ガールズトークは爆弾を生む
《王城・三階》
「あの、スズカゼさん」
「はい? 何ですか」
夜も耽り、陽が疾うに沈んだ頃。
王城の三階にあるミルキー女王の私室には彼女本人を始め、スズカゼとファナの姿があった。
既に時間も時間だ。就寝の準備を行っているようなのだ、が。
彼女達に眠るつもりなどさらさら無く、遂にはガールズトークまで始めた程である。
護衛としてこの部屋に来たファナは興味など無いらしく、布団にくるまっているのだが。
「ごめんなさい、地面で寝かせるみたいな……」
「いえいえ! 気にしないでください」
流石に姫の私室とは言え、サウズ王国ほど豊かではない国だ。
ベッドを一室に幾つも運べるはずなどなく、こうして女王のベッドの左右、地面に布団を敷いている始末だ。
因みに男性陣は一つ下の二階の使用人室で睡眠を取っている。
当然、ここよりも数段貧相な部屋だ。
だが、それ故に警備には適している。
彼等が廊下に面しており外の見える使用人室を望んだのはそういう理由からだろう。
「…………あの」
「はい? どうしました?」
「ゼル様は、どんなお方なのでしょうか?」
「ゼルさんですか」
「はい……」
「えーっとですね」
はて、どういう風に言えば良いのだろうかとスズカゼは人差し指を顎に当てる。
役職を言えばそれまでだが、彼はその一言で言い表せる人間ではない。
力もさることながら、人望も厚い。
だが、かといって傲慢である訳でもなければ謙虚である訳でもない。
何と言えば良い物か、と彼女はさらに首を捻る。
覗き魔だ、というファナの声を咳払いで隠しながら、スズカゼは思案を続けた。
「あの、言葉に詰まるほどのお人なので?」
「いえ、まぁ、悪い人じゃないですよ。少なくとも私はあの人に感謝してます」
「それは、どうして?」
「実は私、第三街領主になる前に一回殺されかけまして」
「えっ!?」
「いや、まぁ、色々あったんですけどね」
まさか異世界からやってきましたと言えるはずもなく、流石にその場は省いた。
尤も、そこを省いてもゼルへの感謝を述べるには充分事足りる。
獣人暴動に始まり、家に置いてくれていることや、今までの騒動でも助けてくれたこと。
何かと言って最も付き合いの長い人物だ。感謝を述べるのに言葉が足りない事はない。
「そうですか……、やはり素晴らしい方なんですね」
「尊敬には値しますよ」
「あの、それで、ですね」
「はい?」
「スズカゼ様はゼル様のこと、好いていらっしゃいますの?」
彼女はミルキーの言葉に一瞬だけぽかんとして、続け様にはっはっはと笑ってみせる。
そんな、まさかと続けて彼女は膝を叩きながら笑い続ける。
ミルキーは安堵の意味も込めて口元を抑えながら微かに笑んだ。
そうか、彼女とゼルの間に色恋沙汰などある訳が……。
「はっはっは」
「そうですわよねぇ、そんな」
「はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」
「スズカゼさん? スズカゼさん!?」
「いやぁ、抜かしよる!!」
「ファナさん起きてください! スズカゼさんが変です!!」
「前からだ」
「ファナさん!?」
「……と、冗談は置いておきまして」
「あ、冗談だったんですか……」
到底、冗談とは思えない目付きでスズカゼは笑いを止める。
ミルキーもそれを見ていたのだが、生物的本能から見なかった事にした。
その選択肢を選ばなかったら、どうなっているのかなど考えたくもない。
「ミルキー様、ゼルさんが好きなんですよね?」
「はいっ、大好きですっ!」
「でしたらね、もっと積極的にアタックした方が良いですよ」
「そ、そうですか……?」
「鈍感じゃないけど、そもそも興味が無いんですよ。だから、もっと積極的に! 抱き付くぐらい出ないと!!」
「だ、抱き付きなら試しました!」
「じゃあ、次は裸で!!」
「そそそそ、そんな事をしたら赤ちゃんが出来てしまいます!!」
「……え? 何て?」
「だって男女が裸で抱き合ったら子供を孕む、とメイドが……」
「あー……」
まぁ、一国の御姫様が何も知らずに育ったなどよくある話ではないか。
ライトノベルでは定番だし小説やドラマでもよくある設定だ。
……しかし、この例えを用いるのもこの単語を思い出すのも久々である。
それはそうとして、確かにここでゼルが行為に及んでも気まずくなるだけだ。
流石に彼が行うとも思えないが、それを逆手に取ることは出来る。
敢えて自制心の高い彼にミルキーをけしかけ、意識させる!
そうすれば手を出させることなく意識だけを持たせられるという素晴らしい作戦の完成だ!
「良いですか、ミルキー様。この世には既成事実なる物があります」
「き、キセイジジツですか?」
「そうです。男に責任を持たせる最終手段なのです」
「……えっと、それはどうすれば?」
「チューしちゃいましょう」
「ちゅー!? そ、そんな事をしたら、いったい何人の子供がっ……!」
「あ、やっぱりこういうレベル……」
「え?」
「何でもないです。ではですね、まず……」
スズカゼは手で壁を作り、ミルキーに耳打ちを行う。
彼女が喋り始めてからミルキーの表情は赤くなったり驚いたりくすりと笑ったり。
二転三転の絵物語のようだったが、最後の笑みだけはどうにも文字通りの意味ではなさそうだった。
やがて彼女の耳から口を離し壁を切ったスズカゼの笑みも同様の物だ。
まぁ、一言で言えば、黒い。
「や、やってやりますわ! やってやりますです!」
「言葉が支離滅裂で果てしなく不安ですけど頑張ってください! 応援してますよ!!」
姫君が意気込み、少女が励ます。
そんなやり取りを数度繰り返して、ミルキーは寝間着のまま部屋を飛び出していった。
さて、残されたスズカゼは彼女の去った扉を見ながら腕を組んで、一仕事終えたかのように息を吐く。
事の一部始終を布団にくるまりながら見ていたファナはのそりと頭を出して彼女に言葉を向けた。
「もし、本当にゼルが気を起こしたらどうする」
「有り得ないですね。私の胸が成長しないぐらいに」
「それはつまり確実にそうなる、という事か」
「どういう意味ですか」
「……いや、別に」
ファナは身を翻して、次こそ本当に布団の中へ潜り込んでしまった。
これ以上どうこう言う事もないので、スズカゼも同様に布団に身を包む。
暖かく柔らかな羽毛の感触を感じながら、彼女は次第に意識を鎮めていく。
「むにゃ……」
彼女は寝静まり、ファナも静かに寝息を立てる。
一つの爆弾を生み出して送り出した少女の寝顔にしては随分と安らかであった。
……まぁ、数時間後、スズカゼの頭に鉄の拳が叩き込まれるのは別の話としておこう。
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