兜の男との旅道中
【中央地荒野】
《獣車内》
「……はっ!」
「あ、気が付いた。デューさん、もう一回お願いします」
「いや、もう八回目だから……。そろそろ気絶させるの止めよう? ね?」
トレア海岸線のリドラ別荘より早数日。
とんでもない速度で進む獣車の中には、出してくれと叫ぶ男他三名の姿があった。
一人は包帯塗れ、一人は甲冑兜、一人は睡眠中、一人は号泣中。
ギルドから送られた獣車の使者ですら、この状況にだけは関わり合いになりたくないと切に願うほど、車内は混沌としている。
具体的には出発してから八度ほど、今現在車内で泣き喚いている男が八回も気絶させられた事とか。
「何で俺なんだよぉ!? 何で巻き込むんだよぉ!!」
「条件に合ってたんで、つい」
「つい、じゃねぇよ! もうヤダぁああああああ!!」
「喚くな、メタル。貴様などその場に居て断り切れなかったのが責任だろう。私など強制だぞ」
「お前も断れば良かったじゃん……」
「……寝ている最中に後ろから忍び寄られ、両胸を鷲掴みにされて応と言うまで離されなかった私の気持ちが、貴様に解るか?」
「あ、いえ……、すいませんでした……」
「何やってんですか、スズカゼさん……」
「揉み心地最高でしたわ」
デューが魔術大砲を放とうとするファナを死ぬ気で止め、メタルが頭を抑えて伏せたまま泣き叫び、スズカゼは暴れる度に揺れる彼女の大きな胸を凝視する。
混沌とした車内の喧騒を聞きながら、獣車の操縦者は遠く青い空に思いを馳せていた。
《洞窟内》
「じゃ、食料集めに行きましょうか」
やがて彼等の旅路は夜を迎える事となり、必然、野宿の準備に取り掛かる。
丁度、荒野の崖淵にあった洞窟を拠点としてそれぞれ巻き木や食料をかき集めるのだ。
無論、獣車の中には食料の蓄えもあるし、水もある。
ただし不慮の事態に備えてそういう物は目的地についても余っているぐらいが丁度良い、とデューは述べた。
メタルもそれに同意し、ファナも特に反対することはなく、獣車の操縦者に至っては大いに賛成したのでその意見が採用。
よって、皆で周囲から食べられそうな物を掻き集めることにしたのである。
「取り敢えずスズカゼさんはそんなに動く訳にもいかないので、メタルとファナさんで食料集めに。俺はこっちで火を起こしますね」
「その、獣車の兄ちゃんはどうするんだ?」
「あ、俺は獣車の点検とかあるッスから……」
「と言うわけで。二人とも、食料集め頑張ってきてください!」
スズカゼとデューに見送られ、メタルとファナは食料を集めるために荒野へと繰り出していった。
荒野とは言え自生している草や茸には食べられる物もあるし、獣も居る。
いざ狩りという話になってもこの二人ならば困る事は無いだろう。
スズカゼもデューもそれを確信してか、長く彼等の後ろ姿を見送る事は無かった。
やがて操縦者も獣車の点検に移り、洞窟内には包帯だらけの少女と甲冑兜の男だけが残される。
「……何か、すいませんね。私だけ何もしなくて」
「いえいえ、構いませんよ。仮にも怪我人なんですから」
「こんな傷、どうって事ないですよ? 普通に走ったり出来るし……」
一時は少しでも悪化すると致命傷になりかねない傷だった、とリドラから聞かされているデューは取り敢えず彼女の言葉を苦笑で受け止めて置いた。
熟々、この人物がギルド統括長に気に入られた理由が解ってきそうで怖い。
と言うか、この行動や性格が素である事が容易に理解出来るのでもっと怖い。
「女性はお淑やか、って幻だったのかなぁ……」
「え? 何か言いました?」
「いや? 何も言ってませんよ」
自分に近しい女性など殆ど横暴粗暴な人物ばかりだなぁ、と思い返しながら、デューは少し大きめな石を組み始める。
中心を開けた円形、解りやすく言えば現世で言うドーナッツ状に石を組み、その中心に周囲の落ち葉や枯れ木を集めていく。
彼の用意は手慣れた物で、ここまで行うのに数分と掛からなかった。
その点はギルドでも指折りの熟練者と称されている故か、それとも普段の苦労故かは解らないのだが。
「デューさん、ちょっと聞いて良いですか?」
「はい? 何でしょう」
「ギルドって、その、言い方は悪いけど荒くれ者とかが集まるんですよね? でもデューさんはそんな風に見えないし、むしろ紳士的というか……」
「あぁ、ギルドは確かに荒くれ者は集まりやすいですね。各国から弾かれた人達が入る事もありますし。でも、それだけじゃないんですよ。何者にも囚われず、国という規律もなく人という束縛もない自由で不幸な世界。そんな世界を望む人間も居るんです」
「自由で、不幸な世界……」
「自由は必ずしも幸福とは限らない。時には縛り付ける鎖こそが幸せの証となる事もあるんですよ」
「……デューさんは、その鎖を望んだから、自由で不幸な世界を望んだからギルドに入ったんですか?」
「いや、私は面白そうだし気分で入りました」
「台無しだよチクショウ!!」
「だってそうでしょう? 幾ら格好いいこと言っても誰もかもが劇的な人生を送ってる訳じゃないんですから。誰もが英雄譚を経験してしまったら、それは最早ただの常識ですよ。まぁ、異常だから英雄譚だ、なんて……、そんな悲しい事を言うつもりもありませんけれど」
彼は苦笑染みた調子でそう述べながら、手元から小さな宝石を取り出した。
紅色のそれは嘗てスズカゼが見た事のある火炎の魔法石だ。
とは言え、そのサイズは嘗て見た物より幾分か小さく、本当に小さな火種にしかならない程度の物だった。
「何はともあれ、異端なんてろくなモンじゃない。人生、平々凡々ぐらいが丁度良い、って事ですよ」
「……その点については同意します。平々凡々こそベスト。胸も平々凡々がベストですよね!」
「いや、それは底辺……」
「え?」
「あ、いや冗談です。冗談ですって。止めて刀を構えないで!! ちょ、スズカゼさん!? 目が笑ってない!! ちょっと、冗談ですって待って待って待ってこの距離は洒落にならないやぁああああああああああああああ!!!」
そこから数百メートルほど離れた場所で、メタルはふと後ろを振り向いた。
彼は、あの馬鹿地雷踏んだなぁ、と考えながら。
何気なく伸ばした腕がファナの胸に触れ、魔術大砲をぶっ放されていた。
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