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獣人の姫  作者: MTL2
傲慢なる王の誘い
235/876

鍛冶屋に訪れし青年

《東部・鉄鬼》


鉄鬼と筆文字で渋く書かれた看板のぶら下がる、小さな工房。

スズカゼ達は月光白兎酒店にてラテナーデ夫妻に別れを告げてから、デューの兜を直すために彼の言っていた防具屋に来ていた。

とは言え、見るに防具だけ売っているわけでもなさそうだし、謂わば武器防具屋と言った所だろう。


「ここで兜を修理するんです」


彼等が訪れた防具屋には一人の老人が居た。

黒が微かに混じった白髪と彫りの深い厳格な顔。

首に薄汚れた荒布を掛け、引き締まった腕で鉄槌を振っている。

彼が鉄槌を振り下ろす度に鳴り響く鋭い金属音が店内を切るように突き抜けていた。

いや、そこは最早、店内と言うよりは工房である。

室内の殆どに工具が置かれており、販売する場所など申し訳程度にあるぐらいだ。


「あれ? デューさんじゃないッスか。こんな所で何やってるんです?」


「あ、シン君。元気してました?」


と、店を覗くデューへと語りかけてきたのは、見た目十六から十八程度と言った如何にも好青年と言った人物だった。

爽やかな顔立ちに綺麗な蒼の頭髪、女性を一目で虜にする空色の瞳。

細くも太くもない姿は服上から見れば優男にも見えるだろうが、その衣服の下に筋肉で引き締められた身体があるはずだ。

だが、スズカゼの興味を引いたのはその好青年と言った風な雰囲気でも、女性を虜にする容姿でも、美しい身体でもない。

彼の背にある、一本の鞘だった。


「俺は元気ッスけど……、見ないウチに仲間増えました?」


「いやいや、この人達は仲間だけど君の思ってる仲間じゃないですから」


「あぁ、そうなんですか。……あの、そっちの女の人がメチャクチャこっち見てくるんですけど」


「貴方……」


「あ、今日の予定ですか? 午後は明いてるからお茶に付き合えますよ。そっちの可愛らしい女性もどうですか?」


「死ね」


「大丈夫、辛辣なのも許容範囲です。大きいのも小さいのも許容範囲です!!」


「デューさん、コイツ殺して良いですか」


「ストレートに殺害予告しないでください。シン君も好みの女性を見つけたら口説く癖、治ってないんですか? いい加減にしないと刺されますよ」


「これは男の性なんで」


「そんな性は捨ててしまいなさい」


「無理ですね。さぁ、二人とも! 俺と一緒にお茶でも如何!? 同年代同士、仲良くしましょう!!」


「死ね」


「却下で。と言うか貴方、十七……、いや十八歳ですよね? 私、一応二十歳前なんですけど」


「え? だってその胸……」


無言で魔炎の太刀を抜くスズカゼと、全力で彼女を止めるべく走り出すデューとメタル。

シンが如何に危険な地雷を踏み抜いたのかを理解するのに、そう時間は掛からなかった。

と言うか、見事に殺気だって自分に斬りかかってくる少女を見れば否応でも解る物だろうが。


「うるさいわ、この馬鹿共」


尤も、その喧騒も店から出て来た老人の拳骨一つで収束する事となる。

老人の拳骨が少女の頭に直撃し、彼女はぷるぷると震えながら地面にしゃがみ込む事になったからだ。

まぁ、物の見事に入ったのだからその痛みも中々だろう。


「シン、お前の刀を打ち直すにはまだ時間が掛かる。静かに待っとれ」


「解りました。静かに口説き」


「静かに待っとれ」


「……ハイ」


「デュー。お前は何をしに来た」


「あ、兜を直して貰いに。何時間ぐらい掛かります?」


「三時間だ。まずシンの刀を直さねばならん」


「そうですか、結構掛かりますね」


顎を抱えて、基、兜の顎部分を抱えて唸るデュー。

だが、スズカゼはそんな彼とは別にある疑問を得ていた。

それは先程、シンに抱いた疑問と同質であり、彼女の興味本位な物だった。

だが、確信はある。その確信は間違いなく正解だ。


「シンさん、でしたっけ」


「え? あぁ、うん。そうですよ」


「いえ、別にお構いなく。……ちょっと聞きたいんですけど」


「はいはい、何でも聞いてくださいよ! 好みのタイプから好きな食べ物、デートスポットだって何でもござれ! 貴女との楽しい一時を約束します!!」


「じゃぁ、聞かせて貰います。何斬ったんですか?」


その言葉に、一瞬だけシンは全身を凍り付かせた。

表情すらも引き攣らせて、今まで口説き相手として見ていた女性の認識を変えたのだ。

スズカゼの問いはそのままの意味だ。言葉通りの意味だ。

だが、それを問う事に意味がある。


「……名前、何でしたっけ」


「スズカゼ・クレハです」


「スズカゼさん、ね。俺はシン・クラウン。ギルド登録パーティー[剣修羅]です。そして、貴女の問いはさっき終わらせてきた任務結果に繋がるんですが……。言っても良かったんでしたっけ? これ」


「あぁ、構いませんよ。ギルドの依頼は特に秘匿について言われてなければ口外しても大丈夫です」


「ありがとうございます、デューさん。ってな訳で言わせて貰うと、斬ったのは壁です」


「壁? ……壁を斬ったんですか?」


「えぇ、まぁ。四国大戦時に作られた防壁が邪魔になってたそうなんで、スッパリと」


スズカゼはその男を驚嘆の眼で見ていたが、メタルからすれば何の事か全く解らない。

ファナに至っては全く興味など示さず、明後日の方向を見ている始末だ。

だが、その場に居る武器防具屋、基、鍛冶職人の老人とデューだけが全てを理解していた。


「あー……、スズカゼ? 何をそんなに驚いてるか知らねぇが、壁なら俺でも斬れるぞ? 確かに刃毀れはしちまうだろうが、そう難しい事じゃ……」


「違いますよ、メタル。彼が斬ったのは」


「鋼鉄の壁、ですよね」


「その通り! いやぁ、まさか見破られるとは思わなかった」


「しかも大戦時に使われていた防壁なら厚さも相当なはず……。魔力とかも使ってないんじゃ?」


「……そこまで正解です。え? 何で見破られたんですか?」


「その手」


スズカゼが指差したシンの手は、汚かった。

その清廉な顔にも美しく引き締まった身体にも似合わない、汚く濁った手。

彼はその手で気恥ずかしそうに頬を掻くが、スズカゼからすれば、その手は紛う事なき宝石だ。


「いったい、何度剣を振ればそんなになるんですか? いったい、何を何度斬ればそんな手になるんですか?」


「……まー、俺、魔法とか魔術とか使えないし、魔法石も上手く使えないんで、これぐらいしか」


さらに気恥ずかしくなったのか、先程の勢いは何処へやら、シンは背を丸まらせてスズカゼから視線を逸らす。

そんな様子を呆然と眺めるメタルは最早、何か言うような気力は無かった。

月光白兎酒店での事と言い、今の事と言い。

ここは吃驚芸大会の会場か何かか、と思ってしまうほどである。


「よし、決めました! シンさん!!」


「はい、今日の予定は空いてますよ! 何なら明日も空けましょう! でも、付き合うのはもっとお互いをよく知る必要があると思うんで、まずはデートから……」


「ちょっと斬り合いましょうか」


「……はい?」



読んでいただきありがとうございました

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