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獣人の姫  作者: MTL2
傲慢なる王の誘い
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杖突音で嵐は去る

「失せてください」


ギルド統括長、ヴォルグに行った返事よりも数倍ぶっきらぼうに荒々しく。

スズカゼは侮蔑と共にザッハーを睨み付けながら答えを返す。

彼は怒りよりも喜びを覚えるように、にぃいと頬端を崩した。


「困るんだよなぁ。そんな返事されるとよぉ……」


ザッハーの掌が懐より引き抜かれ、小指から順に折り畳まれていく。

だが、彼を知らぬ者は誰一人としてそれが拳を作る音とは思えなかった。

何故なら鳴り響いたのは骨の音などではなく、純粋な金属音だからである。

よくよく見れば彼の手は肌色で覆われた血肉骨ではない。ゼルと同じ、鉄の義手だ。

否、白銀の義手だ。


「力尽くなんて、いつも通り過ぎて面白くねぇだろぉ?」


その言葉と共にファナの掌に魔力が収束され、メタルの腕輪が輝きを放つ。

彼等はほぼ同時にスズカゼの前へと歩み出た。

いや、一言に歩み出たと言っても、彼等が前に立つのを目視出来る人間はそう居なかっただろう。

尤も、ザッハーからすればそんな物は毛ほども気にしていないのだろうが。


「それは、力尽くが出来て初めて言える言葉ではないのか」


「生ァ抜かすなよ、女。抱かれたいのかぁ?」


ファナの眉間に青筋が浮かび、その表情に冷淡さが充満する。

空かさずメタルは彼女を制したが、それで止まるはずもない。

今にも魔術大砲を撃とうと構えた瞬間、スズカゼが彼女の尻を揉みし抱いた。


「うひぃっ!?」


「良い揉み心地です、ファナさん。取り敢えず手を下ろしましょうか」


ファナは彼女に言われた通り手を下ろして、そのままスズカゼへと向けた。

魔術大砲を顔前にして彼女は全力で逃げようとするが、顔を真っ赤にしたファナはそれを許さない。

いつも通りの光景にメタルは顔色一つ変えないが、フレースとニルヴァーは唖然としている。

唯一、ザッハーは遠く楽しむような目付きでそれを見ていた。


「くははっ、噂通りだな。馬鹿ばかりだぁ……」


ザッハーは拳を保ったまま、緩やかな足取りでメタルへと近付いてくる。

彼はやるのか、と召喚した剣を構え直すがザッハーはそれを気にも留めない。

当然だ。数秒後にはその剣は鉄屑と化していたのだから。


「んなぁっ!?」


ザッハーは彼の剣を掴み、破砕した。

特に力を入れる様子も何かを仕込む様子も見せずに。

まるで枯れ木を折るように、容易く折り砕いたのである。


「ご、が……!」


続き、ザッハーの拳が狙ったのはメタルの腹部だった。

躊躇無く、彼の臓物を潰す拳撃を放ったのである。

気絶させる為や動きを封じる為ではない。本気で、殺す為に。


「まぁず一人ぃ……。お仲間失って悲しいですかぁー?」


ザッハーが浮かべていた先の目付き、それは光景を楽しんでいたのではない。

これから失われるであろう光景を愛し、それにより泣き叫ぶであろう少女の姿に惚悦としていたのだ。

今の挑発ですら、その光景を助長するための装飾でしかない。

この男は、そうなのだ。

誰かが泣き叫ぶ事に快感を感じる。悦楽を求める為に何でもする。

それを他人が理解出来るほど露骨だからこそ、ギルドの中でも彼は孤立しているのである。

尤も、本人はその立場を愛し、自由に振る舞える現状にも満足しているのだが。

現にこうして誰かを殺しても周囲の人間が視線を逸らす、そんな立場を。


「え? あ、はい」


だと言うのに、スズカゼは表情一つ崩さない。

それ所か次はファナの大きくて豊かな胸を揉んでやろうと指先をわきわきと動かしている始末である。

仲間一人が死んだと言うのに涙一つ見せないのは、単に理解出来ていないからか。

それとも、そんな事を気にしない性分なのか。


「……どちらにせよ、面白いじゃねぇかぁ」


「何がだ、オイ」


背後より、ザッハーの肩を掴む手。

彼は気抜けた声と共に振り返り、その頬に拳を振り抜かれた。

つい先程、臓物を爆ぜ潰したはずの男によって、である。


「何だぁ? 生きてたのか」


「生憎とな。前に良いヤツ貰った事があるんでよ……!」


微動だにしないザッハーは押しつけられる拳に笑みを返していた。

その拳の持ち主、メタルの腕輪からは幾多もの鉄屑が覗いており、恐らくはそれで拳撃を防いだのだろう。

しかし、脂汗を滲ませている所を見ると完全に防ぎ斬れた訳ではないようだ。


「ただの馬鹿じゃねぇみてェだなぁ……。楽しめそうだ」


再び拳を構えるザッハーだが、周囲の人間は止めようともしない。

いや、実際は関わり合いになりたくないのだ。

この男と関わってろくな事が無いのはフレースもニルヴァーも知ってる。

どれほど酷いかは彼が他国の貴族に、その仲間に対して拳を振るっている時点でお察しだろう。


「止めぃ、小僧」


だが、そんな中で一人の老人が彼に声を掛けた。

ザッハーは先程まで浮かべていた醜い笑みを消して振り返り、老人の姿を見るなり不快そうに舌打ちする。

彼が拳を緩め、再び懐に収めるのはそれと同時だった。


「……何の用だ、老いぼれ」


スズカゼ達の注目を集めた老人は、一言で言えば不気味だった。

黒に近い紫の布を眼元に巻いており、視界は完全に防がれている。

皺で覆い尽くされた顔と手は老人のそれで、ザッハーの半分ほどしかない身長も同様にそうだ。

だが、纏っている雰囲気は違う。

完全に頭髪を無くした頭と所々抜けた歯という事もあってか、彼の纏う雰囲気は不気味で、不穏だ。

一目見ただけでただ者でないと解る程に不気味で、不穏。


「このお方はサウズ王国第三街領主伯爵であるぞ……。貴様が気安く喧嘩を売って良い相手ではない」


「知るかよぉ。権力どうこうなんざ知った事じゃねぇんだ。俺は楽しめりゃそれで……」


ギルドホールに響き渡る、老人の杖突音。

大理石が震動し、周囲を行く人々の視線が老人へと突き刺さる。

しかし、誰一人としてその視線を数秒以上合わせる物は居なかった。

いや、合わせられる物は居なかった。


「……チッ、仕方ねぇなぁ」


ザッハーは老人の杖突音を合図に踵を返し、歩き行く彼の背後へと着いていく。

去り際に何も残さなかったのは老人が居たからか、それとも単に興味を無くしたからかは解らない。

どちらにせよ、脅威の嵐が過ぎ去ったのには違いなかった。

メタルは安堵の意も込めて息をつき、武器を腕輪の中に仕舞う。

終わったな、と振り返った彼の瞳に映ったのは未だ向かい合ってじりじりと距離を取るスズカゼとファナの姿だった。


「……まだやってたのか」


「割と本気で揉みたくなりまして」


「もうヤダこの娘……。って言うかフレース! 見てたなら止めてくれよ!!」


嘆きを訴えたメタルだが、それもフレースのあんぐりと開いた口を見て失せてしまう。

次は何があったんだ、と問うた彼に対し、震えた声で何も言えない彼女の代わりに答えを出したのはニルヴァーだった。


「今の老人が[魔老爵]……、ヴォーサゴ・ソームンだ」


メタルは固まった表情のまま、ザッハーとヴォーサゴが歩き去った方向へ視線を向ける。

既に人波に飲まれた光景に彼の探し人は見つからなかったが、自分が見た人間が何者かは充分に理解出来た。


「……マジ?」


「マジだ」


そう、彼は知らず知らずの内にギルドの古参を前にしていたのだ。

それも補佐派の大役を持つであろう人間を。


「……マジ?」


彼は繰り返しそう言う事しか出来なかった。

無論、隣でスズカゼがファナの胸にダイブして思い切り殴られた事なども気に留める余裕すら無いのであった。



読んでいただきありがとうございました

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