美しき酒場
【ギルド地区】
《東部・東門》
洞窟での野宿より数日後。
彼等は馬車から降り、徒歩で門を潜り抜けていた。
眼前に広がる広大な景色を前に、デューは手を広げてみせる。
「着きましたよ。ここがギルド本部です」
スズカゼは彼の言葉を聞いてもまだ、現実を認識できないで居た。
限界まで口を開いたまま、呆然として静止してしまったままである。
ギルド本部と言えば世界的中立組織であり、各国からの溢れ者や荒くれ者、物好きな者が集まる組織だ。
その規模は世界的事情に介入できる程で、最早、一つの形を持たない国と言っても過言では無い。
そう、それほど大規模な組織なのだ。
組織、なのだ。
「いや、これ国じゃないですか!!」
「いえいえ、組織です」
彼女の口を驚愕の余り閉じなくさせた物。
それは何より、ギルドという組織の規模だった。
人員や能力と言った物ではなく、土地と施設の話である。
ざっと見ただけでも宿は五、衣服屋が二、食事処が九、娯楽施設が四。
無論、こんな物は極一部である事が解る程に、人通りも多ければ活気もある。
スズカゼの言う通り、これは組織と言うよりは最早、国だ。
「でっけぇ……。こりゃ、四大国に並ぶんじゃねーか?」
「施設規模としては上回りますかね。ギルドを構成してるのは脱国者やはみ出者が多いから殆どは宿泊施設や娯楽施設、食事処になるかな。まぁ、家が無いから宿泊施設が、人が多いから娯楽施設や食事処が……、って感じです」
「で、人が居りゃ服屋も出来るしギルドっつー組織上、武器屋や防具屋もある、と。マジで国じゃん」
「……何か否定出来なくなってきましたね。実際、名義上は国じゃないんですけども」
デューは言尻を窄めながら空を見上げ、太陽の位置を確認する。
それから窓越しに近場の店内を覗いて時計を確認し、スズカゼ達の方へと振り向き直した。
「丁度良いし、食事にでも行きませんか。味の良い店紹介しますよ」
「そう言えばもう昼頃だなぁ。何処にあるんだ、そのオススメ」
「ここから近いですよ。大抵、何でも揃ってますのでご安心を」
デューが言うにはその店は食事処と言うよりは酒場のような物で、店主も気心の知れた人だし何より飯が美味い。
値段も良心的で店の雰囲気や装飾も明るく、正しく冒険者の酒場と呼ぶに相応しい店なんだとか。
「さて、そうと決まれば早速行きましょう。その後は防具屋にいかないといけませんしね!」
「いや、それ良いけど大丈夫なのか? ギルド統括長に呼ばれてんだろ?」
「時間指定してなかったあの人が悪いですし」
「……それはそうとしても何故、防具屋なのだ? 我々は別に防具など見るつもりはないぞ」
「いや、俺の兜を修理したいので……」
デューが自分の兜を指差し、そこにある微かな傷を示してみせる。
メタルとファナの視線がスズカゼへ深々と突き刺さるが、彼女は街行く人々へと視線を逸らしていた。
「……あれ? ってかお前、兜脱ぐの? その兜脱ぐの!?」
「そりゃぁ、修理しますから」
「お前の素顔が見れると!!」
「いや替えの兜付けますよ」
「お前の素顔には何が隠されて居るんだ……?」
《酒場・月光白兎》
「……おぉ」
スズカゼは店に入ると同時に感嘆の声を上げた。
その店はデューの言う通り、確かに酒場だ。酒樽や瓶などが所狭しとカウンターの向こう側に並んでいる。
だが、それだけではない。
店の中に広がる料理の香ばしい薫りと木々の芳醇な香り。
さらに装飾の色合いや灯りの度合いから、質素ながらも美しい店内には目を見張る。
店主と店員も二人きりだと言うのに、十数人近い客を待たせることなくスムーズに店を回しているではないか。
一目で解る。これは、良い店だ。
「いらっしゃ……、って! デューじゃない。久しぶりね」
「久しぶりです、ユーシアさん。マスターは元気ですか?」
「いつも通りの仏頂面よ。貴方こそ、元気だった? ダリオの姿が見えないみたいだけど」
「えぇ、はい。俺は元気です。ダリオはいつものアレで」
「あぁ、成る程ね」
デューとユーシアと呼ばれた女性の会話は、確かに気心の知れた相手同士の物だった。
言葉に遠慮や緊張はなく、然れど最低限の礼儀は忘れない。
そんな慣れた言葉の交わし合いが二人の間にはあるのだ。
「そっちの人達は?」
「この人達はギルドへのお客様ですよ。本部を訪ねる前に昼食を終わらせようと思って」
「あぁ、それで来たのね。丁度良いわ、良い物出して上げる」
「ありがとうございます! それと、俺が好きなアレも」
「いつものね。はいはい、あっちの席に座ってちょっと待ってて」
ユーシアの指示した席に座り、スズカゼは周囲を見回す。
ある客は騒ぎ散らし、ある客は静かに酒を飲み、ある客は料理を掻き込み、ある客は新聞を読んでいる。
様々な客が様々な料理を食べ、酒を飲んでいる姿は、正しく活気の二文字を現しているようだ。
「さて、と。一応紹介しておきますね」
デューは椅子に座ってからそう前置きして、厨房の奥で料理を作る女性に視線を、基、兜を向ける。
その人物は台所で鍋を震うその姿がよく似合う妙齢の女性で、健康的な美しさを持っている。
藍色の長髪と深蒼の瞳は美しく艶やかで、しっかり引き締まった身体や手足と合わせて彼女の壮麗さを際立たせていた。
さらに芸術品のように美しい姿勢と本人から放たれる頼もしい雰囲気は正しく姉御と呼ぶに相応しい人物だ。
尤も、彼女がしている可愛らしい花柄のエプロン一つで姉御肌はブチ壊しなのだが。
「あの人はユーシア・ラテナーデ。この月光白兎の唯一の店員さんです」
「美人ですねぇ。体も引き締まってるし」
「あの人は元々、かなり腕利きの狙撃者だったそうですよ。今でも腕は衰えてないんだとか」
続き、デューが視線を向けたのはカウンターでグラスを磨く一人の男。
仏頂面で荘厳な顔付き。さらに漆黒の短髪が全て後ろに向けられ、眉根の皺に押し潰されそうな眼も漆黒色だ。
肉体は文字通り骨肉隆々。丸太並みに太い手足に従って着ている衣服に筋肉の筋が這う程だ。
ファナはその人物を見てベルルーク国のオートバーンを思い出したが、あの男ほど騒がしくも無ければ男色家という風にも見えない。
その理由としては、まぁ、彼の武骨な指に填められた銀の輪が理由だ。
「あの人はドルグノム・ラテナーデ。ユーシアさんの夫です」
「まさかのご夫婦!?」
「仲睦まじいご夫婦ですよ、因みにあの人も元拳闘士だそうです」
「だろうな。もう見た目からしてそうだもん」
「まぁ、見た目は怖いかも知れませんけど良い人達ですよ。具体的には本当にお金が無いときにツケてくれる所とか」
「え? デューさんでもツケ使う時とかあるんですか? ギルドでも指折りだって言うからお金もかなり持ってると思ってたんですけど」
「気付けば財布から消えてるの、お金が。そして相棒の姿も消えてるの。外出先じゃ何も食べれなくて木の実ばかり食べてたら何が毒で何が毒じゃないかとか解ってきてね。最近は副業で木の図鑑とか作ろうかなと思ってさ」
「いやいや、デュー。魚図鑑も良いぜ。木の実と違って食えないのも少ないし何より量があるからな! 王城に居座るのが気まずくなって近くの湖で魚獲ってたら釣りに来てた獣人に釣られる事とかあるけど魚は美味いぞ! 作るなら魚図鑑にしようぜ!!」
「あぁ、もうどうせなら魚と木の実の料理図鑑なんてどうです?」
「おいおい、火だけで作れる料理なんて高が知れてるだろ? 調味料なんか何処にあるんだよ!」
「海水を乾かすと塩になるじゃないですか!」
「あぁ、そりゃそうだった!」
「「はっはっはっはっは!」」
「……地雷踏みました?」
「貧乏人とは恐ろしいな」
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