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獣人の姫  作者: MTL2
鉄の王子様
216/876

迫る蛇鎖

「彼等を残してきて良かったのですか?」


ゼルとライミー、レフヒーが戦闘を行っている場所より数百メートル先。

悠然と歩くウェーンに対し、部下の一人が声を掛けてきた。

彼の声は不安のそれではなく、事項を確認するかのような事務的な物に聞こえる。

まぁ、傭われなどそんな物なのだろうが。


「構いません。ゼルさんはここでは彼等に勝てませんから」


「それは、何故?」


「言ったでしょう? 彼の戦法は[殺戮殲滅]。周囲全てを巻き込む戦い方なのですよ。……そんな戦い方をこんな平和な町で行えば、どうなるでしょうね」


「あぁ、そういう事ですか」


坦々と、事務的に。

部下は彼の思惑を知り、当然が如く首肯する。

実力で敵わない相手ならばその信念で縛れ、と。

つまりはそういう事だ。


「実力的にはライミーもレフヒーも彼には決して勝てません。それこそ片手で捻り潰される程度ですが……、まぁ、こういうやり方ならば日の目はあるでしょう」


「民に手を出さないのでは無かったのですか?」


「必要最低限はね。それに、ライミー、レフヒーを彼に当てたのは理由がありますから」


「理由、ですか」


「えぇ、ライミー、レフヒーでは……」


進み行くウェーン達の前に現れる、漆黒と黄金の隻眼。

白銀の刃は燦々と降り注ぐ太陽に煌めき、黄金の隻眼は血肉を欲するが如く唸る。

周囲から隔絶されるが如き殺気を放つ獣人はただ無言で刀剣を構えていた。

その構えだけで戦闘意思を表して。


「彼には決して勝てませんから」



《王城・正門》


「あの、ジェイドさんまで何処かに行ってしまいましたが……」


「知人との話に花咲かせてるんじゃないですかねぇ」


大量の荷物を背負って漸くゴールまで辿り着いたスズカゼとミルキー。

彼女達は木で出来た、お世辞にも立派とは言えない門を潜り抜けて王城へと入っていく。

その様子を王城の二階から確認していた人物は帰ってきたか、程度の感想しか抱かない。

その、スズカゼの視線に気付くまでは。


「じゃ、私もちょっと話して来ますんで。ミルキー様はリドラさんと一緒に昼食の準備でもしちゃってください」


「す、スズカゼさんもですか?」


「いやぁ、ゼルさんの知り合いだし、ちょっと挨拶しておこうかなーっと思って」


「で、でしたら私も」


「まぁまぁ、あそこで話をしてるって事は急ぎの用件だったんでしょうし、もし時間があるなら立ち寄って貰いますよ」


「そ、そうですか……?」


スズカゼは未だ疑問の残る様子のミルキーをほぼ無理やり王城へと戻らせる。

何度もこちらを振り返るミルキーを見送り、彼女は手を振りながらその視線に応えていた。

笑顔で、また会いましょうと言うように。


「……ま、立ち寄って貰わない方が良いんですけどねー」


小さく、そう付け足した。



《王城・二階》


「リドラ・ハードマン」


「フルネームで呼ぶ必要性はないぞ、ファナ。……何の用件だ」


比喩では無く、埃を被った資料室の中。

その中で妖怪のように丸まるリドラはのそりと首だけを動かした。

そんな彼の視界に映るのは息一つ切らしていないものの、何処か切羽詰まった様子のファナだった。


「ただ事では無さそうだな」


「スズカゼしか戻ってきていない。その当人も今し方、外に出て行った」


「襲撃か」


「恐らくは途中で食い止めているはずだ。私はミルキー女王の護衛に回る。貴様は貴様で何とかしろ」


「全く、私は戦闘力も何もないと言うのに……。相手が虐殺者でない事を祈るしかないか」


埃塗れの本を置き、彼は立ち上がる。

その動きものそりとしていて、微かにファナが嫌悪勘を覚えたのを彼は知らない。

尤も、それを聞いたら聞いたでイジけるであろうから彼女が言わなかった、という事もあるのだが。


「ミルキー様と共に居るべきか、私は」


「足手纏いだ、失せろ」


「……少しは気を遣って物を言って欲しいな」


両肩を落として猫背をさらに丸め、その男は資料室の奥へと入っていく。

ファナはそんな彼を見送る事もせず、急ぎ踵を返して城元へと下っていった。



《王城・広間》


「あ、あの、ファナさん」


とてとてと御姫様らしく小走りにミルキーは走ってくる。

彼女を出迎えた人物の雰囲気はお出迎えだとかお帰りなさいませだとか、そんな和やかな物ではない。

今し方走ってきた少女を打ち抜くような、そんな殺気めいた物だ。


「今から私が貴様の護衛に移る。城の中に入って大人しくするぞ」


「え、あ、あの、やはり何かが?」


「貴様の知る所ではない。黙って中に……」


「入って貰っては困るんですよね」


ファナの言葉を遮ったのは優男の声だった。

いや、優男とは言ってもその風貌は戦人その物。

重厚な鉄製の鎧と鉄塊に等しい巨大な大剣、そして顔に奔る一文字。

部下すら連れぬ孤高の姿は戦士ではなく戦人以外の何者でもない。


「……貴様は?」


「これはこれは、紹介が言葉より後に来てしまいましたね。私はウェーン・ハンシェル。蛇鎖の貴公子なんて呼ばれてます。……いや、呼ばれていました、かな?」


「アゼライド国の公爵か……。次期国王と噂されていた」


「そう、その通り! いやぁ、お嬢さんは勤勉ですねぇ。私もこんな無骨な風体のせいで権力だの政略だけのには興味が無かったんですが、周りが囃し立てまして」


「そんな事はどうでも良い。貴様の元に向かった三人はどうした?」


「ゼルさんは直属の部下二人に。[闇月]は新しく傭った人達に。獣人の姫は残った部下達に」


「……ふん、舐められた物だ。貴様一人で我々を制圧するつもりか?」


「ご冗談を! 制圧なんて出来ません」


ウェーンは背より巨大な刀剣を引き抜き、重厚な金属音を唸らせる。

岩石ならば軽く切り裂けそうな、いや、軽く押し潰せそうな大剣を構えた。

ファナとて王城守護部隊副隊長。その刀剣一つを前にしても別段、生娘が如く恐れを成す事はない。


「…………」


そう、その大剣一つに恐れを成す事はない。

彼の大剣に刻まれた魔法の痕跡を除けば、警戒を成す必要すら、ない。



読んでいただきありがとうございました

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