閑話[そして彼女は殴られる]
【シルカード国】
《王城・二階》
夜遅く、突きも寝静まる深夜。
ゼルはこの王城にある使用人室で睡眠を行っていた。
左右の隣室にはジェイドとリドラも居るし、一つ上の階にはスズカゼとファナ、そしてミルキーが居る。
流石に男共は別室だが、女性陣は皆同室だ。
睡眠に着く数十分前までは所謂ガールズトークに花を咲かせていたらしい。
小うるさくて中々眠れなかったが、まぁ、戦場の騒音よりはマシだろうと思うと難なく眠る事が出来た。
小さな窓から見える星と月はゼルの寝顔を照らしており、夜鳥が鳴き声を上げている。
眠るにはお誂え向きな素晴らしい夜だ。
だからこそ、ゼルも普段よりは深めの眠りについていた。
「……ん?」
ふと、彼は目を覚ます。
寒い。とは言っても微かに鳥肌が立つ程度だ。
それに心なしか胸元が冷たいしベッドが揺れているような気もする。
布団を蹴り飛ばしてしまったか? 或いは地震か?
いや、どれにしてもこのまま眠り続けるのは不可能だ。
体を起こして状況を確認せねばーーー……。
「むっ……」
重い。体が果てしなく重い。
鎖で縛り付けられていると言うよりは重石を乗せられているかのような感触だ。
……まさか、敵襲か? 気付かなかった、と?
不覚だ。この胸元の冷たい感触は恐らく刃!
馬鹿な、こんな所でーーー……!
「ゼ、ルっ、さ、ま……」
この声はミルキー様か?
まさか、人質に? 声からしてかなり切迫しているらしい。
馬鹿な。いや、馬鹿は俺だ。
この状況で彼女を人質に取られるなど……!!
「ミルキー様……!」
目覚めの朦朧とした意識でゼルは身体を無理やり起こした。
それでも体は起き上がりきることはなく、ほぼ頭を上げただけの状態となる。
視界は未だ冴えず、ぼんやりと景色が浮かぶだけ。
「ッ……!」
腕は動く。と言うことはやはり重りを置かれたという事だ。
一刻も早くこれを退けて彼女を救出しなければーーー……!
「ミルキー様!」
ゼルは自分の上に乗る重りを義手で掴むと同時に朦朧とした意識を覚醒させた。
視界全てを暗室に慣らすまでそう時間は掛からず、彼は自らを抑えていた重りの姿を刮目することになる。
そう、はだけた自分の胸元に体を擦り付ける半裸のミルキーの姿を。
「ゼル様ぁ……、ゼル様ぁ……!」
「……何やってんですかミルキー様」
少女は艶めかしく頬を紅潮させながら、下着越しに身体をゼルへと擦り付けている。
それは獣のマーキング行為に等しく、ミルキー本人もゼルの言葉など聞こえていないようだった。
彼女はただひたすら求めるようにゼルの逞しい胸板に貧相な胸を擦り付け、悦に浸っている。
「ミルキー様、ちょっと」
「ふぇ?」
「何してるんですか」
「え? あ、ぁ……。ああああああああああああああ!!」
漸くゼルが起きたと気付いた彼女は顔を燃え上がったように真っ赤にして飛び跳ねる。
自らが紅潮している事を理解してか、両頬を小さな掌で必死に抑えているが、初心な少女が恥じらいを見せているようにしか見えない。
当の本人であるゼルは落ち着いているというのに、未だ彼の胸板の上に騎乗が如く乗った少女は言葉にならない言葉で弁解を始めていた。
「ここ、これは違くてでひゅね! きせー、きせーじじゅつがでしゅね!!」
「落ち着いてください、ミルキー様。キセイジジツがどうしたんですって? ……既成事実?」
「こ、こうやっていっぱい抱き付いたんだからキセイジジツも充分なはずでしてね! 明日にはきっと子供がおぎゃーってですね!!」
……何を言っているかは大抵解った。その知識の残念さは別として。
まぁ、考えてもみればそういう事を学ぶ暇も、理由も無かったのだろう。
一国の姫だ。蝶よ花よと育てられていてもおかしくないし、例の一件もある。
そういう事柄を知らないのは仕方ない。そう、仕方ない。
……仕方ないが、ならば何故、こんな行動に及んだ?
この慌て様から見ても男の肌すら見た事がない生娘のはず。
そんな知識があるはずはないし、夜這いなど思いつくはずもない。
「ミルキー様、ちょ」
「ちゅー!? ちゅーでひゅか!? そ、そんな! 双子どころか三つ子ができまひゅ!!」
「いや、そうじゃなくて。誰からこんな事を教わったんです?」
「す、すずかぜせんせーでしゅっ」
ゼルはその言葉を聞くなり満面の笑みを浮かべてミルキーの頭を撫でた。
彼女は思わず、仔猫のように背を丸めて目を瞑る。
可愛らしいその仕草をゼルが最後まで見届けることは無く。
彼は義手と素手の両方を鳴らし、満面の笑みを保ったまま見事な青筋を浮かべて三階へと上っていった。
その後、凄まじく鈍い音がシルカード国に響く事になるのだが、これは、まぁ、別のお話である。
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