鼠の挟撃
《城下町》
「ちぃ!!」
平穏な昼下がりの元、白銀同士の衝突は刹那の火花を生む。
鉄と白銀の衝突も同様に火花を生むが、それは刹那の火花ではなかった。
ゼルの刀剣による一撃はライミーのナイフを防いだが、鉄の義手はレフミーのナイフを掴み取ったのだ。
一つを弾き、一つを封じ。ライミーのナイフを弾いた白銀はレフミーのナイフを封じた鉄の先へと向けられる。
「ふん」
だが、レフミーは容易くナイフから手を離す。
ゼルの一撃は虚しく空を切り、鉄の元に残るのは一本の白銀だけとなる。
そして、その隙を狙ってライミーの投擲ナイフがゼルの脇腹へと向けられた。
脇腹の衣服にナイフの切っ先が刺さり、軽甲鎧の隙間、衣服を切り裂こうかという刹那。
ゼルの鉄の腕がナイフを弾き飛ばした。
拳や手の甲などではなく、単純に腕で、だ。
「ほう」
腕先の衣服が切り裂かれ、鉄が完全に露出する。
ライミーもレフヒーも、それを見て感嘆の声を上げた。
鉄は見た目だけは義手だ。何と言う事はない、ただの義手。
だが、それは[暗殺者]として観察眼に長けた二人には義手には見えなかった。
さらに詳しく言えば、仕込み武器や暗器などを生業としている彼等だからこそ、それに気付いたとも言えるだろう。
どのみち、気付く気付かないは関係ないのだが。
「魔法石か……。腕の中に仕込んである」
「それも取り出して戦うだとか、そんな甘い物ではない」
「一体化している」
「自身に、完全に一体化している」
「体内に魔力を溜め込むのか?」
「或いはそれを放出するのか?」
「そんな魔力の貯蔵放出を繰り返すのか」
「それはもう人間ではない」
「「化け物だ」」
右方左方に並んだ赤と青から発せられる言葉。
虚空を突き抜けてゼルの鼓膜を揺らす言葉。
脳裏に劈き不快感を弾き出す言葉。
「……うるせぇよ」
そんな事は、理解している。
自分がどうしようもない化け物だという事は理解しているのだ。
スズカゼのような異端という意味ではなく、ジェイドのような血に塗れたという意味でもなく。
純粋に、自分が人間ではないという事は。
その自分が最も、理解しているのだ。
「左右からぎゃあぎゃあと、喚くな」
「我々の声が不快か?」
「ならば、その耳」
「「削ぎ落とす」」
左右同時。
ゼルの右から迫る白銀と左から迫る白銀。
その速度たるや、飛び交う羽虫も容易く切り裂く。
だが、その程度ではこの化け物の首は取れない。
「舐めるな」
金属音が爆ぜ、ゼルの頭部と脇腹辺りで火花が散る。
ゼルは元より持っていた刀剣によりライミーの一撃を、レフミーから奪った刀剣の一撃により脇腹の一撃を。
ライミーとレフヒーは鼠の獣人と言う事もあって、その一撃は体系的に決して重くない。
だが、それは逆に速度を表す事となる。
「がっ……!?」
ゼルの側頭部と、鎧の隙間である脇腹。
そこに、真逆の一文字が刻まれる。
ライミーの一撃が脇腹に、レフミーの一撃が側頭部に。
それぞれ擦り、いや、擦らせたのだ。
「ッックアァ!!」
絶叫に近い吐息と共に、ゼルは刀剣を乱雑に振り回す。
無論、狙った訳でもない苦し紛れの一撃が当たるはずもない。
ライミー、レフヒーはそれを容易く回避し、後転に近い形で数メートル近い距離を取った。
「少し腕の立つ兵士程度だな、兄よ」
「だが油断はするな。この男を舐めてはいけないぞ、弟よ」
「解っているとも」
彼等は刀剣を構え直し、ゼルと対峙する。
その目には油断も無ければ慢心も無い。
完全に格上の獅子を相手取る、本気の目だ。
「……やりづれェ」
ここで油断や慢心でもしてくれれば、どうにかなっただろう。
いや、或いは彼等の首か上半身を飛ばすことも出来たかも知れない。
だが、彼等に油断はない。慢心はない。その辺りは腐っても[暗殺者]という事だろう。
「やるしか、ないか……?」
[それ]を使わない限り、自分はただの兵士と代わりない。
ある程度はブーストする事も出来なくはないが、それが及ぼす周囲への被害は途轍もないだろう。
下手をすれば、この町が吹っ飛ぶ。少なくとも半分は確実に。
「……」
だが、それでもやらなければならない。
この場で死ねば何の意味もない。最悪でも[アレ]を使えばどうとでもなる。
本人のリスクを無視して使えばどうとでもなる、どうとでもなるのだ。
ウェーンの言った通り[殺戮殲滅]と化すが、それでも抑える事は出来る。
どうしようもなく、化け物になったとしても。
「おわぁっ!?」
だが、彼の希望的観測は一瞬で断ち切られる事となる。
連中の油断か慢心があれば或いは、化け物になれば或いはという。
希望的観測は、偶然にも通りかかった、通りかかってしまった青年によって断ち切られる事となった。
「ちょ、ゼルさん、何してんスか!」
それは中年女性と共に居た、彼女の息子だった。
恐らく忘れ物か何かを取りに来たのだろう。
何も知らぬ初な少年が見たのは何だったのか。
地面に転がる屍の数々か、刀剣を持つ赤と青の獣人の姿か。
それとも、鉄の義手を持つ化け物の姿か。
「逃げろ!!」
ゼルが叫ぶとほぼ同時だった。
ライミーとレフヒーは少年へと斬りかかっていた。
殺すつもりはない。ただ、今の一瞬のやり取りでゼルに対し有効な人質と判断したのだ。
手足の腱を切り裂いて行動不能にし、盤石な舞台をより強固に固める。
後は一方的な虐殺だ。例え化け物でも殺す事が出来る。
その為の、最後の一手。
そう、ライミーとレフヒーの。
「何晒してくれとんじゃ、ゴラ」
最期の一手。
「がぁああっっ!?」
めごり、ぼきん、ごりゅっ。
そんな音が同時に鳴り響いてレフヒーの肩は砕き折れた。
紅蓮の峰は彼の方に深くめり込み、骨を粉砕したのである。
彼の絶叫にライミーが気を取られた一瞬。
ゼルが手に持ったナイフを投げ飛ばし、ライミーの頭蓋骨に突き刺すには充分な一瞬。
その一瞬は盤石な形勢を一瞬で崩し、逆転させた。
「……何ですか、コイツ等」
たった一人の少女と、たった一つの刹那によって。
彼等の盤石な形勢は容易く、崩れ去ったのである。
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