五つの事実と現状
「……えーっとですね」
スズカゼは肩に魔炎の太刀の峰を乗せながら、困惑しきった顔で周囲を見回した。
まず視界に焦げ跡や貫かれた壁が幾多とある室内が移り、次に彼女と同じく困惑したファナの顔、最後に気絶した獣人の少女を抱えて口をあんぐりと開けるケヒト。
再び視線をザッハーに戻した彼女は。
いや、正しくはザッハーだった男に戻した彼女は震える唇を無理やり開けた。
「誰?」
ほんの数分前、スズカゼが突入すると共にザッハーの両腕を斬り飛ばしてから数十秒後。
ザッハー・クォータンだったはずの人物は肉体を、顔面を、声色を変えて見知らぬ男へと変化したのだ。
普通なら有り得るはずもなく、スズカゼもファナもケヒトも、この状態に反応できずに居るのである。
「え? 私、ザッハーの腕を切り飛ばしたはずじゃ……。現に義手ですし、これ。と言うかマジで誰ですか」
「……いや、待て。この男、見覚えがある」
「し、知り合いですか?」
「違う。そこの小娘に暴行を加えた男だ」
「あ!!」
そうだ、思い返せば見覚えがある顔ではないか。
この人物は物乞いをしていた獣人の少女に暴行を加えたあの男だ。
だが、あの時は義手などではなく普通の腕だったはず。
さらに言えば、解りきった事ではあるがザッハーと同一人物であるはずがない。
体格は違うし顔は違うし声も違ったはずだ。それが今、こうして義手を斬られて目の前で気絶している。
いったい、何が起こったというのか。
「と、取り敢えずアレもいどきますか?」
「止めておけ。見たくもない」
「だけど、どうしてこの男が……? 確かニルヴァーさんにやられて気絶してましたよね?」
「この男がザッハーとは考えにくい。……貴様は突っ込んできたようだが、フレースは居ないのか?」
「居るのよねー」
そう言ってフレースは焼け焦げた窓硝子から飛び込んでくる。
方向から見て恐らくは屋根に居たのだろう。ファナの何をしていた、という問いに対して彼女は見張り、と一言で返した。
それから同様に、彼女は気絶した男を見てこれ誰と首を傾げる。
「外の様子はどうだったのだ」
「相変わらずなのよね。こっちはまだ見つかってないみたいだけど」
「相変わらず、だと?」
「外の人達が全員、私達を狙ってるみたいになってるんですよ。虚ろな目で武器を持って」
「……ふむ、そういう事か」
「どういう事なのよね?」
「フレース・ベルグーン。ギルドに幻術士は居るか」
「居るのよね。補佐派のヴォーサゴ・ソームン。こんな事態を起こせるのは奴以外考えられないわね」
「だろうな。恐らく、この男に関しても同様だ」
「幻術で姿を変えていた、って事ですか?」
「だろうな」
成る程、ファナの仮説は充分に合点がいく。
確か[魔老爵]のヴォーサゴはギルドでもかなりの古株だと言う話だ。
と言うことは恐らく四国大戦も経験済みだろうし、それを生き残っているのだから実力も折り紙付きなのだろう。
尤も、この現状を見れば折り紙付きも何も無いように思う。それ以前の問題だからだ。
「だとしたら、二つの事実が発覚する。いや、正しくは三つか」
「まず一つ、[魔老爵]ヴォーサゴ・ソームンが近くに居るって事ね。さらに一つ、[血骨の牙]ザッハー・クォータンは存命なのよね。そして」
「補佐派が本格的に攻撃を始めた、という事ですね」
「そういう事だ。……あぁ、いや、発覚した事は五つ、か」
「五つ? これ以上、何が」
「一つ、ヴォーサゴ・ソームン以外の者は襲撃を行っていないこと。一つ、この場に居ないメタルが襲撃を受けているのが確実、という事だ」
「……そう言えば」
確かに言われてみればヴォーサゴ・ソームン以外の主な者は襲撃を仕掛けてきて居ない。
さらにこの騒ぎで連絡一つ寄越さず、姿一つ見せないメタルが襲撃を受けていたとしてもおかしくは、いや、間違いはないだろう。
前者は未だ事が始まったばかりである事を示し、後者は仲間の危機を示す。
「や、やばくないかしらね? あのメタルとかいう人は余り強そうには見えなかったのよね……」
「……いつもなら死なないでしょう、で終わらせてたんですけど。今回は事が事だし、流石に心配ですね」
「と、なればまずメタルさんとの合流を考えるべきですね。ニルヴァーさんは……」
「彼については心配ないのよね。まずメタルとの合流を最優先すべきなのよね」
「そうですね、ではお言葉に甘えてそうします。……で、その前にケヒトさん」
「な、何でっしゃろぉう!?」
今まで急変する状況に唖然とするしかなかったケヒト。
彼女は急に声を掛けられた物だから、手中の少女をぎゅっと抱きしめながら素っ頓狂な声を上げた。
いや、そこまで驚かなくてもと付け足したスズカゼに、彼女は戸惑いながらもすいまへんと謝罪の言葉を述べる。
「この男、実は前に見た時は普通の腕だったんです。ゼルさんみたく偽物の皮膚にも見えなかったし」
「ゼル? 誰や、それ」
「あー、例えです。で、どうなんでしょうか」
「……ん、ちょい待ちぃな」
ケヒトは手中の少女をファナに預けようとして躊躇い、スズカゼには見向きもせずにフレースの腕に収める。
スズカゼは不満を述べたが、ファナの当然だという言葉によって黙らざるを得なかった。
そんな彼女達を背に、ケヒトは男の腕を、正確には銀の義手に指先を這わせる。
感触としては間違いなく生身の物ではない。義手なのだから当然だ。
彼女は義手の付け根やスズカゼによる切断面などを幾度か見返した後、全ての結論を付けてふぅと息をつく。
「かなり新しぃなぁ。腕元や殆ど傷が治癒しとりまへんわ」
「って事は義手になったのは、かなり最近?」
「いんや、それ所やない。今日中や。今日中に義手にして襲い掛かって来たんや。とんでもない激痛を伴ったはずやで」
「……そうまでして襲いに来た、いや、そうまでして襲うように仕向けられた、か」
「かなり面倒なのよね。相手もかなり本気……」
フレースは言葉を遮り、静寂の中に身を移した。
皆もそれに従って口を結び、その異変を察知する。
鉄球をゆっくり地面に転がした時のような、ごろごろという音の異変に。
「何が」
振り返ったスズカゼの目に映ったのは、黒球だった。
数ミリもない導火線の先に火を灯した重々しい黒球。
それが爆弾であると気付くのに、そう時間は掛からなかっただろう。
「皆さーーーーッッ!!」
彼女の叫びが轟く間もなく。
小さな医療所、灯火は凄まじい爆風と爆炎に覆われて、爆ぜ飛んだ。
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