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獣人の姫  作者: MTL2
 
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閑話[とある少女の人捜し]

【サウズ王国】

《第三街南部・空き地》


「…………」


獣人の少女が周囲を見渡しても、その空き地には誰も居なかった。

つい先日まではある女性がここに居たはずなのに。

その痕跡すらも夢のように消え失せて、空き地は本当に空き地になっていた。


「……お姉ちゃん」



《第三街南東部・裏路地》


「む?」


裏路地を見回っていた、黒豹の獣人。

彼の視界に映るのは裏路地のゴミ箱を覗き込む少女の姿だった。

一体何をやっているんだ、と困惑混じりに少女をゴミ箱から引っこ抜く獣人。

少女は驚いたように周囲を見渡したが、その獣人の姿を見つけて安堵したようにため息をついた。


「あ、こ、こ、こんにちは」


「……あぁ、こんにちは。何をしてるんだ? こんな所で」


「お、お姉ちゃん……、お礼言いたくて……」


「あぁ、なるほど。……どうだかな。奴が何処に居るかは解らない。だが、確か今朝は第二街の方に行くと言っていたような……」


「あ、ありがとうございます……」


黒豹の獣人が少女を下ろすと同時に、彼女は一礼してまた日の元へと駆けていった。

元気に駆けていく少女の後ろ姿を見て、黒豹の獣人は大きくため息をつきながらも、何処か嬉しそうに口端を緩めていた。



《第二街東部・東門》


「あっ」


カードの審査を終え、急いで走っていた少女は壁に衝突してしまう。

尤も、その壁は非常に柔らかく、まるで羽毛のような感触だったのだが。


「大丈夫ですか?」


少女の当たった壁はゆっくりと腰を屈めて、少女と同位置に視線を落とす。

両手に羽を持つ鳥の獣人である彼女に見つめられて、少女は思わず顔を赤らめてしまう。

同じ女である自分が思うのも何だが、彼女は非常に美人だ。

だからこそ真正面から見つめられると照れてしまう。


「だ、大丈夫です……」


「あぁ、良かった。前を見ずに走ると危ないですよ?」


「は、はい……」


鳥の獣人である女性は少女の頭を撫で、それではと微笑んでから再び歩き去って行く。

その手には多くの紙束があった事から、何処かに運んでいるのかも知れない。

それ以上引き留めるのは悪いと少女ながらに思ったのか、彼女は女性に後ろ姿に一礼し、再び走り出していた。



《第二街東部・住宅街》


「あっ……」


少女は住宅街を歩く、一人の男を目撃した。

L字が如く曲がった背筋と紺藍の髪が特徴的なその男の姿を。

彼はのそのそと歩きながら、やがて人混みの中に紛れていく。

その姿を見た少女は思わず駆けだし、男の後ろ姿を追っていた。


「わふっ!」


しかし、そんな彼女を思わぬ壁が阻む。

先程のように、柔らかい壁ではない。

本物の壁よりも柔らかいが、先程よりも遙かに堅い。

少女は激突した鼻先を抑えながら、よろよろと後退って、そのまま地面にぺたりと腰を突いた。


「おー、すまんな。大丈夫か?」


先程の鳥の獣人のように、ほぼ同じ言葉を掛けてくる男性。

けれど、その男性の容姿は獣人のそれではない。

灰黒の髪と血のように紅黒い瞳、獣のように尖った牙。

そして鋼のように堅い体。


「元気が良いのは結構なんだが、走ってると危ねぇぜ? 俺に当たったみたいにな」


「あっ……ご、ごめんなさい」


母親に聞いた事がある。

第二街の住人には酷く獣人を嫌っている人が居ると。

もし、この人がそれならば……、謝っても許されるかどうか。


「ん、じゃーな」


男は陽気に、そして軽快に手を振りながら過ぎ去っていく。

少女は余りの呆気なさに気を取られていたが、やがて思い出したように再び走り出す。

だが、もう既に猫背の男性の姿は住宅街から消えていた。



《第二街西部・廃墟街》


「やはり、ここか」


「お前か」


猫背と紺藍の長髪が特徴的な男性は、西部にある廃墟街へと来ていた。

第三街と第二街の境界となる壁の建設に使用されていた街。

既に使用済みとなって解体を待つその場所に彼等は居た。


「生きていて何よりだ、覗き魔君」


「態と言ってるだろテメェ……!!」


「いやいや、目の前から魔術大砲を撃たれて生きているのは中々だと思うがね」


「俺の義手が焦げましたけどねぇ!!」


猫背と紺藍の長髪が特徴的な男とは別に、その男は居た。

緑髪で深緑の瞳を持ち、そして鉄の義手を有す彼。

その男の義手は一部焦げており、変色してしまっている。

と言うのもある少女に覗き魔疑いを掛けられて魔術大砲を至近距離から放たれた為なのだが。


「……まぁ、その内、疑いも晴れるさ」


「うん、女性陣には腐ったゴミを見るかのような視線を向けられましたけどね」


「……楽しめ?」


「絶対に変な方向に目覚めるので嫌です。しかも疑問系かテメェ」


「人間の適応力は賛美すべき資質だと私は思うぞ、覗き魔君」


「喧嘩売ってんのかテメェエエエエエエエエエエエエエッッッ!!!」



《第二街東部・旧ゼル邸宅》


「……何か聞こえませんでした?」


「え? 何か聞こえましたか?」


「覗き魔の絶叫的な何か……」


「か、かなりピンポイントですね……」


一方、こちらは旧ゼル邸宅。

何もなくなったその邸宅のベランダにはある少女と女性の姿があった。

もう昼時となり、早い家庭では昼食を取っている頃だろう。

だが、その少女と女性の前には昼食ではなく、一杯の紅茶があった。


「いやぁ、まさかこんな良い茶葉があるなんて知りませんでしたよ。あの人が隠してたんですか?」


「えぇ、はい。男爵に隠すよう言われていたんですけど、覗き魔風情の言う事を聞く必要も無いかな、と思いまして」


「……貴女も結構言いますね」


「女の敵ですから」


非常に良い笑顔で微笑む女性。

少女はそんな彼女の淹れた紅茶を飲みながら、戸惑い気味の苦笑を漏らしていた。


「あれ?」


不意に少女の目に映る獣人。

彼女は周囲をきょろきょろと見回していたが、やがて少女の姿を見つけると、控えめに手を振ってきた。


「あの子……」


「今回の件で被害を受けた獣人の子供でしたか。何か呼んでるように見えますけれど……」


「私、行ってます!」


少女は女性が止めるのも聞かずに、そのまま外へと飛び出していった。

後ろで何かを叫んでいたのだが、それが少女の耳に入ることはなく。

彼女はそのまま、獣人の少女の元へと走っていった。


「どうしたのー?」


「あ、お、お姫様……」


「……流行ってるの?」


「何がですか……?」


「天然か……。いやまぁ、良いんだけども……」


「あ、あの、あの人は……?」


「……あぁ、彼女? さっきまで居たんだけど、覗き魔野郎のせいで何処かに行っちゃって」


「ノゾキマ?」


「女の敵だよ。大きけりゃ良いってモンやあらへんのやで女はァ」


「え、あ、はい……」


「うん、ともかくあの人が何処に行っちゃったかは私達も知らないんだ。ごめんね」


「……いえ、ありがとうございました」


獣人の少女は何処か悲しそうに肩をすくめ、トボトボと歩き去って行く。

姫と呼ばれた少女は何処か申し訳なさそうな気持ちになりながらも、その後ろ姿を見送る事しか出来なかった。


「……そう気を落とさないでください。あの人は急に飛び出て行ってしまいましたから」


「はい……、ありがとうございます。…………あの、その手に持ってる空の容器は?」


「え? だってさっき、飲まないんですか、って聞いても何も答えなかったので……」


「……オイシカッタ?」


「美味でした!」


「ちくしょぉおおおおおおおおおおおおおおおおォォーーーー!!!」



《第二街西部・朝市広場》


「……あっ」


気付けば、少女はいつの間にか朝市広場に来ていた。

強奪者の一件があって、少女の言う[あの人]が助けてくれた場所。

だが、時はもう太陽が天に昇りきった頃だ。

朝市もほぼ終わりかけで、多くの店々は撤退し始めている。

どうしてここに来たのか、それもこんな時間に。

少女自身もそれを理解する事は出来なかったが、いつの間にか来てしまっていたのだ。


「お姉ちゃん……」


そして、少女はその行動が正解だった事を知る。

朝市の食事コーナーの端に、目当ての人物の姿はあった。

運命的な何かを感じて心を弾ませる少女だったが、それに反して目当ての人物は意気消沈と言った風に机に顔を突っ伏している。

まぁ、彼女の隣に置かれた香ばしい薫りを放つ二つの皿と一杯の空杯を見れば何があったか大抵の予想は付くのだが。


「……どうして獣人風情が」


と、彼女が言い終わるよりも前に、獣人の少女は自信満々にカードを提示して見せた。

尤も、その後すぐに前の件を思い出した為、急いで懐に仕舞ったのだが。


「何をしに来た?」


「あ、あの! お姉ちゃんにお礼言いたくて……」


「礼?」


「あ、あの」


少女は大きく、精一杯背を伸ばして息を吸い込んだ。

背中を仰け反らせる程に、大きく、大きく、大きく。


「ありがとうごじゃびまっっ!!」


「……ごじゃびま?」


「……ございました」


普段、大声を出さない人が大声を出すと噛む。

これは割と良くある話です。


「~~~~~っ!」


少女は、それこそ風呂で茹で上がったかのように顔を赤く染め上げる。

周囲の通行人や店じまいをしてた人はクスクスと小さく笑い、当のお礼を言われた女性はただ無表情に、まるで人形のように固まっていた。


「……獣人」


「ひゃ、ひゃい!!」


「………………して」


「え?」


「何でも無い」


彼女はそう言い残して席を立ち、そそくさと何処かへ行ってしまった。

取り残された少女は暫しの間、放心状態に陥いる事となる。

その理由は女性の態度ではない。

彼女が呟いた、その言葉が余りに意外すぎたからだ。


「……ふんっ」


鼻を鳴らす女性は、何処か不機嫌そうに眉根を寄せている。

だが、心なしか彼女の両頬は微かに紅色を帯びていた。



読んでいただきありがとうございました

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