鎖が解けて
《王城・広間》
「……片腕粉砕、肋骨が三つ、内臓が一つだな」
全身を包帯塗れにしてベッドに横たわる少女。
彼女の脇腹に指を這わせながら、猫背の男はそう述べた。
少女はそれを聞くなり酷く苦々しそうに眉根を顰めたが、男の状態を見ると何も言えなかった。
何故なら男も同様に、頭と腹に包帯を巻いているのだから。
「命に別状は無い。奇跡的だ、全く持って」
「……頑丈さと胸の大きさだけが取り柄なんで」
「軽口が叩けるならば問題はあるまい」
医療道具を片付けながら、彼、リドラは白衣を着直す。
自身も決して軽い状態ではないというのに、そんな様子は毛ほども見せず。
次はファナだな、と付け足して別のベッドへと向かって行った。
「……はぁ」
スズカゼは真っ白な毛布を被りながら、外へ視線を向ける。
窓越しではなく、直に見える空へ思いを馳せる。
城壁半分が吹っ飛んだ広間で、彼女は空を瞳に映す。
「…………」
結果的に言えば、こちら側の犠牲者は誰も居なかった。
向こう側の、ウェーン側の犠牲者は多々居た。しかし、その中に彼自身の名はない。
ゼルとウェーンの戦いが生んだのは王城の半壊と新たに観光名所となりそうな二つの斬撃痕。
そして、一人も死人が出なかったという奇異な事実。
「無事か、姫」
「あっ」
と、彼女の見詰める空に食い込んでくる黒。
それは夜に備え風が通らないように、と簡単な補修を行っている獣人だった。
頭に荒布で鉢巻きを巻いている姿は何処か似合っている風にも見える。
「ぶふっ……、無事ですよ、ジェイドさん」
「今笑ったか?」
「笑ってないです」
「……なら良いが」
「と言うか、もう動いて大丈夫なんですか? ジェイドさんも戦ってたんじゃ」
「骨の一本や二本など掠り傷の範疇だ」
「うわぁ、流石……。そう言えばゼルさんとミルキー様は? 見えませんけど」
「二人は三階で話を、な。見合い相手同士ではなく、一国の王として、一国の騎士団長として」
「……そうでしたか」
先の戦闘で町に出た被害はゼロだった。
それは最早、彼等が事前に避難していた事が功を奏したと言う他ない。
だが、王城は先述の通りそうはいかなかった。
ゼルとウェーンの戦いが刻んだ王城への被害は余りに大きかった、という事だろう。
無論、それを放置して話を進める事など出来るはずがない。
一国の王として、一国の騎士団長として、すべき話もある。
「姫は暫く療養するんだな。もし新たに襲撃があったとしても俺がどうにかしよう」
「すいません、こんな状態で」
「あの[蛇鎖の貴公子]相手に生きて居たのだ。上等だろう」
「ウェーン、でしたか。あの人ってそんなに?」
「四国大戦を生き抜いた男だからな。実力はゼルやバルドに相当するはずだ」
四天災者から逃げた自分とは違ってな、と彼が付け足した言葉をスズカゼが耳に入れる事はない。
ジェイドは彼女が気難しそうに眉根を寄せたのを確認してから、再び補修作業へと戻って行く。
そんな彼の後ろ姿を見送ったのはスズカゼだけでなく、もう一人居た。
「……ふん」
「動くな、ファナ。また傷を増やしたいのか」
リドラの警告に対してファナは舌打ちを返す。
彼女もウェーンと戦闘を行った事もあり、決して軽い状態ではない。
具体的には骨盤に亀裂と内臓二つが破損している。
流石にスズカゼほど酷くはないが、それでも相当な物だ。
四肢から腹部に掛けて包帯を巻き付けているその様からしても、傷の酷さが覗える。
「こんな傷など、魔力を循環させていれば直ぐに治る」
「その[直ぐ]まで時間が掛かるから手当をしているんだろう」
次は言い返すことが出来ず、彼女は再び舌打ちした。
そんなじゃじゃ馬の手当を行いながら、リドラはため息をつく。
もう少し素直にはなれないのか、と。
《王城・三階》
「……申し訳ない。王城を半壊させてしまって」
「いえ、皆様がご無事だったのが何よりです」
空が見える三階で、ゼルとミルキーは向かい合って座っていた。
額と両腕に包帯を巻き、軽甲を外している姿は町行く青年にも見える。
だが、その眼光は常人が持ち得ない物である事は確かだ。
「この事についてはサウズ王国より補償を出させていただきます。私個人からも、お気持ちばかりは」
「ありがとうございます。お気遣いいただき感謝の極みでございます」
ミルキーは頭を下げ、ゼルも呼応するが如く一礼を行う。
酷く儀礼張った空気に居心地悪さを感じながら、彼女は頬を撫でる生暖かい風に思いを寄せていた。
もう充分なほどに今回の一件に対する後始末は話し合った。
ならば次に自分がすべき事は、確認すべき事は一つだ。
「……ウェーン・ハンシェルは」
ゼルの切り出した言葉に、彼女は指先を震わせる。
聞き覚えのある、懐かしい名前。そして、今回の一件を引き起こした首謀者の名前。
目を逸らしてはいけない、この名前。
「恐らく生き延びたでしょう。彼はギルドから人員を傭っていました。私はその人員と戦闘中に巨大な魔力の揺らぎを感知し、相手を無視して王城へと走った。相手がそれを追って来なかったのは取引が成立したという証でしょう」
「……どういう、事ですか」
「相手からすれば雇い主を死なせるのは最悪の選択肢です。何せ雇い料が支払われませんからね。ですから、私が王城へ向かったのを追って来なかったのは雇い主を案じての事です」
「それは、つまり」
「私とウェーンの撃ち合いの後、彼が姿を消したのはそういう事です。恐らく傭ったギルドの人員に保護されているでしょう」
「そう、ですか」
「あるのは安堵ですか? それとも危機感?」
「っ……!」
「話は聞いています。私の友人には少し頭の回る、調べ物好きな奴が居ましてね」
「怨み、ますか? 貴方達は私の家族と、元の国との問題に巻き込まれてーーー……」
「案ぜずとも巻き込まれるのは……。いえ、巻き込まれに行くのはいつもの事です。ただ、私が思っているのはあの男が次はいつこの国を襲うか、という事だ」
「……解りません」
「でしょうな。貴女に予想しろというのは無理がある。……ただ、少なくとも数ヶ月は無事で済むはずです。奴も片腕を失い、全身に傷を負っている」
「…………ゼルさん」
「何です?」
「私は……、死ぬべきでしょうか?」
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