ギルドの派閥
【ギルド本部】
《東館・広場》
「こちらがギルド本部の東館になりますね……」
げっそりと顔を細らせた獣人の女性、[八咫烏]のフレース・ベルグーン。
彼女は四人の男女を引き連れてギルドの中を回っていた。
その理由としては単純にギルドの案内なのだが、彼女の負担は通常の案内よりも数百倍上だ。
具体的には、彼女の二の腕に懐いた仔猫が如く頬を擦り寄せる少女のせいで。
「敬語なんて使わなくて良いのにぃ~」
「い、いえいえ、そんなね……」
「フレース、折角の申し出だ。もう少し親しくしたらどうだ? どうせ、これから何かと長い付き合いになるだろう」
そう、同じ[八咫烏]であるニルヴァーの言う通り。
彼女、フレース・ベルグーンはサウズ王国第三街領主の案内係として抜擢されたのである。
抜擢というか推薦というか、強制と言うか。
まぁ、何にせよスズカゼの最も始めのギルド統括長への頼みは、彼女を案内係とする事だった。
当然、当の本人であるのフレースに拒否権など無い。
結局、こうして案内係として働かされている始末なのだ。
因みにだが、ファナとメタルの両名は今回の一件、即ち三日間の滞在を聞くなりリドラ別荘へと手紙を書いた。
メタル曰く、ゼルからあの馬鹿は絶対に何か問題を起こすから、その時は連絡しろと言われていたんだとか。
最早、流れ作業並みの手慣れである。
「ギルド本部は東西南北央の五つに分かれてるのよね……。さっき居た中央には主にギルド統括長執務室が、東西南北にはそれぞれ受付口が、って感じだね」
「詳細な内訳は基本的に西が戦闘系、東が材料採取系、南が護衛系、北はその他……、人捜しや雑務などの依頼が含まれる」
「護衛も北みたくその他に入れても良いんじゃないですか? 戦闘とか材料採取は種類が多いのは解るんですけど、護衛は思いつく限り一種類だし……」
「金持ちが多いのよね。だから、ある意味じゃ収入源」
「あー、なるほど。所謂、特別扱いですね?」
「あんまり大声で言わないでね。聞こえると面倒だからね」
もう尻や胸を触られる事も無くなって安心したのか、フレースの口調は段々と和らいでいく。
そんな彼女を目にして、狙い通りと笑むニルヴァーの姿。
メタルはそんな彼をコイツも大概アレだな、と思いながら見ていた。
「それよりもスズカゼ・クレハが滞在するならば説明しておくべき事があるだろう」
これを機にと言わんばかりにニルヴァーは次の話題を促す。
傍目に見れば仲の悪い、尤も一方的な物なのだが、子供達の仲を取り持つ父親のようだ。
もうコイツ傭兵とかギルド登録パーティーとか止めて孤児院の院長になれば良いんじゃないかな、と思いながらも、メタルは彼の説明に追従する。
「案内以外に説明しておく事って、何があるんだよ?」
「派閥だ」
「……あー」
それを聞くなり、スズカゼとメタル、そして今まで黙っていたファナでさえも眉根を顰めた。
派閥。何処にでもある、子供の中にでも大人の中にでもある権力争いの権化。
ギルドという、これ程の規模を持つ組織だ。当然、権力争いの一つや二つはあるだろう。
だが、それを案内途中に優先して話すとはどういう了見なのか。
簡単だ。案内よりも優先すべき事柄だからだ。
今、視界に広がっているこの光景を理解するよりも先に理解しておくべき事柄だからだ。
「あぁ、そうだった、それがあったね。簡単に言うとね、今のトコ派閥は二つあるのよね。まずさっき会った統括長派、そしてもう一つが補佐派」
「補佐派?」
「統括長はその名前の通りギルド全体を統括してる人物。一方、補佐は名前は補佐でも実際は業務統括をしてるから、正直な話、統括長はこっちの方が相応しいと思うわね。統括長が顔とすれば補佐は頭って所かしらね」
「アレが顔はねぇわ」
「スズカゼ、お前はちょっと感想を隠す努力をしような?」
「ま、まぁ……、そんな感じでね。実際、統括長派と補佐派の間には大きな溝があるのよね。原因としては互いの啀み合いかしらね?」
「そいつ等の目的は何なんだ? やっぱり権力掌握?」
「そりゃね。ま、私はどっち着かずだけどね」
「だろーな。関わってもろくな事がねぇよ」
「……ま、本当にそうよね。その統括長派と補佐派の争いが広がった理由は双方に力強い味方が居るからなのよね」
「だけどよ、ちょっと解らないだが……。話を聞く限りじゃその補佐の奴が仕事やってんだろ? だったら補佐派に任せた方が良いじゃん」
「それがそうも行かないのよねー」
彼女はスズカゼ達に耳を貸すよう、指で合図する。
スズカゼとメタルは遠慮無く耳を貸したが、ファナだけはフレースの種族故か、眉根を顰めるだけで動こうとしない。
見かねたスズカゼが彼女を引っ張ってフレースの元へ連れてくるのに、そう時間は掛からなかった。
無論、接近したフレースの耳に息を吹きかけようとするスズカゼをメタルが止めるのにもそう時間は掛からない。
「補佐は統括長派の方には膿って呼ばれてるのよ。何でだと思う?」
「……まさか、裏金」
「あ、正解! よく知ってるわね」
「まぁ、色々ありましたんで……」
それでね、と前置きしてから、フレースは言葉を紡ぎ始める。
彼女が言うには補佐は裏ではかなり黒い事をしており、それは末端の人間ですら噂として耳にしているほど大きな規模らしい。
尤も、一つの事をという訳ではなくて幾多もの事を重ねているという意味なんだろうね、と彼女は付け足す。
事実、フレース自身も裏金を使って何度か国に潜入したりした事はあったが、それはあくまで依頼のための物。
補佐のやっている事は完全に自分、若しくは自分派の利益の為だ、と。
「これは言うまでもなく組織の腐敗だからね。それを許せない人も多く居るのよね」
「それが統括長派、って事ですか」
「どっちにも所属しない中立派も含めるともっと、かもね」
そう言い残し、彼女が顔を上げるのに合わせて皆も同様に背を真っ直ぐ伸ばす。
集まって聞いた甲斐あって他の人々は誰一人としてこちらに視線を向けていない。
彼女が末端まで知れ渡っているような事実を敢えて耳元で囁いたのは、補佐派に睨まれないようにする為だろう。
「もう少し、教えて貰って良いですか? ギルドのこと。……まだ私、知りませんから」
フレースは快く頷き、再びスズカゼの元へと顔を近付ける。
それを狙っていたのだろう。彼女の耳元に生暖かい行きがふぅっと吹きかけられ、フレースはぅんっと艶っぽい声を出す。
結局、メタルがスズカゼの頭を叩くで注目を集めることとなり、ニルヴァーとファナは深いため息をついていた。
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