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獣人の姫  作者: MTL2
鉄の王子様
217/876

鼠の挟撃

《城下町》


「ちぃ!!」


平穏な昼下がりの元、白銀同士の衝突は刹那の火花を生む。

鉄と白銀の衝突も同様に火花を生むが、それは刹那の火花ではなかった。

ゼルの刀剣による一撃はライミーのナイフを防いだが、鉄の義手はレフミーのナイフを掴み取ったのだ。

一つを弾き、一つを封じ。ライミーのナイフを弾いた白銀はレフミーのナイフを封じた鉄の先へと向けられる。


「ふん」


だが、レフミーは容易くナイフから手を離す。

ゼルの一撃は虚しく空を切り、鉄の元に残るのは一本の白銀だけとなる。

そして、その隙を狙ってライミーの投擲ナイフがゼルの脇腹へと向けられた。

脇腹の衣服にナイフの切っ先が刺さり、軽甲鎧の隙間、衣服を切り裂こうかという刹那。

ゼルの鉄の腕がナイフを弾き飛ばした。

拳や手の甲などではなく、単純に腕で、だ。


「ほう」


腕先の衣服が切り裂かれ、鉄が完全に露出する。

ライミーもレフヒーも、それを見て感嘆の声を上げた。

鉄は見た目だけは義手だ。何と言う事はない、ただの義手。

だが、それは[暗殺者]として観察眼に長けた二人には義手には見えなかった。

さらに詳しく言えば、仕込み武器や暗器などを生業としている彼等だからこそ、それに気付いたとも言えるだろう。

どのみち、気付く気付かないは関係ないのだが。


「魔法石か……。腕の中に仕込んである」


「それも取り出して戦うだとか、そんな甘い物ではない」


「一体化している」


「自身に、完全に一体化している」


「体内に魔力を溜め込むのか?」


「或いはそれを放出するのか?」


「そんな魔力の貯蔵放出を繰り返すのか」


「それはもう人間ではない」


「「化け物だ」」


右方左方に並んだ赤と青から発せられる言葉。

虚空を突き抜けてゼルの鼓膜を揺らす言葉。

脳裏に劈き不快感を弾き出す言葉。


「……うるせぇよ」


そんな事は、理解している。

自分がどうしようもない化け物だという事は理解しているのだ。

スズカゼのような異端という意味ではなく、ジェイドのような血に塗れたという意味でもなく。

純粋に、自分が人間ではないという事は。

その自分が最も、理解しているのだ。


「左右からぎゃあぎゃあと、喚くな」


「我々の声が不快か?」


「ならば、その耳」


「「削ぎ落とす」」


左右同時。

ゼルの右から迫る白銀と左から迫る白銀。

その速度たるや、飛び交う羽虫も容易く切り裂く。

だが、その程度ではこの化け物の首は取れない。


「舐めるな」


金属音が爆ぜ、ゼルの頭部と脇腹辺りで火花が散る。

ゼルは元より持っていた刀剣によりライミーの一撃を、レフミーから奪った刀剣の一撃により脇腹の一撃を。

ライミーとレフヒーは鼠の獣人と言う事もあって、その一撃は体系的に決して重くない。

だが、それは逆に速度を表す事となる。


「がっ……!?」


ゼルの側頭部と、鎧の隙間である脇腹。

そこに、真逆の一文字が刻まれる。

ライミーの一撃が脇腹に、レフミーの一撃が側頭部に。

それぞれ擦り、いや、擦らせたのだ。


「ッックアァ!!」


絶叫に近い吐息と共に、ゼルは刀剣を乱雑に振り回す。

無論、狙った訳でもない苦し紛れの一撃が当たるはずもない。

ライミー、レフヒーはそれを容易く回避し、後転に近い形で数メートル近い距離を取った。


「少し腕の立つ兵士程度だな、兄よ」


「だが油断はするな。この男を舐めてはいけないぞ、弟よ」


「解っているとも」


彼等は刀剣を構え直し、ゼルと対峙する。

その目には油断も無ければ慢心も無い。

完全に格上の獅子を相手取る、本気の目だ。


「……やりづれェ」


ここで油断や慢心でもしてくれれば、どうにかなっただろう。

いや、或いは彼等の首か上半身を飛ばすことも出来たかも知れない。

だが、彼等に油断はない。慢心はない。その辺りは腐っても[暗殺者]という事だろう。


「やるしか、ないか……?」


[それ]を使わない限り、自分はただの兵士と代わりない。

ある程度はブーストする事も出来なくはないが、それが及ぼす周囲への被害は途轍もないだろう。

下手をすれば、この町が吹っ飛ぶ。少なくとも半分は確実に。


「……」


だが、それでもやらなければならない。

この場で死ねば何の意味もない。最悪でも[アレ]を使えばどうとでもなる。

本人のリスクを無視して使えばどうとでもなる、どうとでもなるのだ。

ウェーンの言った通り[殺戮殲滅]と化すが、それでも抑える事は出来る。

どうしようもなく、化け物になったとしても。


「おわぁっ!?」


だが、彼の希望的観測は一瞬で断ち切られる事となる。

連中の油断か慢心があれば或いは、化け物になれば或いはという。

希望的観測は、偶然にも通りかかった、通りかかってしまった青年によって断ち切られる事となった。


「ちょ、ゼルさん、何してんスか!」


それは中年女性と共に居た、彼女の息子だった。

恐らく忘れ物か何かを取りに来たのだろう。

何も知らぬ初な少年が見たのは何だったのか。

地面に転がる屍の数々か、刀剣を持つ赤と青の獣人の姿か。

それとも、鉄の義手を持つ化け物の姿か。


「逃げろ!!」


ゼルが叫ぶとほぼ同時だった。

ライミーとレフヒーは少年へと斬りかかっていた。

殺すつもりはない。ただ、今の一瞬のやり取りでゼルに対し有効な人質と判断したのだ。

手足の腱を切り裂いて行動不能にし、盤石な舞台をより強固に固める。

後は一方的な虐殺だ。例え化け物でも殺す事が出来る。

その為の、最後の一手。

そう、ライミーとレフヒーの。


「何晒してくれとんじゃ、ゴラ」


最期の一手。


「がぁああっっ!?」


めごり、ぼきん、ごりゅっ。

そんな音が同時に鳴り響いてレフヒーの肩は砕き折れた。

紅蓮の峰は彼の方に深くめり込み、骨を粉砕したのである。

彼の絶叫にライミーが気を取られた一瞬。

ゼルが手に持ったナイフを投げ飛ばし、ライミーの頭蓋骨に突き刺すには充分な一瞬。

その一瞬は盤石な形勢を一瞬で崩し、逆転させた。


「……何ですか、コイツ等」


たった一人の少女と、たった一つの刹那によって。

彼等の盤石な形勢は容易く、崩れ去ったのである。



読んでいただきありがとうございました

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