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獣人の姫  作者: MTL2
傲慢なる王の誘い
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傲慢なる者との対談

《ギルド統括長私室》


「……おぅ」


ギルド統括長私室に入るなり、スズカゼは尻込みしてしまった。

廊下や扉の装飾からある程度の想像は出来ていたが、それすらも上回る強烈さだ。

強烈、と言っても彩りが奇異過ぎる訳ではなく、豪華すぎて強烈なのである。

サウズ王国の王城で目にした装飾はあくまで装飾の為の装飾だった。だが、この部屋は装飾の為の部屋だ。


「どうした、小娘。我が威厳に怯んだか?」


そんな彼女に追い打ちを掛けるが如く、その男は両指を組みながら笑みを浮かべた。

黄金の頭髪を灯火に照らしながら、威圧的に頬を歪ませて。

ギルド統括長、ヴォルグは彼女を迎えたのである。


「あ、それは無いです」


「くくくっ……。良い威勢だ」


机上にグラスを置き、彼は席を立つ。

その一動作ですら己を妨げる全てを平伏せさせる威厳が彼にはある。

だが、スズカゼからすれば彼の威厳など眼中にない。

ヴォルグは彼女のそんな野太い精神を気に入ったのか、再び微かな笑みを零した。


「あの時とは随分違うな。成長したか?」


「えぇ、胸が特に」


「そうか。現実は悲しいな」


ヴォルグに勧められてスズカゼは椅子に座す。

一々豪華な部屋だ。椅子も機能性より見た目に重点を置いており、正直言って座り心地はそんなに良くない。

装飾が腕に当たるし背もたれにある宝石のせいで背筋も痛い。

何を思ってこんな椅子を買ったのか是非とも聞きたい所だ。

と言うか、そもそもこんな物を売る店は何を考えているのだろうか。


「どうだ? 我に相応しい椅子だろう。オーダーメイドだぞ」


まさかのオーダーメイドだった。


「い、良い趣味してますね……」


「だろう」


得意げに鼻を鳴らすヴォルグを前に、スズカゼが苦笑を浮かべていたのは言うまでもない。

デューが言っていた、傲慢不遜に肉を付けたような人間というのは正しくその通りだ。

恐らくこの人物が頭を下げることは一生無いだろう。

ここまで傲慢不遜だと、逆に清々しい。


「さて、貴様を呼んだのは理由がある」


気を取り直し、と言うよりはその流れのまま。

彼は少し背を屈めてスズカゼへと顔を寄せた。

流石に彼女も少し怯んだが、それでも負けじとヴォルグと同様に背を屈め、鋭い眼光を向ける。


「何でしょう」


「……くくっ。成る程、成る程」


彼は背を伸ばしてスズカゼから顔を話すが、彼女に気負けたという訳ではない。

むしろ、満足したと言った風でスズカゼは何処か負けた気分になり、不機嫌そうに顔を上げた。

元の姿勢に戻った彼等は座り心地の悪い椅子に座り直し、再び向かい合う。


「何、大した理由ではない。ちょっとした誘いだ」


「はぁ、誘いですか」


「ギルドに入」


「嫌です」


「早いな」


「嫌ですからね」


まぁ、予想通りだ。

ヴォルグはそう付け足して机上の端にある箱へ手を伸ばす。

そこに入っていたのは葉巻だ。煙草では無く、とんでもなく高価そうな葉巻。

まだ火すら付けていないのに、スズカゼの鼻奥には薬草のようなキツい臭いが漂ってくる。

彼はその異臭の根源である葉巻の先端を指で千切り、箱の横に備えられた凹凸に押し込んだ。

それから慣れた手順を繰り返すように隣の宝石を手に取り、葉巻の先へ持っていく。


「葉巻一つ点けるのに魔法石ですか」


「豪勢だろう」


「……表じゃ、物乞いの少女が居ましたけどね」


「あぁ、ヌエから聞いている。尤も、その少女を助けたのは新入りの……、何と言ったか。ニルヴァーだったな。奴らしいが」


スズカゼは彼の言葉を受けて、ふとヌエの居る方向を見た。

いや、居た方向を見た。

彼女はいつの間にか姿を消しており、部屋の中には既に自分とヴォルグだけとなっていたのだ。

余所見している内に部屋から出たのか? いや、それにしては扉の音は聞こえなかったが……。


「その小娘が貧乏なのは弱いからだ」


彼女の思案はヴォルグの言葉によって、より正確に言えば彼の言葉を受けて湧き出た怒りによって中断された。

スズカゼは優々と煙草を吸う男を前に、身を乗り出さんが勢いで反論する。


「子供ですよ!? 弱いのは当然でしょう!!」


「我がギルドにも子供で働く者は居る。男女関係なくな。ある者は給仕で、ある者は身を売って。……幾らでも金を稼げる」


「それはっ……!」


「貴様の言わんとする事は解る。その子供に何か障害があれば、或いは周囲の環境で、若しくは我々が採用しないから。……如何様にでも無知だから語れる。だがな、良い事を教えてやろう」


鼻底を劈くような異臭。

男はその元となる白煙を吐き出しながら、牙先で葉巻を上下に揺らして、言う。


「弱者は強者に頭を垂れ、強者は弱者の頭を踏みつける。それこそがこの世の真理、原理、摂理。否定する者は居ても間違いだと証明する事が出来る者は居ない。……そんな物だ」


「……それでも救いの手を」


「我々は聖人君主ではないのだよ、小娘」


彼の言葉はスズカゼの反論を封ずるに、充分事足りる。

その通りだ。自分が言っているのは押しつけに過ぎない。

熱心な宗教信者でもあるまいに、そんな言い分が許されるはずはないのだ。


「だがな、間違ってはいない」


「え?」


「言っただろう? 貴様の言わんとする事は解る、と。何、ある意味では我の言葉の方が戯れ言よ」


「いや、でも……」


「そうだろう? 世では数の多い方が正しいのだ。真実と正しい事は別だ。現に、真実の中に正しいという文字はない。貴様のような甘ったるい理論を唱える者の、何と多いことか! 嗚呼、全く嘆かわしい事だな。この我を甘ったるさで溺れさせる気らしい。……全く、無礼千万だとは思わぬか?」


何よりもまず、この男の理論を聞いて納得した事が一つ。

この男は揺るがない。自分勝手だとか自己中心的ではなく、揺るがない信念を持っている。

それが傲慢不遜なだけで、言ってしまえば自分やゼルやメイア女王など、他にも様々な人々と同じなのだ。

この男は強い。如何なる形でかは解らないけれど、強い。


「……話題が逸れたな。いや、何、ある意味では同質だ」


「どういう事ですか?」


「我が貴様にくれてやる提案は一つ。至極……、簡単な事だ」


そう長くはない前置きを持って、彼は葉巻を灰皿へ擦り付けた。

焦げ臭い強烈な臭いがスズカゼの瞳に涙を潤ませるが、彼女が視線を逸らす事はない。

決して怯む事無き視線に、さらに気分を良くしたヴォルグは頬端を緩ませて牙を覗かせながら言葉を零す。


「貴様が変えて見ろ、スズカゼ・クレハ」



読んでいただきありがとうございました

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