案内人のツケ
「良いか!? 絶対離すなよ! 絶対だぞ!!」
スズカゼを嫌々ながら拘束するファナと共に、メタルは彼女を必死に羽交い締めにしていた。
当の拘束された本人は何でこんな事をされているのか全く解らず、混乱しながら彼等を見回している。
シンもデューも、何故彼等がそんなに焦っているのか解らない状態だ。
「め、メタル? どうしてそんなに……」
「ゼルから言われてんだよ! コイツに好き勝手行動させたらろくでもない事になるって!!」
「スズカゼさん、何やったんですか……?」
「国家一つ二つ引っ繰り返しただけです」
「あ、メタルさん。その人ちゃんと抑えていてくださいね」
「何故だし」
「いや、何故イケると思ったんですか」
結局、その騒ぎも老人の拳骨によって収束する事になる。
スズカゼを羽交い締めにしていたメタルだけが喰らったのに、彼は不満げだったのだが。
彼等の拘束から解放されたスズカゼは、魔炎の太刀を構えながら満面の笑みでシンへ近付いていく。
「あ、この人ヤバい。助けてデューさん」
「……い、いや、ちょっと無理です」
二人が少女の異常さに気付いた時は既に遅く。
彼女は一歩ずつ鬼気迫る笑みで歩み寄ってきている。
シンは始めは恐れ怯えていたが、遂に覚悟を決めたのか店内から一本の剣を取って彼女と対峙する。
その眼光は先程までの飄々とした少年の物にあらず。
正しく、修羅のそれだった。
「待てぇい!!」
スズカゼの頭が引っ叩かれ、軽く三度ほど前後に揺れ動く。
その拍子に彼女は前へと素っ転び、顔面から地面に叩き付けられる。
その転び様は正しく現世で言う所のヒキガエル。デューが微かに笑ったのは兜のせいで他の面々には解らなかった。
「頼むから止まれよ! お前、何しに来たか忘れたのか!?」
「いや、余りの興味に」
「誰かコイツにストップ装置付けて!!」
メタルの叫びは何処吹く風。
スズカゼは立ち上がり、シンへと歩み寄っていった。
尤も先のような鬼気はなく、街中で友に語りかけるような安らかさを持って、だが。
「今の構えを見て解りました。貴方が如何に剣の使い手か」
「え? えっ?」
「いやぁ、本当に良いですね。純粋な剣術使いなんて滅多に見ませんから」
「は、はぁ……」
「構えがね、違うんですよ。ジェイドさんみたいなのでもゼルさんみたいなのでもメタルさんみたいなのでもなく! 純粋な剣術! いやぁ、テンション上がるゥ!! イヤッフゥッハァ!!」
「ファナ、お前止めるの得意だろ。頼むわ」
「そこの老人にでも頼め」
「……儂は鍛冶が残ってるのでな」
「逃げないでくださいよ、おやっさん」
「うるさい。貴様はさっさとその小娘連れて喫茶店にでも行け」
「流石に地雷抱えてお茶は行きたくないかなぁ……」
テンションがやたらと上がるスズカゼが静まるのは結局、シンの刀が打ち直された後となる。
いや、静まると言うよりはシンの刀を見て感動の余り黙った、と言うのが正しいだろう。
もうメタルは彼女の行動を制するのは無理だと悟り、遠く果てない空に思いを馳せていた。
「そ、そろそろ用事を終わらせに行きましょうか。これ以上ここに居たら大変な事になりそうだし」
「もう既になってるけどな……」
「メタル、言わないで。悲しくなる」
取り敢えずデューは店内に入り、数秒と立たない内に代わりの兜を被って、壊れた兜を持ってくる。
まぁ、彼が被っている兜は修理する物と何ら変わらないのだが。
「じゃ、お願いします」
老人にそれを渡した彼はそのまま歩み出すが、同時に肩をがっしりと掴まれる。
振り返った彼の視界に映ったのは鉄の金槌を持った老人の姿だった。
「え? 料金は後払いじゃ……」
「前回のツケがまだだな」
「……それも今回の」
「あるのか?」
「……無いです」
「よし、都合良く労働力を二つ得たな。貴様等には屑鉄掃除や道具整理を行って貰う」
「はい、いつも通りですね……。え? 二つ?」
「そこの馬鹿小僧も金が無いそうだ」
「いやぁ、出先で女の子誘いまくってたら薬盛られて身ぐるみ剥がされました!」
「いや、元気に言う事じゃないからね、それ」
結局、デューとシンは笑顔のまま老人に店内へと引っ張って行かれる事となった。
残されたスズカゼ達は呆然として、ただ店頭に突っ立っているしかない。
結局はメタルの諦めに近い行くか、の一言でギルド本部へ向かうこととなった。
《東部・大街道》
「こっち、で良いんだっけか?」
「街行く者に聞けばこちらの道だそうだ。騙されている訳でも無ければ問題はあるまい」
「ま、まぁ、うん。しかし人通りの多い……」
案内人を失った一行は街行く者に道を聞きながら、人混みを掻き分けてギルド本部を目指していた。
人混み、と言うよりは最早、人波だ。
嘗ての獣人大暴動を彷彿とさせる人の多さにメタルは額から汗を伝わせていた。
「スズカゼ、大丈夫か? お前、怪我が」
「あ、今何か手におっぱい当たった」
「ファナ、もうコイツ手遅れだわ」
「案ずるな。前からだ」
もうホント何でこの馬鹿に俺が付き合ってるんだろうと嘆きながら、メタルは先頭を歩く。
考えてもみれば、ギルド本部に着いたからと行ってどうすれば良いのだろうか。
手紙を見せれば良いかもしれないが、偽物だと疑われたらどうしよう。
いや、そもそも手紙を見せる暇すら与えてくれるかどうか……。
「痛っ」
そんな考え事をしていた物だから、彼は思わず前の人へとぶつかってしまう。
即座に鼻頭を抑えながら謝った彼だが、相手はそうもいかない。
いや、厳密に言えば怒っているだとか不機嫌そうだとかではなく。
顔の血の気全てが引いてしまっているのだ。
「……え? 俺、何かした?」
「あ、は、あっ……」
「あの、おい」
メタルがぶつかったその女性。
恐らくは獣人だろうか。朱色の頭髪と目色が特徴的で、手にはスーツケースらしき物を持った女性だ。
ぶつかった拍子に口に咥えていた煙草が落ちたが、それもすぐに人混みの中に沈んで踏み潰される。
「っ……!」
女性は慌てて人混みの中を掻き分け、肩や手足が他人にぶつかるのも構わず走り抜けていく。
呆気にとられたメタルは謝ることも出来ず、ただその人物の後ろ姿を眺めていた。
「何だったんだ、今の」
「メタルさん! ぶつかったんだったら謝らないと!」
「い、いや、そうなんだけど……。……待て、何で通行人の胸触ってるお前に俺が怒られてんだ」
「アレは事故です」
スズカゼとメタルが馬鹿な会話を繰り広げる隣で、ファナはその人物が走り去った方を睨んでいた。
その手に、微かな魔術大砲を収束させたまま、ずっと。
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