魔術大砲と銀の義手
《医療所・灯火》
「……やっと着いた」
スズカゼは肩で息をしながら、全身にかなりの汗を滲ませていた。
南の大通りから全力で走り抜けて数十分、スズカゼとフレースは漸くファナ達が居る灯火に辿り着いていたのである。
ここに来るまでも幾多の人混みを乗り越え、虚ろな目をした人々を避けてきた。
そうしなければ確実に戦闘になっていたであろうからだ。
彼等が持っている武器を目にすれば、回避するのは当然だろう。
「何はともあれ、早く合流しないとね。彼女達の元にも襲撃があったと見た方が良いわね」
「ちょ、その前に少し休憩しないと……」
「甘ったれた事言わないでね! 時は一刻を争うんだからね!」
「そりゃそうですけど……、そろそろ吐きそうです。血を」
「血ぃい!?」
「いやぁ、さっきから口の中やべェの何のって」
致死量並の傷を負いながらも全力疾走すれば当然そうなる。
口端から涎のように血を流しながらも、スズカゼは軽々しい笑い声を零していた。
その顔は真っ青その物で、そろそろ貧血で死んでしまいそうである。
「ど、どうしようかしらね……。ケヒト、輸血とか出来るかしらね」
「ははは、出来れば良いでげぼぁっ」
「吐いたぁああああああああああああああああ!?」
衣服をどす黒い紅色に染めながら、スズカゼは地面に四肢を着いた。
未だ微かな笑い声は止めていないが、間違いなくそれどころではない。
フレースは彼女の肩を持ちながらどうにかして立たせ、医療所の中へ入って行く。
「と、取り敢えずケヒトに任せないといけないわね……。重傷ね、これは」
「元々なのがぶり返しちゃったみたいですね、げほっ。ある程度は治療して貰ってたんですけど」
入り口から入って見覚えのある廊下を進み、幾つかの器具を跨いで奥の部屋へと入っていく。
獣人の少女が寝ていてケヒトとファナが居るはずの部屋まであと数十歩ほどだ。
立地のこともあって逆光となっているので、廊下は暗くその部屋は明るい。
なのでフレースとスズカゼからその部屋のことは見えず、ただ白い光だけが彼女達の視界を覆い尽くす。
「……ん、あー」
「どうしたのよね? スズカゼ」
「ちょっと、肩離して貰って良いですか」
「べ、別に良いけど……」
フレースが肩を離すと、スズカゼは当たり前ながらふらふらと体勢を崩した。
危ないと言わんばかりにフレースは再び支えようと前へ出たが、その歩みは一瞬で止まる。
支えようとする少女の片手が、しっかりと魔炎の太刀を握っていたからだ。
「ちょっとーーー……」
フレースが彼女を呼び止めようとした刹那。
先程まで瀕死だったはずの少女は姿を消え失せさせ、地を蹴り飛ばして空を切っていた。
時は遡って数十分前。
同所にてファナとザッハーが対峙した時まで戻る。
彼女はザッハーが戦闘意思を見せるなり、魔術大砲を放っていた。
無論、その一撃で決着が着くはずはない。
ザッハーは彼女の一撃を銀の義手で弾き、再び醜い笑みを浮かべる。
「これが魔術大砲かぁ……。魔力を収束させて放つ高密度の一撃。その熱量は鉄をも溶かす、かぁ?」
「語るな、下衆。貴様風情に語らせる技など持ち合わせていない」
「ならよぉ、ベッドの中で語るか?」
「地獄で語っていろ。一人でな」
続く魔術大砲が放たれ、再び銀の上に火花を散らす。
弾かれた大砲は医療所の壁を破壊し、隣接する民家の屋根を穿つ。
ファナはその一撃が弾かれることが解っていたかのように続く二撃を放出。
ザッハーの顔面を狙った双対の二撃は彼の銀の双腕によって弾かれ壁を貫く。
「どうしたよ、その程度かぁ?」
「舐めるな」
ファナは言端を切ると同時に三連の魔術大砲を放つ。
両手とその中心から放たれた一撃は当然のこと双腕よりも数が多い。
対するザッハーが取った行動は一つを避け、二つを弾くと言った至極真っ当な物だった。
尤も、それがいつまでも続くはずはないが。
「ぐっ……!」
三連続、四連続、五連続。
五芒星を描くようにして五角の対より魔術大砲は放たれる。
最初は回避できていたザッハーも次第に髪先を焦がし、薄皮を穿たれ、頬端を抉られ始める。
最早、腕など関係ない。五連続の魔術大砲は躊躇無く男の魂を刈り取るべく放たれているのだ。
「どうした? その程度か?」
先程の意趣返しだろう。
ファナはザッハーにも負けないほどに悪しき笑みを浮かべ、間髪入れず魔術大砲を放ち続ける。
雨、いや最早、嵐。幾千と降り注ぐ魔術大砲は捌ききる事は不可能だ。
回避など話にならない。無作為に降り注ぐ嵐の礫ならばまだしも、作為的に放たれる大砲から逃げ続ける術など持ち得て居ない。
さらに言えばここは密室。条件さえ、そう、現状のような条件さえ揃えばファナは無敵に等しいのだ。
「く、そがぁああああ!!」
条件さえ揃えば、だ。
だが、卑劣漢という言葉を具現化したかのような男にとっても、条件は揃っていた。
嵐を放つ化け物の後方に無力な人間と獣人が二人。
如何なる時代、如何なる状況に置いても卑劣漢のような男が取る行動は決まっている。
「動くな! 動くんじゃねぇ……!!」
未だ気絶している少女の首筋に当てられた、銀の爪。
柔い肌など一瞬で切り裂くであろう凶器は、狂気の笑みと共にファナへと突き付けられる。
腰を抜かしていたケヒトはその光景に漸く我を取り戻し、少女を取り返すべく叫びと共に腕を伸ばす。
「動くなと言ったぁ!!」
ケヒトの腕を掠める、銀の爪。
発射された一撃は柔肌を裂きベッドに掛かった白布に紅色の反転を作り出す。
微かな悲鳴はファナに牙を剥かせ、憤怒に表情を歪め刺せるには余りに充分だった。
「ケハッ……。動けばこの小娘を殺す。だったら何をすべきか解るだろぉ?」
「……解らんな。その下衆な口から吐き出される言葉を理解したくもない」
「だったら言ってやるよぉ。脱げ」
「……あ?」
「脱げ、つったんだよぉ。まず敵意が無い事を示すべきだろぉ?」
獣人の少女の柔肌に爪が食い込み、薄皮を裂いて微かな血を流す。
ファナは獣人など知った事かと言わんばかりに舌打ちするが、ケヒトは彼女の腕にしがみついて首を振った。
「アカン……! あの男は本気で殺す気や! お願いや、お願いします! あんな小さい子が死ぬ様なんや見とぅないねん……! 私も脱ぐから、せやから!」
「早くしろよぉ、なぁ? うっかり手が」
男の言葉を遮ったのは一閃だった。
いや、より正確に言うならば時を現在に巻き戻して説明すべきだろう。
地を蹴って空を裂いた少女の一閃。それがザッハーの腕を跳ね飛ばしたのだ。
銀の腕を、太刀の一撃によって斬り飛ばしたのである。
「どうも、糞野郎」
「……あ?」
「取り敢えず両腕切断しましょうか。ね?」
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