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獣人の姫  作者: MTL2
鉄の王子様
214/876

蛇鎖の貴公子


【シルカード国】

《城下町》


「ふふ、こんなに貰ってしまいましたわぁ」


微笑むミルキーの手の中には幾つもの紙袋があった。

華奢な彼女を覆い尽くす紙袋には果物や衣類が大量に入っており、買い出しと言うよりは大人買い……、基、富豪買いだ。


「スズカゼさん、大丈夫かしら」


「大丈夫ですよ、スズカゼですし」


ほぼ四つん這いに近い形で屈む少女の背には大量の紙袋が乗っている。

いや、最早、大量とは言えないだろう。山と言うか何と言うか。

とにかく、多い。


「こんなに多く戴いては、もう数週間はお城に籠もれますねぇ」


「籠もりますか」


「太陽には当たりたいですけどねっ」


可憐な笑顔と共にくるりと回る少女。

ゼルはそんな彼女に愛らしさを覚えるでも恋心を覚えるでもなく。

ただ、先程から後を付けてくる連中に思いを馳せていた。


「ジェイド」


「解っている。手を出してみるか」


「止めとけ。ありゃ、そこら辺の連中とは訳が違う」


「……中でも、いや、一人だな。一人が抜きん出ている」


「ジェイド。スズカゼとミルキー様を連れて城へ行け。連中の相手は俺がする」


「大丈夫なのか。十は超えてるぞ」


「知ってるだろ、お前なら。……俺は誰かと共闘するのは向いてねェんだよ」


既にゼルの肌色の手は鉄の拘束具を外していた。

その拘束具の隙間より覗くのは余りに禍々しい輝き。

ジェイドはそれを見るなり、ミルキーの背を押して、スズカゼに耳打ちして歩く速度を速めさせる。


「ゼル様?」


「少し話しを……、お先にどうぞ」


自らの方を向かずに背で語るゼルに、彼女は不安げな表情を浮かべる。

その背からは自分の知っている騎士の物ではなく、自分を殺そうとした男と同じ臭いがしたからだ。

生臭い、大嫌いな血の臭いが。


「あの」


「ミルキー女王。ゼルは知人を見つけたようですので。姫……、スズカゼと共に城へ戻りましょう」


「……知人、ですか」


「えぇ、話が長引きそうな……、知人です」


それ以上の追求はジェイドの隻眼が許さなかった。

物知らぬ少女を怯えさせ、喉を詰まらせるほどに、彼の目は恐ろしかったのだろう。

スズカゼはその中でも異変を感じ取ったのか、進みの刷り足を早めだした。


「急ぎましょう、ミルキー様。そろそろ私が限界です」


「えっ、あ、はい……。持ちましょうか?」


「大丈夫ですよ。それより早く帰りましょう」


女王と荷物の山、そして黒の獣人が野道を歩き去って行く。

小さくなっていくその後ろ姿を見ることなく、ゼルは白銀の刃を鞘より引き抜いた。


「出て来い。もうご丁寧に待たなくて良いぞ」


「これはこれは、ご丁寧にありがとうございます」


そう述べながら、彼等は草影から姿を現す。

全身を重厚な鎧で覆い、背には鉄塊に等しい大剣を背負った男。

彼に続き幾人かの男達も姿を現し始めた。

それぞれ痩せ形だったり骨肉隆々であったりと様々だが、ただならぬ雰囲気を持っていることに違いない。


「……ウェーン・ハンシェル」


「おや、覚えていてくださったのですか。ただの一度しか会っていないのに」


「覚えるさ。[蛇鎖の貴公子]さんよ」


「その名前は好きじゃないんですがねぇ……」


蛇鎖の貴公子と呼ばれた男は、黄土色の頭髪を指先で掻きながら苦笑する。

その戯けた姿と親しみのある言葉はゼルに敵意を解かせるには充分だった。

尤も、それは彼の言葉に合わせて己を囲む者達の姿が無ければの話なのだが。


「あぁ、そう言えば貴方に付けられた傷のせいで少し雰囲気が野性的になったでしょう? これはこれで気に入ってるんですよ」


「そうか。……性格面は変わってねぇな」


「変わりませんとも。貴方達に国を滅ぼされた日から、ずっと」


アゼライド国。

軍事国家として四国大戦では利益と血肉を設けた中規模の国家。

このシルカード国を立ち上げたフェイデセンツェル一族が独立前は貴族として所属していた国家でもある。

中規模の国家という事もあって並の戦力は揃えていたようだ。

だが、最終的には四国大戦の戦火に焼かれて消滅したとされている。

しかし、記録には何処の国に焼かれたとは明記されていない。


「……ふん」


だが、この場に置いてゼルの反応を見る限り、[蛇鎖の貴公子]ことウェーンの言葉は間違っていないのだろう。

自らの国を滅びの原因である、いや、原因の一端である男を前にしてウェーンは相変わらず長閑な表情を浮かべている。

ゼルからすればそれが逆に不気味だったのか、警戒を解く様子はない。


「何の用だ? まさか、昔懐かしお話大会でもするつもりか」


「それも良いんですけどね。生憎と、そうするつもりはありません」


「だろうな」


ウェーン含め6人に囲まれているというのに、義手の男は一切の隙を見せない。

怯えも怯みも同様に、その場に存在するのが然も当然のように感じさせないのだ。

彼の様子はウェーンを除く他の者達を萎縮させ、頬端や顎筋に冷や汗を伝うには充分な物だった。

一目見ただけで解る。この男は強い、と。


「まぁ、待ってください。私達は好き好んで戦おうと言うのではないのです。現に手は出さなかったでしょう?」


「どうだか。……で? 一応は理由を聞いてやる」


「えぇ、ありがとうございます」


ウェーンは親しみのある微笑みを保ったまま、軽く息を吸い込む。

深呼吸と言うよりは何かを言うための、吐き出すための呼吸だった。

ゼルが彼の呼吸に合わせて剣を構え直したとき、ウェーンは小さく、そして確かに呟く。


「ミルキーさんとの結婚、止めませんか?」



読んでいただきありがとうございました

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