美味い飯と安心の店
「ほ、ほわぁああああ……!」
頬が落ちる、とは比喩表現だと思っていた。
だが、これ程までに美味い物があろうか。
高級料理の美味いとは違う。普段の質素な料理の美味いとは違う。
素材や技術によって作られた、高級な質素料理と言った所だろうか。
今食べている料理は魚の包み焼きだ。魚自体は恐らく竜魚だろう。この味は知っている。
しかし、それを包んでいる野草とチーズらしき濃厚で芳醇な物が組み合わさって、何とも言えない美味さを醸し出しているのだ。
一言で言えば、美味い。
「やべぇ、これメッチャ美味い! 何で作ってんだ!?」
「レシピは秘密だから教えられないね。ま、敢えて言うなら素材は竜魚とパリコ草にボレー酒。序でにマジナッドミルクとノーライ茸。決め手はゴマルナル牛の肉を少し」
「ゴマルナル牛!? 珍味じゃねーか!」
「だから言ったろう? 良い物、ってね」
ゴマルナル牛。
値段は然程高くない物の、その珍味生故に市場に出回ることは滅多にない。
しかも牛にも関わらず毒持ちで、身体の一部しか食べられない為、その珍味性はさらに増す。
味は正直言ってマズい上に食感も悪く、臭いもキツい為の低価格性だ。
だが、何故か一部の料理人には人気が高い。適切な調理方法で料理すれば美味さを増すからなんだとか。
「……美味い」
「そっちのお嬢さんにも気に入って貰えて良かった。デュー、アンタはどうだい?」
「うーん、やっぱりこの味ですねぇ」
一方、デューが飲んでいたのはカクテルだった。
バッペル酒をベースにスカイッシュ水を加え、シャイリリー酒という紅色の酒を加える。
さらに月光白兎秘伝の湧き水と秘密の品を加えることによって、デューお気に入りの月光白兎酒が出来るそうだ。
彼は美味そうにそれを飲み、満足そうに息をつく。
……まぁ、彼はいつも通り鎧の隙間からストローを通して飲んでいるのだが。
「いつも通りだね、アンタは」
嬉しそうにため息をつくユーシア。
彼女の仕草は女性であるスズカゼからも美しく、そして頼り甲斐があるように見える。
その背中になら背を預けても良いような、そんな雰囲気だ。
これぞ正しく姉御肌なのだろう、と彼女は再び料理に意識を戻す。
「こんな美味い店があるなんて知らなかったなぁ。デュー、良い場所教えてくれたじゃん」
「いやいや、それ程でも……。それにしてもメタルにそう言われるとは思ってなかったよ。色んな国を旅してるんだろう?」
「まぁな。最近はサウズ王国に留まりっきりだが。こんな店があるとギルドにも来てみたく……」
メタルの言葉を遮るように、それは鳴り響く。
机が引っ繰り返り、食器が砕け割り、男の怒号が店を突き抜ける。
恐らく喧嘩だろうか。筋肉質な男同士が取っ組み合い、ぎゃあぎゃあと喚き散らしている。
その男達は先程からも店で騒ぎ立てていた者達だ。
流石に他の客も迷惑そうに眉根を顰めているが、動こうとする者は居ない。
「うるせーなぁ。喧嘩なんざ外でやりゃ良いのに」
「あぁ、大丈夫。彼等は多分、初見の客じゃないかな」
「……初見?」
「まぁ、大抵の予想は付くと思うけど。ユーシアさん、お願いします」
「私じゃなくてドルグノムの方だけどね。ドルー」
「……ン」
大男、ドルグノム・ラテナーデはのそりとカウンターから出てくる。
その姿は形容するならば山動くと言った所で、その山はのそりのそりと喧嘩する男共の元へ向かって行く。
自分達を優に超す巨体が近付いてきたというのに、男達は喧嘩に熱中しすぎて周りが見えていないのか、それを止める様子すら見せない。
いや、むしろ激化しているようにも見える。割れた皿を踏みつけるのもグラスに入っていた酒が飛び散るのもお構いなしだ。
傍目に見ている人々からしても、もう何を言っているか解らないほどに彼等は激高している。
「…………」
仏頂面の男、ドルグノムは男二人の間に立つ。
喧嘩を邪魔されて腹が立ったのだろう。二人は先の争いなど嘘のように、息の合ったタイミングで彼へと拳を叩き込んだ。
ドゴムッ、と。小麦粉の塊を地面に落としたような音。
成人男性の、それも筋肉質な男が全力ではなった拳。
それがドルグノムの腹部へと突き刺さったのだ。
「…………」
ドルグノムは徐々に膝を折り、間もなく地面に両膝を突く。
そのまま前のめりに片手を突いて、完全に頭を垂れる形となった。
男達は彼を鼻で笑い、そのまま再び喧嘩を再開させる。
ぎゃあぎゃあと怒号飛び交う中、ドルグノムは膝を折ったまま動こうとしない。
「お、おい、やられちゃったぞ……」
「いや、よく見てください」
「割れた皿拾ってますね、アレ」
「踏むと危ないからね」
全く慌てることなくその光景を眺めるスズカゼ、デュ-、ユーシア。
メタルも彼等の言葉に従ってよく見てみると、ドルグノムは割れた皿の破片を一つ一つ丁寧に集めてるではないか。
拳を受けた部分を抑える事もなく、先と変わらぬ仏頂面で一つずつ、丁寧に。
「……え? 大丈夫なの?」
「あの男が、あの程度の拳で倒れるものか。大理石の壁に落ち葉が当たったからと言って倒れまい」
「ファナさんの例えが的確ですねぇ。ただ、壁とはちょっと違う」
皿の破片を集めるドルグノムの手が蹴り飛ばされる。
喧嘩する男達の足が当たったのだ。必然、彼の追っていた皿の破片も再び散らばってしまう。
「……」
彼はのそりと立ち上がり、男達へ眼光を向けた。
明らかに先と違う雰囲気に彼等もたじろいだが、再び拳を構えて振り抜くことに変わりは無かった。
尤も、その拳が届くよりも前に自身の頭部が鷲掴みにされた事は変わっていたのだが。
「…………ン」
頭を掴まれたままジタバタと暴れる男達を店外へ放り出し、ドルグノムは再び皿の
破片集めに戻る。
客の人々はその光景を前にしても窓外を飛ぶ鳥を眺めるように、何と言う事はない様子だった。
この店内で先の光景に慌てているのは最早メタルのみである。
「……確かに安心して飯が食える店だな」
「その飯も美味いし文句無しですね」
「雰囲気も良い」
「いやぁ、ウチの店は安泰だね! デューも客を増やしてくれたし言う事なしだ!」
「ははは、だったら今日の値段は少しぐらい減しても」
「そう言えば前のツケがまだなんだけど払ってくれる? ……で、何か言った?」
「あ、いえ何でも無いです」
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