信頼厚き女王
【シルカード国】
《城下町》
「あらぁ、姫様! どうしたの、その人達!」
王城を出て僅か一分足らずでミルキー率いるスズカゼ一行は恰幅の良い四十代の女性に捕まった。
ミルキーは微笑みながら女性に挨拶し、事の経緯を説明した。
流石に狙われていることや賊に襲われ掛けたことは伏せて、だ。
「あら……、あらあらあらあら!」
女性はその後もあらを数十回繰り返してゼルを舐め回すように見る。
彼は全身を固めつつ、女性の視線に耐え続けるしかない。
数分経って彼女は漸く顔を引き、ゼルの鑑定を終えた。
「い~い男じゃないの! 姫様、気に入ったのかしら?」
「もう既に子供も仕込みましたっ……」
「あらぁ、手が早い!! 良い度胸だわぁ!」
中年女性が納得しながら笑い、ミルキーが顔を真っ赤に染め、ジェイドがゼルを真顔で見詰め、ゼルはスズカゼを阿修羅が如き眼光で睨み、スズカゼは遠き空に思いを馳せる。
やがてゼルはミルキーの肩に震える手を置き、早く買い出しを済ませましょうと促した。
「そうですわね。おば様、また今度」
「うん、執事やメイド達が帰ってきたらまた野菜を持っていくからね!」
ミルキーは手を振りながら中年の女性に別れを告げ、また道を歩き始めた。
彼女についてスズカゼもゼルもジェイドも歩き始める、が。
女性はゼルの襟首を掴み、思いっ切り自らの元へと引っ張り込んだ。
「ぐぅえっ!?」
「ちょいと」
「な、何でしょうか……。ゲホッ」
「姫様はね、父様や母様、兄様まで殺されてるんだ。とんでもなく惨い方法でね……。それだけじゃない。昔、属していた国に居た仲の良かった兄貴分だって戦争で死んじまったって言うじゃないか。そりゃぁ、昔の姫様は見てられなかった。執事やメイド達、そして私達と触れ合って……、そして多くの時間があって立ち直ったんだ。だけど、執事やメイド達、私達、時間じゃ愛は与えられない。あの子には家族としての愛が無いのよ」
「……愛、か」
「あんた、姫様と結婚する気、無いだろ?」
「っ!?」
「お見通しさ。本当に愛し合ってるのなら、あんな距離の取り方しないし、姫様の言葉にあんな反応は示さない」
「……恐ろしい観察力だな」
「女は強いんだよ」
女性は得意げに鼻を鳴らし、大きな腹を前へ突き出して胸を張った。
中年女性特有の強みというか、どう抗ってもこの女性には勝てないなとゼルは肩をすくめた。
「……どうしてそうも、貴女は強いんですかね」
「愛を受けて育ったからね」
中年の女性の言葉に彼が驚いていると、彼女の元に一人の青年が走ってきた。
どうやら息子らしい。青年は野菜の収穫が終わった旨を伝え、ゼルを指差して誰これと中年の女性に問うた。
「姫様の旦那になる男さね」
「うわっ、マジ?」
青年の興味津々な視線に応える事無く、ゼルは別れを告げつつスズカゼ達の元へ小走りで向かう。
中年の女性と青年は彼の後ろ姿を見送りながら、呟いた。
「苦労してそうな人だな」
「だねぇ」
《城下町・市場》
「賑やかだな」
「私の手元がね!!」
市場の賑やかさに感心するジェイドの隣で、スズカゼは紙袋を抱えながら叫んだ。
彼女が抱えているのは確かに紙袋なのだが、その多さは当初の予定の数倍に近い。
だが、彼女の持つ荷物の量に関わらず金銭は一ルグたりとも使っていないのである。
と言うのも、それらの食材は全て民が好意で彼女に渡した物だからだ。
「姫様、これもこれも!」
「ほれ、肉も野菜も魚も持ってけ!」
「姫様ぁ! 新作の硝子細工出来たぞー!!」
まぁ、随分と人気のあることだ。
生まれ立ての赤子に集う親族のように、皆が皆、姫に次々と物を渡していく。
少し離れて見ていくスズカゼの上にも姫様の付き人か? だの、姫様の親戚か? だのと言われて、次々に荷物が載せられていくのだ。
彼女の足は荷物の高さが増えていく度に曲がり始め、遂には女性らしからぬ蟹股となっていく。
「頑張れ、姫」
「持ってくれないんですかァアアアー!!」
「ゼルに理由は聞いた。自業自得だ」
「ちくしょおおおおおおおーーー!!」
何気ない会話を交わしながらも、ジェイドは警戒を解かない。
いつあの人混みに紛れてミルキーが刺されるか解った物ではないからだ。
その為にゼルは彼女から離れず、常に側に居る。
尤も、そのせいで周囲からはこれが王様になるの? とか、何処の国のお偉いさんなんだ? とか。
散々な質問攻めにされて、引き攣った笑みを浮かべている。
「……というか、ゼルさんってあんな状態ですけど、断るんですよね?」
「どうだか。元より受けない理由は本人の我が儘だ。こうまでなると意外とアッサリ受けるかも知れんぞ」
「メイドさんが飛び跳ねますね」
「心臓が、でなければ良いがな」
ジェイドは自分でそう言っておきながら、本当にメイドの心臓が飛び出しそうな気がしてきた。
流石にないと思うが、有り得なくもないような気がする。
……しかし、まぁ、嘗ては暴動時に敵対した男の婚姻を気にする時が来ようとは思わなかった。
この男と戦場で対峙した事のある人間がこの光景を見れば、さて、どんな反応を示すのだろうか。
「……ま、有り得る話ではないか」
殆どの人間は四国大戦で死んだ。
生き残ったのは臆病者か強者か、はたまた民か王か。
自分のような臆病者かゼルのような強者か、はたまたハドリーのような市民かメイアのような王が生き残った。
この光景を見て驚く生き残りは、そう居ないだろう。
居るはずがない。
もし居るのなら、それは。
ーーー……自分と同じ、ただの亡霊だ。
【シルカード草原】
「見えます。ミルキー女王の姿が」
「……結構。部隊と彼等の準備は?」
「完了していますね。いつでも行けますよ」
「解りました。……では、始めましょうか」
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