爆弾魔
《南部・裏通り》
「うむ、悪くない。中々だ」
爆粉と黒煙を吹き出す医療所を前に、三階建て民家の上に建つ男は納得の声を零す。
自身が新たに調合し作成した爆弾の威力。得心がいくだけの物だったのだ。
満足がいき、納得の声を零すのも当然だろう。
「ご苦労だなぁ、ハボリム。いや、[爆弾魔]?」
「全く、ラーヴァナ様の言葉で無ければお前などに協力しなかったのだがな。それに俺を登録名で呼ぶな。名が体を表しすぎなのだよ」
「じゃあ、何でそれで登録したんだよ……」
「特に思いつかなかったからだが。何か問題があるか?」
「くははっ、いやぁ? お前みたいな馬鹿は嫌いじゃねぇぜ」
「貴様に馬鹿と言われるとはな。ザッハー。屈辱だよ」
頭に粗布を巻き、色眼鏡で目元を隠す初老の男。
彼は腰元には幾つもの筒を携えており、その全てに導火線がある所を見ると爆弾なのだろう。
恐らく、現世で言うダイナマイトに近い物だと思われる。
その点から見ても解るように彼の武器は爆弾だ。それも建造物内部一つを爆ぜ飛ばす程の威力を持つ、爆弾である。
「別に屈辱で良いがよぉ? あの連中は確実に殺せたんだろうな?」
「我がハボリム・アイニーの名に賭けてな。今し方投げたのは特大爆力の爆弾だ。散弾などの仕込みはないが、あの火力を持ってすれば部屋の端どころか建造物内部全てを燃やし尽くせるだろう」
「おいおい、やるならボロ屋一つ吹っ飛ばすぐらいやれよぉ」
「一つじゃ無理があるのだよ。それでも多重層造りだから火炎は五重で放たれる。一度目で皮膚を灰にし、二度目で肉を焦がし、三度目で骨を溶かし、四度目で血管を蒸発させ、五度目で全身を燃やし尽くす。不死身であろうとも無傷で終わるのは不可能だ」
「残念ながら不死身の奴はここには居ねぇよ。ヴォーサゴの爺が縛ってやがるからなぁ」
「あのお方が、か。成る程、道理で補佐派の連中が極端に少ない訳だ。あの方と貴様が居れば大抵の事は済む」
それでも自分や[邪木の種]を呼びつけたのはただ事ではない、と認識している故だろうか。
仮にも相手は東の大国、サウズ王国第三街領主の伯爵位を持つ人物だ。
さらに言えば[獣人の姫]という名に恥じぬ部下を持ち、あの[闇月]すら配下に置くという。
今回はその[闇月]もサウズ王国最強の男の姿も無いが、サウズ王国王城守護部隊副隊長という人物を連れて来ている辺り、やはりかなりの権力者だと思い知らされる。
「……その権力者を暗殺、か。我ながら大層な役目を負った物だ」
「んぁー? 何か言ったかよ」
「いや、何でもない。何にせよ、これで良いのだな? 俺は余りこの一件に関わりたくはない。貴様や[邪木の種]の連中のように戦に悦を見いだせるほど狂ってはいないのでな」
「けっ、こんな楽しい祭に誘ってやってんだぜぇ? もっと楽しんで行けや」
「断る。こんな、面倒な事に付き合うつもりは」
ザッハーとハボリムはほぼ同時に上半身を大きく反らし、後方へと回避行動を取る。
その数瞬後、彼等の頭があった部分より後方の壁面は白光の元に禍々しい焦土と化していた。
ザッハーが笑み、続きハボリムが腰元から一本の筒を引き抜く。
ザッハーの視線が下階に落とされ、ハボリムの指に填められたファイムの宝石が筒の導火線に火を灯す。
ザッハーの口元が裂けて狂乱の笑い声が鳴り響き、ハボリムの爆弾が宙を舞う。
「ケハハハハハ!! やっぱり楽しいなぁ、おい!! まぁだ生きてやがる!! 楽しいなぁ、楽しいなぁ!!」
「笑い事ではないぞ、ザッハー。あの爆炎で……」
爆弾を放り投げたハボリムは驚愕に目を見開きながらも、その現実を否定する事は無かった。
自身の持つ最大火力の爆弾を受けてなお立つその人物達の姿という現実を。
いや、正確に言えば。
自身の最大火力の爆弾を受けてなお全員が無傷で立つその姿という現実を、否定はしなかった。
「全員が生き残るとはな」
彼が放り投げた爆弾はスズカゼの眼前に待っていた。
導火線は既に無いに等しく、火炎は彼女の瞳に美しい火花を散らしている。
ハボリムはその光景に希望など抱いては居ない。
あの爆撃を生き残ったのだ。この一撃も、必ず生き残る。
だが、どうやってだ? あの爆撃の中、まさか細い太刀一本で防ぎきった訳でもあるまい。
ならば何らかの手を用いるはずだ、何らかの手段があったはずだ。
それを見る。それを見届けなければならない。
「…………は?」
その光景は、現実だった。
だが彼はその[現実]を受け入れる事は出来ない。先のように受け入れて推測して観察する事は、出来ない。
当然だ。有り得て良いはずが無い光景だからだ。
スズカゼ・クレハという少女は爆弾を斬り、喰ったのである。
たったそれだけだ。たった、それだけ。
「何をした、あの小娘は」
太刀で斬った爆弾は爆発するはずだった。
斬撃は中身の小鉄球に擦れて摩擦を起こして火花を放ち、爆薬と共に爆散するはずだ。
いや、現に爆散した。爆散するはずだった。
だと言うのに、あの小娘は斬ったのだ。炎を、爆炎を斬ったのだ。
そして喰った。爆炎を喰い尽くし、爆散前の小鉄球を切り裂いて。
ただその身に凄まじい風だけ受けて、無傷で立っているのだ。
「炎が効かないのか……!? だから、先の爆弾でも生き残ったと言うのか!!」
「けははは。良いねぇ、良いねぇ! 楽しめるねぇ!!」
ザッハーはハボリムが状況を理解しきるよりも前に建造物から飛び降りていた。
彼は仕方なくザッハーの後を追って建造物の縁を蹴りながらも思考を止めはしない。
炎を喰った上に小鉄球全てを切り裂くあの技術。
そんな物を持っていられてはこちらが勝てる見込みはない。
成る程、ラーヴァナ様が警戒するのも頷ける。
あの小娘、予想以上に厄介だ。
下手をすればサウズ王国王城守護部隊副隊長以上に厄介な存在だろう。
全てを見通し、この状況に合わせた行動と能力。
この小娘、間違いなく手練れかーーー……!
「…………」
爆弾を斬り終えたスズカゼは魔炎の太刀の切っ先に視線を這わせていた。
ゆっくりと構えを戻し、再び太刀を自身の手元に戻した彼女は静かに述べる。
「何か出来たわ。何これ凄ぇ」
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