中身の入れ替え
《王城・二階》
「ふむ」
木扉の古くさいドアノブに手を掛け、ウェーンはそれを捻った。
続いて勢いよく扉を開け、部屋の中へと踏み込んでいく。
瞳に映るのは乱れシーツや童話集の本、眼鏡や使用済みの蝋燭。
それらを幾ら見回しても目当ての人物が居るはずもなく、彼は仕方なくその部屋を後にする。
「ここにも居ません、か」
二階を虱潰しに捜索しているウェーンだが、未だミルキーの姿を見ることはなかった。
やはりファナとリドラに構っていたのが悪かったのだろうか。
とは言ってもリドラはともかくファナは相当の手練れだった。
奥の手を出さずに済んだのは幸運の賜だ。
密室という条件下は彼女にとってむしろ好都合な物だろう。
だが、彼女は戦いにくそうにしていた。当然だ、守護対象が居る密室で縦横無尽に魔術大砲を放つなど馬鹿のする事だ。
よって彼女はかなり制限された場所で戦っていた。
だからこそ奥の手を出さずに済んだのだろうし、彼女に楽に勝てたのだ。
尤も、そんな縛りが無くても奥の手を使えば勝てただろうが。
「と言うか、この大剣はやっぱり重いですねぇ……」
彼は次の部屋に手を掛けて扉を押す。
軽く室内を見回してみるが、やはり人の気配はない。
既に見回した部屋の数は十数を超えている。殆どは使用人室だ。
他は倉庫だったが、それでも同様に何処にも居なかった。
倉庫は倉庫で食物も殆ど無かったし、武器もあったが桑や鋤などの簡易的な物ばかり。と言うか、これは農作業の道具である。
「さて」
彼は最後の部屋を見回し、扉を閉めた。
この部屋にも居ないとなれば最後の三階だ。
三階はほぼ屋根裏部屋に近い。彼女が逃げ込む部屋は精々一つか二つ。
昔から狭いところが好きな子供だった。引き籠もり気質というか、引っ込み思案というか。
「……いや」
昔の話だ。アゼライド国はもう滅びた。
あの国を復興することなど出来ない。我が家を建て直すことも出来ない。
ならば選択肢は一つ。ならば力を持つ術は一つ。
この城を乗っ取り、このシルカード国を第二のアゼライド国とする。
そう決めた。そう決意した。
それこそが我々の目標にして目的なのだから。
《王城・三階》
かちんっ。
鍵が開けられる音と共に木扉が開き、薄暗い室内へ光を差し込ませる。
三階の最後の部屋にウェーンは足を踏み入れ、周囲を見渡した。
埃を被った箪笥、数枚の絵画、幾つもの本が収納された本棚、その下に蹲る少女。
両手で頭を抑えながら酷く全身を震わせている、少女。
「ミルキー」
「ひっ……!」
「私ですよ、私。ウェーン・ハンシェルです」
相手に警戒させないように、ウェーンは優しげな笑顔を浮かべて近付いていく。
その足取りも緩やかで、言うなれば小動物に近付く飼育員のような物だった。
ミルキーも始めは頭を抑えて怯えるばかりだったが、その男の顔を見てある程度の緊張は解れたようだった。
「う、ウェーン兄様……?」
「やぁ、ミルキー。兄様の事は残念だったね」
「ど、どうしてウェーン兄様が!? ハンシェル家は滅びたんじゃ……!」
「えぇ、戦時中に滅びましたよ。だから、今の私はただのウェーン・ハンシェル。貴族でも何でもない」
「そ、そうですか……。でも、どうしてここに?」
「ミルキー、簡単な問いかけをしましょう」
「え?」
「アゼライド国は滅びてしまいました。もう再建することなど不可能だ。しかし、私はアゼライド国の再建を諦めていない」
「ウェーン兄様……?」
「再建するにはどうすれば良いのか? 簡単です、器があれば良い」
彼は背に手を伸ばし、巨大な大剣を引き抜いた。
眼前の少女の首だけではなく、頭から股座に掛けてまでを両断、否、両潰する程に巨大な鉄の塊を。
手を震わせる事も、戸惑う事もなく。
「その器には既に中身がある。新しい中身を入れるためには古い中身を捨てなければならないーーー……」
「え?」
「さようなら、古い中身。これからは私が新しい中身です」
大剣が少女へと振り落とされ、岩石すらも切り裂く斬撃が放たれる。
何が起こったのか理解出来ず、例え解ったとしても信じられないといった表情の少女は、その一撃をただ呆然と眺めていた。
昔は優しい近所の兄だった。親が地位の高い者同士、兄と共によく遊んだものだ。
優しい、二人目の兄のような存在だった。戦争に行くと聞いた時は兄と共にわんわん泣いたのを覚えている。
生きて居たと聞いた時はもっと泣いた。嬉しかったのを覚えている。
そしてアゼライド国から独立すると親が言い出したときは泣くことは出来なかった。驚きの方が勝ったから。
最後にお別れを言えなかったのが心残りだった。優しい、もう一人の兄へと。
「っざけるなぁああああああ!!」
だが、斬撃がそのままミルキーへ振り下ろされる事は無かった。
一直線に下へと向かっていた白刃は方向を転換して後方へと振り抜かれたのである。
大剣の刃は勢いを保ったまま紅蓮の刃を弾き飛ばし、半回転してウェーンの肩へと戻った。
刃を弾かれた少女は数歩後退しながらも体勢を立て直す。
「中身だか何だか知らんがな……、復興したいんなら自分でせんかい!!」
「おや、スズカゼ・クレハさん。意外と早いーーー……」
「早いも糞もあるかァア! この糞野郎がぁ!!」
「全く、女性の言葉遣いではありませんね。言われませんか?」
「知った事かァ!! オドレに言われる筋合いや無いわぁ!!」
スズカゼの持つ紅蓮が唸り、微かな色を放つ。
それは外の光に反射したからではなく、純粋に刀身が光を放っているのだ。
焔という名の、死を導く光を。
「テメェは、今ここで! 潰すッッッッッッ!!」
「……やれやれ、少し口が悪すぎますね」
読んでいただきありがとうございました




