組織の均衡を保つ者達
「さっきも言ったけど、まずその勢力が互いに拮抗している理由として最も大きい物を説明するわね。それは当然のことだけど、互いの力関係にあるのよね」
ギルドの権力争いの説明を続けるフレースは両手の人差し指をピンと立てた。
恐らくは統括長派と補佐派の双方を示しているのだろう。
スズカゼとメタルは彼女の言葉に同調しながら、先の言葉に耳を立てる。
「まず統括長派。一番大きいのは統括長秘書のヌエね。彼女はその手腕と冷静沈着な性格からかなり頼れる存在として見られてるわね。続いてギルド登録パーティーの[冥霊]。デュー・ラハンとダリオ・タンターのパーティーで統括長派でもかなり有力かしらね」
この三人については知っているし、ダリオ以外は実際に会った事もある。
聞く限りだと思ったよりも[冥霊]は有名らしい。実感は未だ湧かないのだが。
他にもフレースは[雨沼]や[三武陣]等の名前を述べていったが、どれも聞き覚えの無い物ばかりだ。
最も、デュー達と同じ列に並べられているという事はかなりの実力者なのだろう。
「と、こんな所ね。……次に補佐派なんだけど[大赤翼]と[魔老爵]が特に、かしらね。[大赤翼]はグラーシャ・ソームンとフォッカ・ロルルー、ハーゲン・ティールの三人組ね。[魔老爵]はヴォーサゴ・ソームンという老人だけなのよね」
「……うん? ソームンが二人?」
「そう。[大赤翼]のグラーシャ・ソームンと[魔老爵]のヴォーサゴ・ソームンは親子関係なのよね。余り仲は良くないらしいけどね」
「なぁ、その[魔老爵]のヴォーサゴ・ソームンは老人なんだろ? 強いのか?」
「正直、戦闘はさっぱりらしいわね。だけど能力や経験が段違いなのよね。ギルドでもかなりの古株だから、結構な権力も持ってるそうね」
「あぁ、なるほどな。そりゃ、面倒な……」
「……ふむふむ、要するにそのバルサミコ酢さんが」
「誰それ!? って言うか何それ!?」
「いや、ここに来るまで何人かの人にも会ってまして……。そんな人数頭に入らないです」
実際、スズカゼはここに来るまで酒場[月光白兎]でラテナーデ夫妻、東の鍛冶屋[鉄鬼]でシンに出会っている。
数で数えればたった三人程度だが、それでも少女からすれば一日で新たに出会うにしては多い人数だ。
その上に顔も性別も種族も知らないような者達を紹介されても覚えられるはずがない。
「おいおい、ソイヤッさんに失礼だろ」
「メタルさんも覚え切れてないじゃないですか。ソーラン節さんですよ」
「だから誰それ!? ソームンだから! 結局こっちの人も覚えれてないのね!?」
再び主要な人物達の名を述べていくフレースだが、スズカゼとメタルは真面目な顔のまま首を傾げるだけだ。
段々とフレースも白熱して声が大きくなり、スズカゼとメタルは逆方向に首を捻り始める。
結局、彼等が名前を覚えきる事は無く、うろ覚えの範疇に留まったのだった。
「ま、まぁ、今はうろ覚えで良いわね……。ちょっと気に掛けてれば良いぐらいだからね」
「そういう事だ。尤も、件の連中はギルドでもかなり上の立ち位置に居る人間だからな。そう会うこともあるまい。敢えて言うならば気を付けるべき奴は補佐派の……」
「……あぁ、あの男ね」
ニルヴァーだけでなく、フレースまでもが苦虫を噛み潰したように酷く表情を歪ませる。
その表情は単純に憎悪だけで彩られた物では無いのだろう。
嫌悪や唾棄まで混じり合った、心底嫌った相手に向ける表情だ。
「[血骨の牙]というパーティー名を背負う男が居る。その男も補佐派で、かなり腕は立つし幅を利かせているのだが……、他の連中と違って、あの男にだけは」
「あの男にだけは、何かな? 新入りくぅーん」
色付きサングラスの奥に隠れたニルヴァーの瞳が見開かれ、その口端は固く結ばれる。
自身の肩に回された手の感触が彼の心臓を鷲掴みにしたかのような不快感を与えた。
何度と聞いた声ではない。だが、一度聞けばそれ以上聞きたくなくなるような声だ。
まるで不快感を凝縮したかのような、汚らわしい声。
「……この男が[血骨の牙]ザッハー・クォータン。最低の男だ」
本人を前、基、後ろにしていると言うのにニルヴァーは全く動じた様子を見せない。
いや、それ所か挑発的にすら見える。
スズカゼは彼の為人を見るよりも前にニルヴァーがそんな態度を取っている事の方が不自然に思えた。
先程の、ギルドでは膿と呼ばれている補佐の人物を口にした時ですら、ここまでの嫌悪感は見せなかったはずだ。
「くははっ! 言ってくれるじゃないの、新人君。まァだ前の任務の時の事を根に持ってんのかぁ?」
何かあったんですか、とスズカゼが聞くよりも前にニルヴァーは結んでいた口端を解いていた。
体内に溜まった吐き気を全て落とすように、酷く不快感を露わにして。
吐き捨てる、と言うよりは吐き付けるようにして述べる。
「あぁ、根に持っているとも。下衆めが」
「ケッ、高が仕事先で負かした女を犯しただけだろうが。最後は自分から腰振ってたし、むしろ善行じゃねーのぉ? ……いや、最後じゃなくて最期かぁ」
己の手に浴びた血の感触を思い出しながら、ザッハーは酷く醜く歪んだ笑みを浮かべる。
スズカゼだけでなく、メタルやファナまでその笑みを見て瞬時に理解した。
あぁ、この男は人間の中でも最低の部類に入る下衆なのだな、と。
「っと、そんな事を言いに来た訳じゃァねぇんだよぉ。俺の用があるのは、そこの小娘だ」
ザッハーの指差した先に居るのは当然、スズカゼだ。
彼女は露骨に嫌悪感を表情に出しながら、態とぶっきらぼうに何ですか、と問うた。
尤も、そのぶっきらぼうさも、ザッハーの言葉を聞いて吹っ飛ぶ事となるのだが。
「よぉ、お嬢ちゃん。……ちぃとデートしようや」
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