赤と青の兄弟
「……あ?」
ぐるぐると回る。
彼の思考はぐるぐると、回る。
「結婚を断っていただけませんか……、と。そう言っているんです」
ウェーンは繰り返し、ゼルへと語りかける。
彼の思考が混乱しているのにもお構いなしに、再び語りかける。
いや、思考が混乱しているというのに未だ警戒は解いていないからこそ、語りかける。
「……えぇー?」
一つの結論に辿り着いて、通り過ぎて、また辿り着く。
この男は果たして何を言っているのかと考えて結論に辿り着くが、納得いかないので再び考えて、同じ結論に辿り着く。
結婚するな、とはつまり結婚するなという事だ。
いやいや、まさかそんな事を言いに来たのか? この男が?
「どうしました? やはり、婚約解消は気に入りませんか」
「いや、そもそも結婚しないんだけど……」
「えっ?」
「えぇー……」
素っ頓狂な声を上げたウェーンに、ゼルは素っ頓狂な声を返す。
元よりゼルに結婚するつもりなどないのだ。
それは今までの出来事やミルキーの想いを受けても、変わることはない。
結婚など、するつもりはない。
「あれ? じゃあ、私達って無駄足ですか」
「そうなるなァ……」
ウェーンは部下に合図を送り、ゼルへの包囲を撤回させた。
彼の部下達も心なしか気抜けた表情となっている。
中には何だったんだと不満を漏らす者も居るほどだ。
「……もう帰って良い?」
「え? あ、あぁ、はい。どうぞ、お帰りください」
各々に文句を零す部下を背負いながら、ウェーンは申し訳なさそうに頭を下げる。
全く無駄な気苦労だ、とゼルも同様に口端を落とす。
無駄な緊張感に苛まれた者達は気苦労だけを儲けてそれぞれの帰路へ着く、はずだった。
「ん?」
「え?」
彼等が進むのは全く同じ道だった。
決して立派とは言えない三階建ての城への道を。
彼等は同じ歩幅で、同じ速度で、同じ方向性で、進む。
「いや、何してんだ」
「私もこの先に用件があるんですよ」
「何だ、お前もかよ」
ゼルは先程までの険悪さが嘘のように、呑気な声でウェーンと言葉を交わす。
彼は既に白銀の刃を鞘へと収めており、殺気も警戒も無くしていた。
言うなれば道中で知り合った者同士のように、ウェーンの隣で親しみを持って歩いているのだ。
「用件ってのは何なんだ?」
「大した事じゃないんですがね。人には理解して貰えない物かも知れないし……」
「まぁ、一応聞かせろよ」
「ははは、言うのも恥ずかしいんですが……、ミルキー・シルカード・フェイデセンツェルの殺害です」
言い放った刹那、彼は凄まじい速度で背を曲げていた。
彼の頭があった場を白銀の刃が切り裂き、ウェーンの隣に居る男の首を跳ね飛ばす。
振り抜かれた白銀の刃は紅色の噴水と一つに肉塊を生み、再びウェーンへと突き立てられる。
だが、その一撃は彼の部下によって受け止められた。
部下の男は自身を覆うほど大きな盾により、ゼルの斬撃を受け止めたのだ。
受け止め、そして、切り裂かれた。
盾という壁すら絶する一撃は男という肉を容易く断する。
二つ目の肉塊を生んでもゼルの斬撃は止まらない。
素早く凄まじく、ウェーンという一人の人間を殺す為に幾度となく斬撃を発す。
「危なっかしいですねぇ」
左右前後の部下を切り裂かれても、ウェーンは一縷の動揺も見せない。
ただゼルの斬撃を容易く捌き、或いは容易く防ぎ、或いは容易く躱し。
その整った顔に一線の傷すら許さない。既にある、その傷を除いては。
「昔からそうだ。貴方は剣術が雑把過ぎるんですよ」
「よく言うぜ。部下殺させといて顔一つ変えやしねェ」
「部下じゃありませんし。まぁ、雇いの物共ですよ。……この二人を除いてはね」
一閃を振り抜いたゼルの両脇に、赤と青が切り込んでくる。
それが二人の獣人であり、その手にはそれぞれ一対の刀剣が持たれているとゼルが気付くまで、そう時間は掛からなかった。
「ちぃー……っ!」
両脇から逆袈裟に切り込まれる斬撃。
自らの両腕を斬り飛ばすであろうその斬撃を、ゼルは敢えて前方へ極度に突進する事で回避した。
その極度の突進はウェーンへ向けられるも、彼は飄々とそれを躱す。
「外したよ、兄さん」
「外したなぁ、弟よ」
白の体躯に赤の頭髪。
白の体躯に青の頭髪。
小柄な体躯はゼルの腰元ほどしかなく、手足は細く短い。
手に持ったナイフは自身の頭髪と同じ色。
鼠らしきその獣人は同じ声と同じ顔でゼルを睨み、違う髪色を揺らして後退した。
「ライミー、レフヒー。直ぐに後退したのは良い判断です」
「あの男は敵に回したくないからな」
「同じく。四国大戦に参加してない我々でも解る」
「あの男は……、異端だ」
「その通り、彼は異端です。四天災者に次ぐ実力の持ち主にしてサウズ王国最強の男……、ゼル・デビット。異端中の異端。存在自体が有り得てはいけない人間なのですよ」
「……言ってくれるじゃねェか」
「言いますとも。あ、四天災者は別ですよ? アレは話とか存在どうこう以前の問題ですから」
苦笑しながら冗談めいた事を言うウェーンだが、その目は笑っていない。
実際、彼の言う通りゼルの戦闘力は他と逸脱している。
メイアという四天災者の存在が在りながらサウズ王国にその者ありと名を馳せる程だ。
四国大戦を生き残ったという事実だけではない何かがあるのだろう。
「さて、紹介を続けましょうか。彼等はライミーとレフヒー。我がアゼライド国の元兵士にしてジョブは[暗殺者]です」
「ジョブ……、バラして良いのか?」
「だって関係ないでしょう、貴方には」
にこりと愛想良い、町行く娘ならば一目で惚れてしまいそうな笑みを浮かべるウェーン。
ゼルからすれば、その笑みは酷く悍ましい物にしか見えなかった。
何故なら、その男の思惑が手に取るように解ってしまったからだ。
「ライミー、レフヒー。彼を決して町の外から出さないように」
「何故だ?」
「理由を求める」
「彼の戦術は非常に簡潔でしてね。……そうですねぇ、言うなれば[殺戮殲滅]なのですよ。味方も敵もない、全てを破壊し尽くす戦術だ」
だから、と。
彼はそう続けて口端を歪ませた。
余りに醜く悍ましい、町行く娘が見れば悲鳴を上げて逃げ惑うほどに。
恐ろしく、危険な笑みで、言い放つ。
「この場は君達の方が有利だ。……殺りなさい」
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