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獣人の姫  作者: MTL2
傲慢なる王の誘い
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路地裏より現れしチンピラ

「……えっと、それは要するにギルドの勧誘ですか?」


「勧誘と言えば勧誘だが、それは先程断っただろう、貴様が。だからこそ条件を変えるのだ」


「条件……?」


「三日だ。三日だけ滞在させてやろう。その間に貴様が変えられるだけの物を変えるんだな」


「……あの、よく意味が解らないんですけど」


「つまり、だ」


三日。ヴォルグはそれをスズカゼに与えられる期間と言った。

その期間中にスズカゼが変えられるだけの物を変えれば良い、と。

何を変えるのか、何故三日なのか、何を考えているのか。

彼女は何も理解出来ずただ首を捻るしかない。

そんなスズカゼの様子を見かねてか、ヴォルグはこの我に説明をさせるとはな、と前置きして口端を落とす。


「貴様の言う[正しい物]を真実としろ。その期限が三日という事だ。その為には我も許容できるだけ許容してくれる。有り難く思えよ、この我の手を借りられるのだからな」


「えーっと、つまり三日間の間で私の気に入らない物を正して真実としろ、と。その為にはある程度ギルド統括長の権力を借りられるんですね?」


「ふむ、話が早いな。見たところ、貴様もそう自由には動けまい。だが、仲間が居れば死ぬ事はまず無いだろう」


「……あ、そうだ。早速ですけど権力借りても良いですかね?」


「その応答は即ち我の答えを望むという事か?」


「言わずもがなですね。ギルドのトップから直々に許可が出たんですし、自由にさせて貰いましょうか」


「くくく、嫌いではないぞ。貴様ほど傲慢で自分勝手な人間はな」


「自分らしく生きてるって言って貰えませんか」


「確かに表裏一体だな。くはは、良い物だ、良い物だな」


満足げに笑うヴォルグ、悪しき笑みを浮かべるスズカゼ。

何処からどう見ても悪代官と悪商人の取引後の様子だ。

彼等の企みを知ってか知らずか、扉外で待つ一人の暇人と一人の獣人は爪先から髪先までをぶるぶるっと震わせていた。



【ギルド地区】

《東部・鉄鬼》


「あー、腰が痛い」


「歳ですか?」


「まさか。まだまだ現役ですよ」


東部にある武器防具屋、基、鍛冶屋の前。

兜を被った男と爽やかな青年。彼等は道端に鉄塊を置いて軽くため息をついた。

この店にツケを残したが為にこうして後片付けだの掃除だのを請け負わされて居るのだが、それも既に数時間。そろそろ休憩が欲しい所だ。

尤も、当の店の主人は休ませるつもりなど毛頭無い。


「あの、そろそろ休んじゃ駄目ですかー!」


「駄目だ。働け」


「だって、もう数時間ッスよ……。俺、仕事帰りで余り休んでないんですけど」


「金は?」


「女の子との夢に消えました」


「働け」


「そんな殺生なぁああああああああ!!」


「諦めましょう、シン君。俺なんて仕事中なのにコレですよ」


「仕事?」


「ギルドの案内をちょっとね。まぁ、流石に案内役ぐらい別に付けてくれると……」


彼は言葉尻を段々と弱め、細路地の方へと視線、基、兜を向ける。

シンも彼と同方向を見る。広がるのは真っ黒な路地と壁に伝う幾つかのパイプ。

そのカビ臭く茶色の昆虫が這っていそうな路地に、高級な革靴の音が響き出す。


「うげっ……」


シンは思わず眉根を寄せて口端を下げ、露骨に嫌そうな声を出した。

直ぐさまその表情を抑えこそしたが、きっとデューも兜の下では同じ顔のはずだ。

それもそのはずだろう。路地裏の闇から太陽の下へ姿を現したのはギルドでは大半の者達から極端に嫌われている男なのだから。


「よぉ、デュー・ラハンにシン・クラウンじゃねーかぁ」


「……そういう貴方はザッハー・クォータンさんじゃないッスか。ギルド指折りの登録パーティー、[血骨の牙]の貴方が、どうしてこんな所に?」


「おいおい、俺の武器は鉄製だぜ? 修理ぐらいして貰っても不思議じゃぁーねぇだろう?」


その男は、如何にもチンピラと言った風貌だった。

赤の入り交じった尖り金髪と色付きサングラスに加え、耳にはパーティー名である血を表した紅色と骨を表した灰色のピアス。

一度破ってまた縫い直したかのようなボロボロの服に、腕にある金色の腕輪。

首元に施された刺繍は恐らく背中まで伸びているのだろう。

見た目は街中の路地裏に居そうな、ただのチンピラだ。

だが、デューとシンの彼を見る目はチンピラを見る物などではなかった。


「それに、デュー。帰って来たンなら挨拶に来いよぉ。俺達の仲だろう?」


「別に、貴方とそこまで仲が良い覚えは無いんですけどね」


「そう言うなよ。同じギルド登録パーティーの仲じゃねぇかぁ。なぁ?」


ザッハーと呼ばれた男は馴れ馴れしくデューの肩に手を回す。

それでも彼は一切動ずることも嫌がることもせず、兜下から声を漏らしもせずに黙っていた。

ザッハーはそれを了承とでも受け取ったのか、或いは彼の抵抗しない様子に気をよくしたのか。

にぃ、と醜く口端を歪ませて彼の耳元に言葉を零していく。


「知ってるかぁ? 今。ギルドにゃスズカゼ・クレハっつー、あの[獣人の姫]が来てるらしいぜ」


「……だから?」


「おいおい、決まり切った事を聞くんじゃねぇよぉ」


サングラスの下の眼を限界まで見開き、口端も裂けんがばかりに牙を剥いて。

より一層デューの兜へ顔を近付けて、男は小さく、周囲に聞こえないように述べた。


「捕まえて売り飛ばすンだよ。あの噂の獣人の姫だぜぇ? 胸は貧相だが、その名前だけで充分に売れる……。見たトコ本人も満身創痍だぁ。護衛さえどうにかしちまえば……」


ザッハーの言葉を遮る、デューの殺気。

周囲に置かれた鉄塊の山を崩し、木々をざわめかし、シンの全身から冷や汗を吹かせる程に。

その殺気は禍々しく、強く、恐ろしい。


「ケハハッ。お前には興味のねー話題だったかぁ?」


「失せてくれませんか」


「おいおい、今こんな事をしてるのだって金に困ってるからだろぉ? 見す見す金のなる木を逃すのかぁ?」


「黙れと言っているんです、下衆が。悪いですけど俺はお前に付き合うつもりはありません」


「……残念だなぁ。やっぱり統括長派とは分かち合えない運命なのかねぇ?」


せせら笑う彼にデューが返答することは当然なく。

ザッハーは興が冷めたと付け足して、醜い笑みを浮かべたまま踵を返す。

再び路地裏の闇に姿を消していく彼を横目で流しつつ、シンはデューへと駆け寄っていった。


「大丈夫ッスか?」


「ま、睨まれた程度じゃどうにもなりませんよ。それより掃除を続けましょうか」


「え? あ、はい……」


また何事もなく掃除を始めたデューに沿って、シンも仕方なく後片付けへと戻る。

元よりデューが気負いするとは思っていない。そんな事は有り得ないのは解っている。

だが、彼はそれでも一抹の不安を拭えずに居た。

あの男が、ザッハーが醜い笑みを浮かべて去って行った事が。

彼の小さな不安に拍車を掛けて段々と大きくしているのだ。


「……大丈夫か?」


あの男に関わってはいけない。

危険だとか不快だとか、どうこう以前に。

あの男は間違いなく、ギルドの膿なのだから。



読んでいただきありがとうございました

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