小さき国を狙う者
【アゼライド国跡地】
《廃墟》
「……状況はどうですか」
重圧な鎧に身を包んだ、ゼルと同年代ほどの男。
薄黄土の整った頭髪は眉目好い顔立ちは、その中心に走った傷一つで台無しになっている。
だが、背に携えられている大剣はその傷と相まって彼の戦人としての風格を強めていた。
その風格という名の威圧に気圧されてか、眼前の男は俯いて忠義を捧げながらも酷く怯えている。
「し、失敗しました……。傭った十数人は全て死亡したと思われます」
「あの国に、そんな防衛力があるとは思えませんが」
「どうやら、見合い話に訪れていたサウズ王国の騎士団長とその仲間により阻止されたらしく……」
「見合い? 見合いとは……、結婚のことですか?」
「は、はい」
男は呆気にとられた様子で口を開いていた。
部下が取り繕うように自分が確かな命令を下しただとか、やはり盗賊だの放浪者だのは当てにならないだのと言い訳を並べていたが、そんな物は彼の耳に届かない。
ただ脳内を回る結婚という文字。
それは間もなく彼に一つの結論を持たせた。
「計画を早め、いえ、計画を少し変更します」
「は? い、いえ、どうする御積もりで?」
「より確実な兵力を確保するのですよ。……少し金は掛かりますが、ね」
【シルカード国】
《王城・広間》
「あの、ゼル様。これは如何でしょうか?」
「……良いんじゃないッスかね」
ミルキーは着替えてきたドレスを翻しながら、ゼルの前で舞っていた。
そのドレスは通常の物より露出度が高く、ファナが着れば胸元が完全に露出してしまいかねない程だ。
とは言え、スズカゼと同等のそれは薄布の中にすっぽりと収まっているのだが。
「ゼルさん! 折角、ミルキー様がドレス姿を披露してくれてるのに!!」
「いや、俺そろそろスーツが怠いんで脱いで良いかな」
「そ、そんな! ここで同衾など……。あ、でもそれはそれで」
「違うからな!? もうやだこの娘!!」
「下衆いですね。ゼルさん」
「俺が!?」
大凡、伯爵と男爵と一国の姫がする会話には思えない会話。
子爵と獣人はそんな話を聞きながら、勝手に用意した珈琲を飲んでいた。
その珈琲が入っている器も、それ自体も、リドラ別荘で飲んでいたものとは比べられないほどに高価である。
「流石は一国の主。良い豆だ」
「俺には味など解らないがな。強いて言うなれば、苦みが喉奥にすっと入ってくるようになった……、という所か」
「そういう味なのだ」
「ふむ、そうか。……で、リドラ。何か解ったか?」
「この国の歴史について少し調べてみた」
「ほう」
「アゼライドという、そこそこ大きな国があった。主に戦争で儲けを出すような軍事国家だ。流石にベルルークには劣るがな」
「その国がどうかしたのか?」
「大戦中、その国は呆気なく滅亡した。まぁ、媚び売りとは言わないがあちらこちらに諂っていて、最後には戦火に焼かれて、な」
「よくある話だな。で、その国とミルキー女王に何の関係がある?」
「シルカード国が独立する前に属していた国だ。アゼライド国は」
「……で?」
「何せ新国だ。これぐらいしか目ぼしい歴史は無かった。……いや、例の王族事件もあるにはあるが」
「……以上か?」
「以上だ」
ジェイドは珈琲をすすり、遠くの遠方、皆の輪から外れて警備を行っているファナを見る。
彼女もこちらの視線に気付いたのか、返ってきたのは殺気籠もった眼光だった。
仕方なくファナから視線を逸らし、彼は再びリドラへと顔を向ける。
「それだけか」
「それだけだ」
「……どう推理しろ、と」
「解らん。だが、この現状からして相手は先の計画に失敗したと見て良い。ならば遠からず第二の手を打ってくるはずだ」
「第二、か。まぁ、仕掛けたのはこれが初めてでなければ第三だか第四だか解らないがな」
「確かにな。……いや、待て」
そうだ。これは、ただの賊の行いか?
その可能性は低いと自分で断言したではないか。
ならば、何らかの組織の行動と考えるのが筋か? それが正しい、と?
目的は何だ? 理由は?
いや、手掛かりはあるはずだ。仮定しろ。求めろ。
何故、連中は町を襲わず王城に直行し、姫に手を出した?
何故、連中は態々執事やメイドが休暇中の今になって手を出した?
違う。そうじゃない。……連中は。
「姫を殺そうとした……?」
そうだ。そうだ。
だとすれば納得がいく。何せ、他の王族は全て殺されているのだから。
シルカード国の王は襲撃の際に刺されて死んだ。
シルカード国の后は襲撃の際に撃たれて死んだ。
シルカード国の王子は襲撃後に毒を盛られて死んだ。
では、シルカード国の女王は……、どうなる?
賊に襲われて死ぬ、か? これでは本当に救いようのない御伽噺ではないか。
そもそも、襲ったのは誰だ? 本当に賊だったのか?
今回のように、ただ傭われただけではないのか?
誰に? この国を滅ぼして得する人間か?
「……ジェイド。この国が滅んで得をするのは、誰だ?」
「何?」
「その者だ! 賊の襲撃などではない、これは仕組まれた事だ!!」
「待て、落ち着けリドラ。貴様の推理だ、そうそう外れていない事は解るが……、この国が滅んで得をする者など誰が居る?」
「それが解らない! ……誰だ、誰が得をする? それが犯人、全ての黒幕だというのに」
「……現状、それが解らなければ手を打てない。警備を強化する方針で良いか?」
「そうだな……、それはお前やファナに任せるしかない。丁度良い、ゼルにはミルキー様の専属護衛に付いて貰おう」
「凄い提案だな」
「悪くないだろう」
「それはそうだが……。姫は?」
「下手に動いて貰っては困る。好きにさせ……、ても困る。ならば、ゼルと同じく護衛に付いて貰おう。友人という形でな」
「友人か」
「スズカゼの性格だ。放っておけば、と言うかもう殆ど友人に近いだろう。年の近さと性格が幸いしたんだろうかな」
「……まぁ、姫の扱いは任せよう。こちらは警備に回る」
「あぁ、頼む」
話し合いを終えたジェイドとリドラは再び珈琲を啜る。
どうにも、リドラの脳裏を掠めたような危機が迫る昼下がりには思えない。
宛ら子供らを見守る父とその友人のような雰囲気を醸し出しながら、彼等はもう一口だけ珈琲を啜った。
「……やはり、高い豆も安い豆も違いが解らんな」
「貧相な舌だからだ」
「人間も獣人も、無駄に肥えては肥満で死ぬぞ」
「ははは、全くだ」
降り注ぐ暖かな陽の光。
微かに見える町の活気づいた人々。
それを背に騒ぐ一人の姫と一人の騎士、そして彼等をにやつきながら見守る一人の少女。
何とも、まぁ、平和なことだ。
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