動く小国の不穏
「取り敢えず聞きたいんだが、何でお前がこんな所に居ンだよ」
生き残ったレフヒーを縛りながら、ゼルはスズカゼへと問う。
その声調子はいつも通りだが、身体はそうもいかなかった。
微かな切り傷からは血が溢れており、得に頭の傷からの出血が酷い。
スズカゼはその傷を止めようとしたが、止血できる物も縛る物も何も無かった。
なので町に降りて何か取ってこようという彼女の提案を、当の本人は容易く拒絶する。
「町に戻る時間はねェ。お前がこっちに来てるって事は全てが片付いた……、なんて希望的観測が出来る訳でもねぇだろ」
「は、はい。まず私は何か変な奴等に襲撃を受けまして」
「……一応聞くけど、そいつ等どうした?」
「今頃、道端で股間抑えて悶絶してるでしょうね」
「鬼だろお前。……で?」
「その後、ジェイドさんが……、顔は見えなかったけど手練れと戦ってたので、そっちは放置してこっちに来ました。入ったら邪魔みたいでしたし」
「俺には介入したのか……」
「苦戦してたじゃないですか」
彼女の言葉に何も言い返せず、ゼルは肩を落とす。
実際、スズカゼの介入が無ければ危なかった。
そこで腰を抜かしている青年もただ事では済まなかっただろう。
いや、実際、現状だけでもただ事で済んでいないのだが。
「な、何なんだよ、これ。何なんだよアンタ等!!」
「青年、色々と言いたいのは解るがまず静かにしてくれ。落ち着くんだ。良いか? まず家に帰る前に町に行け。そんで皆に伝えろ。家に戻れ、家から出るなってな。君も伝え終わったらそうしてくれ」
「い、いや、だから何が……!」
「……盗賊が、攻めて来たんだ。既にミルキー女王が危ない。護衛は付けてるが、俺達はこれから彼女を助けに行く」
「ま、町にだって小規模だが自衛団は居るぜ!? 俺も一員だ! 何なら……」
「死にたいのか」
ゼルの目に、光は無かった。
純粋に死を思わせる言葉は青年の全身を凍えさせ、背筋を貫かせるに事足りる。
スズカゼですらも指先を震えさせて奥歯を噛み締めるほどに。
その殺意は刺激的で、殺戮的で、殲滅的だった。
「……いや、悪い。言い過ぎたな」
「言い過ぎじゃないですよ。そのままです」
「ど、どういう……」
「今攻めて来てる連中は、見れば解ると思いますけどゼルさんを追い詰める程です。そしてこの先に行った連中はもっと強い。貴方達が行ったりしたら肉塊製造祭ですよ」
「言い方は悪いが、そういう事なんだ。大人しく従ってくれ……」
青年は彼等の言葉に困惑し、悩み、戸惑い、そして町の方向へと走り出す。
スズカゼとゼルに別れの言葉を継げる余裕すらなく、走っていった。
彼等はそれを見送り、深く、重くため息をつく。
「護衛にはファナさんが居るはずです。そう簡単にやられはしませんって」
「……どうだかな」
「え?」
「奴等のリーダーはウェーン・ハンシェル。[蛇鎖の貴公子]と呼ばれた男だ。一筋縄じゃねェし……」
ゼルの持つ白銀の刀剣は空を切り裂き、否、小さな羽虫を切り裂いた。
現世で言うなれば蝿ほどの大きさだ。ゼルはそれを寸分迷い無く斬り裂いたのである。
それだけならば、スズカゼも然程気には止めなかっただろう。
彼の義手に掴まれた、弾丸さえ無ければ。
「ちょ、え……!?」
「一応は伏せとけ」
「ななななな、何ですかぁ!? これぇ!!」
「さぁな、狙撃じゃね?」
「どう見ても狙撃でしょうがぁ!! 何で!?」
「狙撃兵にしても大分、腕が良いな。今潰した虫は注意逸らしの使霊だ。低級だから潰されても魔力を損失しない」
「それ、ただの傭われじゃないですよね……?」
「明らかに手練れだ。それも相当なモンだろう」
「……あれ? 私、死ぬ?」
「奴の狙いはお前じゃない。どう見てもな」
「な、何でですか……」
「お前が生きてるのが良い証拠だよ」
彼の言う通り、狙撃者はスズカゼを狙わなかった。
ゼルと違い隙だらけだった、罠を仕掛ければ確実に掛かったはずの少女を狙わなかったのだ。
ならば狙いは間違いなくゼル。今回の、ウェーンの狙いからしても狙撃されているのは彼で間違いないのだ。
「お前はミルキー女王の元へ走れ。あの狙撃者は俺が相手取る」
「で、でも! そんな傷だらけなのに……」
「まぁ、どうにかなるだろ」
「そんな適当な……!」
「どうにかするしか無いんだよ」
そう言っても、未だスズカゼが動く様子は無い。
呆れ果てたゼルは彼女の尻先を蹴り飛ばし、行動を促せる。
その後、スズカゼが彼の足を蹴り返したのは言うまでもない。
《山道》
王城の通路から遠く離れた山道。
そこには二つの漆黒の影があった。
血を引くように戦う、漆黒の影が。
「……ッ!」
ジェイドの一閃は男の腕を切り飛ばし、周囲に血の雨を降らす。
美しい新緑の草木は血肉に染まり、同時に一つの肉塊に押し潰される。
その噴出音と落下音は余りに生々しく混ざり合い、残酷な音色を生む。
だと言うのに当の本人、腕を切り落とされた男は表情こそ歪めるが、物一つ言う事はない。
「貴様、何者だ」
ジェイドが猜疑の声を出すのも当然だろう。
その男の腕は既に再生しているのだから。
彼が斬り飛ばしたはずの腕も、血も、既に跡形も無く消え去っているのだから。
「……それは」
男の顔面には酷い傷痕があった。
火傷に近しく、一部の皮膚が酷く変色しているのだ。
顔だけではない。その傷は首筋まで伸びていることから、恐らく全身に縦横無尽と走っているのだろう。
それを隠すように掛けられた黒眼鏡と黒の上着は見るからに懐疑的だ。
いや、それは裏を返せば中身を見透かせないという事である。
「お前の知る所では、ない」
彼等は対峙する。
素手と刀剣を構え、新緑の草木の元に。
純然たる、殺意を持って。
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