訪問者の持ちし手紙
「なぁ、俺ここ数十分の記憶がないんだけど」
「気のせいだ、メタル。紅茶でも飲め」
「お、おう。ありがと」
彼が上手い具合にゼルによって騙されている頃。
スズカゼは卵を抱えてメタルが落ち着くのを待っていた。
事実、彼がゼルによって殴り飛ばされて数十分が経過しているのだが……、まぁ、この様子なら騙せそうだ。
「で、何の用件なんですか? メタルさん」
「あぁ、そうだった。いやな? お前に人が尋ねて来てんの」
「私に? メイドさんかな」
「いや、メイドはウチの世話があるから来ないだろ。知らせ事か届け物にしても獣車陸送を活用するはずだ」
「じゃあ、いったい誰が……?」
自分を訪ねてくる人間など他に思い当たりもしない。
強いて言うなればバルドさんとか、第三街の誰かとか。
他は……、特に居ないし……。
「あ、俺です」
と、悩む彼女の前にすんなり姿を現すその男性。
スズカゼはメタルの隣を通り抜けてきた彼を見て静止した。
一秒、十秒、三十秒と過ぎて、漸く掌と拳をぽんと合わせる。
「デューさん!」
「忘れてませんでした? 今、俺のこと忘れてませんでした?」
「いやいや、アレですよね。ギルドに所属する[敬礼]のデュ・ラタイさん」
「[冥霊]のデュー・ラハンです! そんな全裸でお辞儀みたいな名前じゃないんですけど!?」
「いや覚えてますよ、覚えてますって。最近、影が薄すぎてそう言やそんな人居たなぁって感じで思い出すのに三十秒ぐらい掛かりましたけど覚えてますって」
「忘れてるじゃないですかぁあああああああああ!!」
ぎゃあぎゃあと言い合う二人を前に、ゼルとリドラ、そしてサラとメタル。
彼等はただ呆然とするだけだったが、その中で一人、ゼルが小さく呟いた。
「……俺達、いつまでこの漫才を見続けりゃ良いんだ?」
「いや、知らん」
「で、デュー・ラハン」
取り敢えず場を一端落ち着かせ。
ゼルは皆を椅子に座らせてから話題を再開させていた。
勿論、その中心は客人であり突然の訪問者であるデュー・ラハンだ。
姿形はいつもと変わらない頭だけ甲冑という特徴的な物で、それが空間の異様さを一層醸し出させている。
尤も、全身包帯だらけの少女に片腕義手の騎士、猫背白衣の男にお嬢様風の女性、オマケにボロ布を纏ったホームレス男まで居れば甲冑頭の一つや二つで場の異様さは変わらないと思うが。
「用件は何だ? 遠路遙々、サウズ王国からここまで来たのには理由があるんだろう」
「当然です! いや、その理由というのがですね」
彼が懐から取り出し、机の上に置いたのは一通の手紙だった。
真っ白な外装に黄金の刻印。見た目だけで言えばまるで王族からの手紙のようだ。
いや、事実、それはかなり位の高い者からの手紙なのだろう。
手紙に施された刻印を見るなりスズカゼ以外、全員の顔付きが変わったからだ。
「これは、本物か?」
「勿論! まだ未開封ですよ。あぁ、メイアウス女王には知らせてますのでご心配なく」
「どうせ許可出したんだろな、メイアの事だから……。てかマジかよ、これ」
「だからマジです、って。ギルド統括長ヴォルグよりサウズ王国第三街領主スズカゼ・クレハ伯爵へ正式に手紙を送ったんです。私も今回はギルドの人間として仕事しましたよ。運び屋みたいなモンですけどね」
「直々にギルドでも指折りの人間使うとは豪華ですわねぇ……」
「いや、ほら。一般的な業者に任せると強奪されたりしたら怖いじゃないですか。俺ならその心配も無いし。最近は海賊騒ぎとかありましたしねぇ」
「は、ははは。そうだな……」
引き攣った顔のゼルにデューは首を傾げるが、リドラは彼を空かさずフォローする。
一度の咳払いでデューの視線を自身に持って来させ、話を切り出した。
「解らない事が三つある。まず一つ、何故スズカゼに出したのか? 次に一つ、用件は何なのか。最後に一つ、理由は何なのか?」
「それについては手紙をご覧に、としか。俺にも内容は解らないんですよ。今回は本当に手紙の運送だけを頼まれましたし」
「運送だけに貴様ほどの人物を使うとは考えにくいが……」
「そうは言われましてもねぇ」
リドラとデューは頭を抱えて次の言葉に悩む。
信用どうこう以前に、そもそもギルド統括長からスズカゼに手紙が送られてくること事態が不自然なのだ。
ギルドは言うまでもなく世界的組織であり、統括長とは実質的にそのトップである。
地位的に言えば四大国と遜色ないほど高い位置に存在する人間が、休暇中の、一国の伯爵に何の手紙を送ってくると言うのか。
これ程の手紙になれば迂闊に開けてほいほいと中身を確認する訳にもいかない。
その内容一つで国が動いてもおかしくないからである。
極端な話、手紙を開ける前にある程度の予想をーーー……。
「いや、面倒なんで開けますけどね」
「「「おまぁああああああああああああああああああ!?」」」
「もー、知りませんよ、思惑がどうとか! 開ければ済む話じゃないですか」
「もうヤダこの小娘! お前は警戒っつー言葉を知らんのか!!」
「華潤し乙女ですもん。警戒ぐらいしてますよ」
「お前を襲う悪趣味な奴は居ねェんじゃないかなぽぇらぁっっ!?」
「メタルーーーーーッッ!!」
少女の拳をもろに喰らって再び気絶するメタル。
彼の名を叫ぶゼルの隣では、既にスズカゼが手紙の外装をびりびりに破り裂いていた。
中から出て来た高級紙の便箋には用件が簡潔に記されている。
少女はそれを一瞬だけ眺めて皆に見えるよう机に置いた。
皆がそれを覗き込み、その内容を目にする。
たった二文字で[来い]と書かれたその手紙の内容を。
「簡潔ですわねぇ……」
「いや、簡潔過ぎだろ」
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