎の太刀を刺していくが、その倍が彼女の眼前へと転がされる。
既に処理の速度を増加の速度が上回りかけているため、ファナ達は燃え果てる医療所の裏へと逃走を開始していた。
「ちょっと助けてぇええええええええええ!!」
「貴様の新技とやらでどうにかすれば良いだろう」
「あ、駄目だファナさん冷たい!!」
全力で筒を刺し回るスズカゼを眺めながら、ザッハーはにやにやと笑みを浮かべ、ハボリムは呆れ顔で筒を転がし続けていた。
彼の持つ筒は未だ多くの予備があり、あと数十分は投げ続けても問題は無いほどだ。
尤も、本人達はそんな戯れをあと数十分も続ける気はないようだが。
「……俺の見込み違いだったな。ただの馬鹿だ、アレは」
「くははっ、言っただろぉ? 俺はこんな馬鹿は嫌いじゃないぜ」
「貴様は嫌っていなくとも俺は嫌う。天敵のような存在だ、アレは」
「だったらどうするよぉ?」
「あの小娘は頼む。俺は他の連中の相手をしよう」
「くははっ、豪華だねぇ」
合図はハボリムの投擲した二つの筒。
スズカゼの左右、剣程距離が届かない際どい部分を狙って転がしたのだ。
彼女の腕は二本か無く、爆弾に届く刀は一本しかない。
片方を防げば片方が爆散し、あまつさえ退避など考えれば爆弾に仕込まれた小鉄球の餌食だ。
「さて、まず分断」
無論、これで殺せるなどと思ってはいない。
小鉄球は殺傷能力に欠ける。無論、手足を穿つ程度は出来るが貫通となれば難しい。
況して威力を増す爆炎を喰われる時点でその攻撃性はさらに減退する。
挙げ句の果てに出るのは風で飛ばされるだけの小鉄球。そんな物でどう人を殺せと言うのか。
「尤も……」
ただの小鉄球であれば、だが。
量より質がモットーなのではあるが、この場合は数に頼るしかあるまい。
あの小娘が斬って伏せてくれた、数多の爆弾に収まる小鉄球という数に。
「質より量といこうか」
スズカゼは右側の爆弾に刀剣を食い込ませ、そのまま半円を描くように回転させる。
一本目を切り裂いた勢いを保ったまま、二本目へと刃を向けたのだ。
少なくともこれがスズカゼの思いつく最短で最速の方法だった。
それでも、同時に導火線を尽かせた爆弾の焔を喰らう事は出来ない。
「ちぃッッーーーー……!!」
同じだ、先と同じ光景。
筒が中身から裂けて黒の球を吐き出し、紅蓮の水を零す。
その焔を前に、スズカゼは眉根を歪ませて眼光を呻らせる。
回避は出来ない。迎撃も不可能。
打つ手は、ない。
「一人なら、ね」
チィンッ。
鎖を壁に叩き付けたかのような金属音と共に爆弾は彼女の眼前から姿を消す。
スズカゼの視線が追った先に、その爆弾の姿はあった。
ザッハーとハボリムの眼前。決して避けられぬ範囲内に。
「返品受付不可だぜぇ?」
爆弾はザッハーの白銀に覆い尽くされ、中身の小鉄球ごと圧砕される。
爆炎を真正面の、それも腕の中で受けたというのに彼は依然として醜い笑みを崩すことはない。
「フレース・ベルグーンまでとは……、随分豪華だなぁ?」
ザッハーの視界が捕らえる不可視の狙撃者。
何処かに居るはずでも、何処にも居ない狙撃者を彼は見詰めているのだ。
「連中の相手は俺がするぜ? ハボリム、お前は」
「サウズ王国王城守護部隊副隊長、か。相性的には五分だな」
「くははっ、嫌ならくれても良いんだぜ?」
「まさか。ラーヴァナ様に申し訳が立たん。……始めるとするか」
「あぁ、楽しい楽しいお祭りの始まり、ってなぁ」
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