乞食の元に集うは
【ギルド本部】
「おぉ」
スズカゼはその建造物を見上げるなり、感嘆の声を漏らした。
大理石と上質な木材を組み合わされて作られた、双対象型の神殿造りの入り口。
その奥に広がる仰々しい建物には数多の人間や獣人が足を踏み入れていく。
老若男女が互いに擦れ違いながら、一度に数十人は入れる門を潜り抜けているのだ。
「でけーな。街のデカさに見合っただけの規模はある」
「これがギルド本部、世界中立組織の心臓部ですか。いやぁ、想像してた数倍大きいですね」
本部の前で突っ立っている彼等の隣を何十、何百という人間が通り過ぎていく。
暫くその立派な門を構える建造物に見とれていたスズカゼも、先へ進むべく歩き出した。
メタルもファナも、取り敢えず当初の目的を思い出しながら周囲を警戒して歩き出した、のだが。
スズカゼが直ぐさま立ち止まったせいで、その歩みも直ぐに止める事になる。
「アレ」
「……?」
彼女の視線の先にあったのは、いや、居たのは一人の獣人の少女だった。
メタルの着ている物よりもボロボロな布を纏っており、その姿は酷く汚れている。
言わずもがな、その姿は正しく物乞いだ。手に持った汚らしい缶の中には幾らかのルグが入っていた。
「んー、珍しくはねぇなァ。物乞いなんて何処にでも居るだろ」
「でも、ここはこんなに豊かなのに」
「それとこれは話が別だ。豊かな畑を持ってる男が居るとして、そいつの住んでる町は全員が裕福か、って言えば違うだろ?」
「それは、まぁ、確かに」
「言っちまえば、ここはギルドの権威に縋った街だ。物凄いぶっちゃけだけどな」
「そこの馬鹿が言ってる事は別に間違ってはいない」
「馬鹿てお前」
「これ程の街、大戦直後は無かったと聞いている。その後の数年でここまで発展したのは偏にギルドという組織の影響力が成す物だろう」
「成る程……」
「……何はともあれ、我々の目的はギルド統括長への面会。あんな薄汚い獣人を相手にしている暇はない」
「とか言いつつ横目でチラチラ見てますね」
「うるさい黙れ」
ファナの返しに微かな笑みを浮かべながら、スズカゼは再びギルド本部へと足を踏み入れる。
と、同時に足先に力を込めて急に立ち止まった。
メタルは彼女の頭に鼻先をぶつけ、ファナは彼の背に顔面をぶつける。
追突事故を起こした彼等は原因の少女を睨み付けるが、その当の本人は全く別の方向に鋭い眼光を向けていた。
「す、スズカゼ?」
「……ちょっと止めてきます」
彼女が歩き出した先に、メタルとファナはほぼ同時に視線を向けた。
彼等の瞳に映ったのは早歩きでその場に向かうスズカゼ。
そして、先程の物乞いの少女と、彼女を殴りつける男の姿だった。
男は在り来たりな獣人否定の言葉を少女に浴びせ掛けながら、汚らしく吼え散らしている。
不快なその様子を目に留める物は居ても、立ち止まる物は居ない。
向かい行く物は、スズカゼただ一人。
「止めないのか」
「俺が? 誰を?」
「スズカゼ・クレハをだ。止めなければ間違いなく問題になるぞ」
「じゃあ、お前が止めれば良いじゃん」
「……ふん」
彼等は止める事なく、その光景に目を向けていた。
自身の半分も無い小娘に拳を向ける男は、スズカゼが近付いてくることにも気付かず、そのまま暴力を振るい続ける。
物乞いの少女は頭を庇いながら、ただ蹲っているしか無かった。
その人物が、到着するまでは。
「ぐげぁっ!?」
男の首筋を掴む、掌。
決して大きくはない掌だが、その力強さは岩をも砕く程に見える。
現に背後から首筋を掴まれた男は悶えながらじわりじわりと足を浮かせ始めているのだから。
「貴様のような男を見ていると、嘗ての自分を思い出す」
重苦しい、這うような声。
その人物は何の戸惑いも無く男を空へ掲げて太陽の光を遮り、指先への力を込めていく。
遂に男の足は完全に地面から離れ、彼の全身に行き渡る酸素は無くなった。
だらんと力無く手足を落とし、口端からは涎を垂れ流す。
白目を剥いた彼の姿を、物乞いの少女は獣耳を押さえながら吐き出すような悲鳴を零していた。
「もう大丈夫だ、立てるか?」
「っ……! っ……」
「……あぁ、そうか。喉が潰れているんだな。だから親にも捨てられたんだろう」
「……っ」
「知り合いに良い医者が居る。尤も、傭兵家業の時に知り合った仲だが」
物乞いの少女を抱え、その男は踵を返す。
気絶した男を踏みつけながら彼は人混みの中に消えようとする。
だが、そんな彼の前に一人の少女が立ちはだかった。
「お久し振りです」
「……何だ、俺を覚えていたのか」
「えぇ、まぁ。名前は後から聞きましたけどね」
「そうか。悪いが復讐ならば後にしてくれ。今はまずこの子を」
「いや、別に復讐とかはどうでも……。それよりその子を医者に診せて上げてください。女の子なんだから、顔に傷が残っちゃ駄目ですし」
「あぁ、そうだな。解った」
再び歩き出した男はまたしても立ち止まる。
人混みを必死に掻き分けて、顔を真っ青にした獣人の女性がこちらに走ってきたからだ。
彼は彼女の表情で全てを察し、これからどうなるかという事も察し、深くため息をついた。
「あっ」
事実、事は彼の予想通りに進む。
女性はスズカゼを見て金切り声に近い悲鳴を上げて、急速に止まろうとした物だから勢いよく素っ転んだ。
一回転、二回転し、三回転目に入った彼女は男によって抱き抱えられ、その転びを止める。
尤も、転びを止めた時、眼前に居たのは自身が最も恐れる少女だったのだが。
「そうなんですね?」
少女は確認するように問い、にこりと笑う。
男は諦めたようにお前の予想は合っている、ともう一度ため息をついた。
スズカゼはその言葉を聞くなりにぃーっと悪辣な笑みを浮かべる。
「お久し振りです。或いは、はじめまして。[八咫烏]……、フレースさん、ニルヴァーさん」
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