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獣人の姫  作者: MTL2
傲慢なる王の誘い
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虚ろな人混みからの脱出


《医療所・灯火》


「遅いな」


ファナは壁際にもたれながら、ふと呟いた。

スズカゼ達が出かけてから既に一時間、彼女達が帰ってくる様子はない。

それどころか街中からはいつの間にか喧騒が消え失せており、微かながらもファナ自身、異変を感じ始めていた。


「ほんまやなぁ。買い物ならもう疾うに帰っとってもおかしぃないんやけど」


「……何かがおかしい」


「おかしいて? ……いや、言われてみれば静か過ぎる気ぃもするよーな」


ケヒトは顎元に手を当てて、考え込むように首を捻る。

微かに捻った首に連れて頭が動き、それは奇跡的な結果を生んだ。

そう、自らの頭蓋を穿っていたであろう、弾丸らしき物を躱すという奇跡的な結果を。


「……ほへっ?」


弾丸、とは少し違う。

どうにか目視出来る程度のワイヤーの先端にある爪らしき物が壁にめり込んでいるのだ。

当然、狙われたであろうケヒトがそれを理解出来るはずもなく。

ファナも余りに急な出来事に反応しきれず、ただ静寂だけが周囲を包む。

やがて、数十秒か数分かは解らないが、それを破ったのはある男の醜い声だった。


「運が良かったのか悪かったのかぁ……」


ファナは男を見るなり眼を見開いて牙を剥き、掌に魔力を収束させる。

男は彼女の反応に対し嬉々とした笑顔を返すと共に、壁に突き刺さった爪を自らの指へと巻き戻す。

その、銀の義手へと。


「俺は死んでても生きてても良いが……、やっぱり体温がある方が良いよなぁ?」


「……ザッハー・クォータン」


自らの名前を祝福するように、男は、ザッハーは再び無邪気で歪んだ笑みを浮かべる。

銀の義手の指先が金属音を立てると同時に折り畳まれていき、やがて拳を作り出す。

それは紛れもなく戦闘意思の表れであり、ファナが魔術大砲を放つには余りに充分な幕開けの合図だった。



《南部・大通り》


「どうすべきだと思う」


「逃げるべきだと思うわね」


「どうやってですか」


「いや、解らないのだけれどね」


じりじりと既に数十分。

彼等は虚ろな目の集団に囲まれながら、その場から動く事も出来ずに耐えていた。

集中力を切らさずに警戒を続けるというのは非常に体力を消耗する物で、スズカゼは微動だにしていないにも関わらず全身に嫌な汗を滴らせている。

皮膚と包帯の間を滑る汗は何とも言えない嫌な感触を味あわせてくれるが、今はそれ所ではない。


「攻撃は仕掛けてきませんね……。かといって壁みたいに防がれてるから動けないし」


「無理やり動けばどうにかなるだろうが……、それは危険だな」


「でしょうね。こうも武器を向けられた状態じゃ何が引き金になるか解った物じゃないからね」


「と言うか、そもそも妙なんですよ。何で通行人が一斉に武器を取り出すんですか? 見たところ、女性や老人、子供まで居ますし……」


「確かに洗脳や催眠ならともかく、全員が武器を持っているのはおかしいな。事前に打ち合わせでもしていたか?」


「それは有り得ないわね。この人数だし、スズカゼの言う通り女子供老人までもが敵だとは考えられないのよね」


「敵……。補佐派、ですか」


「ほぼ間違いなく。先のアレからどう心変わりしたか知らないけれど、これは面倒なのよね」


「こんな事が出来るのは考え得る限りヴォーサゴ・ソームンぐらいだろう。そしてあの老体が動いたとなればザッハーは勿論、他の面子も動く」


「確か[大赤翼]は遠征中だったわね。それが救いかしら」


「それでも他に補佐派は居る。まずは気を抜かず……、気を抜かない事だ」


「逃げるも何も無いですもんね、この状況」


周囲を見回しても視界に映るのは人、人、人、稀に獣人。

果てなく続く人の壁は彼等の逃げ道どころか視界すらも束縛するように、虚ろな視線を向けてきている。

その悍ましさたるや、最早、恐怖とは別の感情すら浮き上がってきそうな程だ。


「現状を打破する。動くぞ」


「に、ニルヴァーさん、そうは言ってもどうやって……」


「路地裏になら入れるだろう。見たところ、一つ向こうの路地には誰も居ない」


「だけど、どうやってそこまで行くのかしらね? ここからじゃどうやったって周りを刺激するだろうしねぇ……」


「俺がお前等を放り投げる」


そう言いながら、ニルヴァーは大きくぐるんぐるんと肩を回していた。

正しく今から投擲しますよと言わんばかりの準備体操だが、スズカゼがそれを容認できるはずもない。

自分とフレースを放り投げるのは良いだろう。本人が言っているのだからきっと届くのだろう。

だが、彼自身はどうするのだ?


「あの」


「心配要らないのよね。ニルヴァーは死なないから」


「正確には死ににくい、だがな。何、手足が千切れようと心臓が潰されようと肉片一つ残っていれば再生できる。伊達に[再生者]ではない」


困惑しきって何を言えば良いか解らないスズカゼなど何処吹く風。

ニルヴァーが彼女の襟首を持ち上げ、フレースの腰元を持って大きく振りかぶった。


「まず逃げろ。そして灯火に向かってケヒト達と合流するんだ。後はギルド本部にでも逃げ込め。敵の本拠地でもあるが味方の本拠地でもある。……途中、邪魔してくる物は全て殺せ。構わん」


「ニルヴァーも気を付けてね。その服、そろそろ布地が限界だからね」


「新しい服でも買いに行くか」


「終わったらね」


この非常事態に似つかわしくない言葉を交わし合いながら、彼等は笑みを交わし合った。

まるで夫婦みたいだな、と何も知らぬスズカゼは近く夫婦になる二人に微笑みを零す。

尤も、その微笑みも直後の浮遊感に掻き消される事となったのだが。


「おげぁっ!?」


路地裏近くの壁に叩き付けられたスズカゼは顔面から落ち、地面に手足を使って着地したフレースは衝撃を完全に緩和して降り立つ。

完全に差のある着地だったが、彼等が振り返ってみた物は同様だった。


「……ッ!」


「気にしなくて良いのよね。聞いてたでしょう?」


大衆から浴びせ掛けられる、幾千の弾丸と凶刃。

円の中心に居るであろう男は今頃酷い肉塊と化しているはずだ。

スズカゼは彼が死なないと解っていても、罪悪感を感じずには居られなかった。


「やっぱり足止めが目的だったみたいね。動けば襲うように仕向けてたようね」


「……何で、ここまで」


「それは直ぐに解る事なのよね、行きましょう、ニルヴァーの衣服代の犠牲を無駄には出来ないのよね」


「気にするトコ、そこなんですか……」


「毎度毎度、馬鹿にならないから最近は私が手縫いしてるのよね。裁縫レベルが上がった気がするのよね……」


「ご、ご苦労様です……」



読んでいただきありがとうございました

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