紅蓮と蛇
「……どうなっているんですかね」
男の持つ鉄塊は紅蓮の刃に跳ね上げられ、重圧な鎧に漆黒の痕を刻まれる。
既に数回に渉るこの刃の交わりを持って、ウェーンは確信していた。
ただ刃を防ぐだけでは彼女の斬撃は抑えきれない。
その、刃から放たれる紅蓮を封じなければならない、と。
「胴ォッッッッッッッッッ!!」
ウェーンの重圧な鎧に亀裂が走るも、斬撃は心身まで及ばない。
いや、そもそも鎧自体が貫通していないのだ。
紅蓮により焼かれてこそいるが、その鉄塊は斬撃痕以外、物ともしていない。
「……ッ」
彼女の武器は太刀、恐らくは魔具。
そもそも太刀とはこちらの大剣とは威力は違うが、速度が桁違いだ。
だが、それはあくまで太刀での話だ。魔具と太刀は形状こそ似ていても根本的に違う。
ただの鉄で作られた太刀と魔力で創られた太刀では概念が異なるのだ。
と、なれば大剣との威力差も先の仮定のようにはいかない。
威力差は未定であり、速度は圧倒的に負けている。
ならばこの状況が不利であると判断するには充分過ぎる素材だ。
「さてさて」
言葉の調子に緊張感はなくとも、ウェーンの頬端には汗が伝っていた。
彼女の一撃一撃を捌く度に大剣が削られ鎧が穿たれ、斬られていく。
ただの斬撃ではない。魔力によって構成された炎が斬撃力を底上げしているのだ。
「相性が悪すぎますね、これ」
耐えることは出来る。だが、勝つことは出来ない。
相手が魔具だけの小娘なら勝つことも出来ただろう。
だが、この本人の技量は何だ? 見た事も無い剣術だ。
技と力。強敵たる条件まで揃ってしまった。
しかも、自分に対する相性は最悪という形で。
「と、なれば」
真正面から戦う理由はない。
目的を達成すればそれで良い。目標を達成すれば問題ない。
全てを終わらせれば、良いだけの話。
「せめて、苦しまずに殺してあげたかったのですがーーー……」
戦闘中にも関わらず、ウェーンはスズカゼに背を向けた。
いや、正しくは半身を翻したのである。
スズカゼとの斬撃を交合わせながら、弾くと同時に半身をミルキーへと向けたのだ。
「仕方ありませんね。さようなら」
直線的に振り下ろされる斬撃は、ほんの少し伸びた少女の命を刈り取る。
否、刈り取ろうとして、即座に外へと放り出された。
「えっ」
簡潔に言えば。
振り下ろされた大剣を防ぎきれないと判断したスズカゼが、彼に突撃して外へと突き落としたのである。
自分ごと、庭園へと放り出したのだ。
「おらぁああああああああああああああああ!!」
高さにして建築物三階。衝突すれば骨肉を粉砕する高さ。
自身の身も顧みずに、少女はウェーンごと硝子を突き破って飛び降りたのだ。
ウェーンは眼前の少女が歪み、空が映った時点で何が起きたのかを理解していた。
故に受け身の体勢を取ろうと体を捻ったのだが、自身に抱き付いたスズカゼのせいで思うように体が動かせない。
このまま落下すれば自身の身につけている鎧によって骨身を砕かれる事になる。
自然落下は即死。受け身も取れない。
ならば、取る手は一つ。
「やれやれ、まさかこんな所で奥の手を使うことになろうとは予想外です」
スズカゼの華奢な片腕を振り解き、ウェーンの掌は三階へと向く。
もう数秒もしない内に地面だという瞬間、彼等の前身は宙づりとなった。
転びそうになった途端に片腕を掴まれた、そんな感触の元に。
「黒緑の蛇鎖」
彼の腕より召喚された黒緑の鎖は、生きて居るかのように三階の窓枠へと喰らい着いていた。
それこそが彼等の落下を止めた要因であり、同時に。
「なーーーっ!?」
言うなれば糸先に垂らした球体のように。
スズカゼとウェーンは三階の窓枠を軸にして大きく回転。
半回しスズカゼの背が壁に向くと同時に、ウェーンは掌底を彼女の腹部に押し当てる。
「手間を掛けさせてくれたようですがー……」
遠心力に従って、彼女達の行き先が指し示すのは壁面。
煉瓦と大理石が入り交じって作られた城の壁面だった。
「これで終いです」
人二人に重圧な鎧と大剣の重み、そして重量に比例する遠心力が加わり。
ウェーンの技術力まで加わった掌底の一撃。
少女という小さな存在を内部から破裂させるには充分な威力。
「こんな所でぇえええええええええええええええ!!」
スズカゼの一閃はウェーンの鎧に衝突し、凄まじい金属音を打ち鳴らす。
紅蓮の炎と共に弾ける火花に熱量を感じながらも、彼は一切の動揺を見せなかった。
踏み込みを行えない空中、遠心力による慣性の法則、そして自分達の重量。
この少女が今の一撃を止められる術などあるはずがない。
それを裏付けるように、素材も条件も何一つとして揃っていないのだから。
「死ねるかぁああああああああああああああああああああああああ!!!」
それは、必然。
各国首脳会議に置いても、トレア王国での騒動に置いても、今回の一件に置いても、いや、或いはそれ以前から。
彼女は魔力を発しなかった。発することがなかった。
イーグの与えた[魔炎の太刀]の効能はあくまで魔力が最大上限に達する前に放出する物であり、極端に消費する物ではない。
ならば、溜まった魔力はどうなるのか?
水の入った器に例えるのならば、溢れないように蛇口から流れる水を調整するような物。
だが、それはあくまで溢れないだけだ。中身は、違う。
「しまーーー……ッ!!」
今まで溜めた、ベルルーク国でアルカーを屠った魔力の一撃。
破壊力は類を見ない。
その威力、正しく強大無比なり。
読んでいただきありがとうございました




