卵の活性化
【リドラ別荘】
「何か忘れている気がする」
不機嫌そうに眉根を顰めた、全身包帯だらけの少女。
リドラ達の治療と少しの療養の甲斐もあって、彼女は自分で立ってはしゃぎ回れるだけの体力を取り戻していた。
だと言うのに普段の彼女らしからぬこの落ち込み様だ。
理由としては彼女が言っている通り、何か忘れている気がする、という事らしい。
何か、とても重要な事を忘れてるような気がする。
現世の頃のストーブ消し忘れだとか鍵の閉め忘れだとか、あの程度ではなく。
何か、もっと重要な……。
「あ、スズカゼ殿」
と、そんな悩む彼女にデイジーが声を掛ける。
机にうだーっと手を伸ばす彼女は横目に何ですか、と声を返した。
デイジーは暫く言おうか言うまいか悩んだようだが、遂に意を決してそれを言った。
「本日は卵を持っていらっしゃらないのですか?」
「それだぁああああああああああああああああ!!」
びくりと跳ね上がったデイジーなど知った事ではないと言わんばかりに、スズカゼは全力疾走で掛けだしていた。
途中、全力疾走する自分に驚いたハドリーとジェイドに遭遇したが、それも無視。
続きメタルが自分を見つけて声を掛けてきたが無視。
さらに続いて日向ぼっこよろしく縁側で眠るファナを見つけたが、取り敢えず胸の大きさを確認して走り出した。
やがて彼女が到着したのは研究室で何かを弄くっている為か、いつも通りの白衣と猫背に眼鏡まで加わったリドラと、その隣でお茶を飲みながら何かを喋っているゼル、そして彼等にお茶を持ってきたらしいサラの居る場所だった。
「ウェア、マイ、タマ、ゴゥッ!!」
「落ち着けスズカゼ。何を言っているか解らない」
「私の卵何処ですか! 完全に忘れてた!!」
「だろうな。ここにあるぞ」
リドラがそう述べた瞬間、サラの視界からスズカゼの姿は消えていた。
気付けば彼女はリドラの前にある木机にへばり付いており、彼の弄くっている卵を凝視している。
まぁ、弄くるとは言っても眼鏡を通して観察したり布で拭いたりしている程度だ。
流石に解剖などしていないのを見て安心したのか、スズカゼは頭を上げる。
「……取り敢えず色々聞きたいんですけど、何してるんですか?」
「見ての通り卵の観察だ」
「何で……?」
「それには順序を追って説明しなければならないな。そうだな……、何処から言い始めた物か」
卵を置いて眼鏡を外し、リドラは椅子へと座り直した。
スズカゼもサラに促されて彼と向かい合って座り、話を聞く体勢となる。
具体的には足を揃え両手を膝の上に置く体勢だ。
「スズカゼ、お前はシルカード国に卵を持っていったな?」
「は、はい」
「その後はどうしたか覚えてるか?」
「そう言えば荷物は置きっぱなしでしたね……。着替えぐらいしか使ってないです」
「だろうな。で、お前が泊まっていた三階のミルキー女王私室なんだがな、ゼルの一撃で半分吹っ飛んだそうだ」
「あぁ、そう言えばそうでしたね。まぁ、荷物も無事でしたし……」
「さらに言えば、だ。何処かの誰かがゼルの一撃よりも前に凄まじい震動を起こしたせいで鞄が散乱し、中身が飛び出たそうだ」
「えっ、初耳なんですけど」
「私が直したからな。で、その飛び出した中身に卵があった」
「……まさか」
「その通り。卵はゼルの[輝鉄の剣王]をもろに受けた」
「おい待てスズカゼ何で俺に拳を向ける止めろオイ」
「まぁ、話は最後まで聞け」
リドラにそう言われてスズカゼは渋々椅子に座り直す。
尤も、全身包帯だらけの少女が男一人を殴って大した被害は無いだろうが。
少女は再び現世で言う面接試験のような体勢となり、リドラの話に耳を傾ける。
「見ての通り卵は割れていない。いや、むしろ活性化している程だ」
「活性化……?」
「卵の中身は既に形作られている、という事だ。……驚くべき成果と言っても良い。卵の殻を喰ったり内部の卵白を喰う生物は居るが、外部より魔力を喰らう生物など見た事がない」
「え、と……。つまりゼルさんの借金背負ってんねんでを喰らって……」
「[輝鉄の剣王]な!? そんな切羽詰まった状態みたいに言うなよォ!!」
「話が進みませんわね」
「案ずるな、サラ。いつもの事だ」
「ですわよねぇ……」
リドラは咳払いで静寂を取り戻し、再び話を再開させる。
彼が言うには卵の中で、生まれてくる生物の[雛形]は殆ど出来ていると言うのだ。
だが、リドラですらその原型を見た事がなく何の生物かは解らない、とのこと。
大量の餌を喰った事により生まれるまで間もないが、流石に早々には生まれないこと。
だからスズカゼは暫く大人しく卵を見張っておくこと。
以上の三点を述べた。
「最近、トレア王国のこともあったしシルカード国のこともあっただろう? 働き過ぎだ。これを機に休むと良い」
「働きに行き過ぎと言った方が正しいと思います、リドラせんせー」
「その意見を却下します、ゼル君」
「何でだ! 両方ともコイツが首突っ込みの結果だぞ!!」
「結果として一国の悪事を暴き一国を救って居るのだ。否定する部分が何処にある」
「いや、そりゃそうだが……」
「何にせよ働き過ぎなのは事実。少なくともその傷が癒えるまでは強制休暇だ。解ったな?」
「……ま、そうだな。お前は暫く面倒事に巻き込まれに行かずに大人しくしてろ」
彼等の警告に、少女は仕方ないですかねぇと両肩を落とす。
まぁ、確かに最近は動き回り過ぎていたのは事実だ。
偶には家でのんべんだらりと過ごすのも悪くないかも知れない。
朝は軽く運動し昼は書物を読んだり卵を眺めたりして夜は海に釣りに行く。
晴耕雨読と……、は少し違うが、こんなのんびりした生活も良いだろう。
そうだ、偶にはのんびりするのも良い事では……。
「おー、ここに居た! さっき呼んだのによぉ」
「あれ? メタルさん。どうしたんですか」
「いやさぁ、スズカゼを尋ねて」
彼が言い終わるよりも前にゼルの拳が顔面に、リドラの腕が首へとめり込む。
メタルは凄まじい速度で扉の外に吹っ飛ばされ、壁面に叩き付けられると同時にサラが扉を閉めた。
「何も聞かなかった。良いな?」
「いや、そこまでして防がんでも……」
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